34.捕虜のち寝返り
目の前にずらっと並んだ、簡易な牢屋。空地に即席で作っておいた、敵兵たちを入れるための牢屋だ。
私の移動する能力で素材を自由に切り出して、作っておいたもの。それが、今回の作戦の要だ。
周りの部下たちが固唾を呑んで見守っている中、私は自信満々にその前に立つ。
「じゃあ。ユートリマ国に侵攻してくる兵士たちをこの中に入れるね」
私はそう宣言すると、意識を領地の端に向けた。すると、そこでは万を超す兵士たちがこちらに向かって進軍しているのが理解出来た。
あとは、あの兵士たちをこの牢屋に入れるだけ。私は兵士たちを観測すると、一瞬で牢屋の中に移動させた。
瞬間、ざわめきが広がった。誰も入っていなかった牢屋に大勢の兵士たちが入ってきたのだから。
「な、なんだ!?」
「ど、どういうことだ!?」
「なぜ、牢屋にいる!?」
一瞬で景色が変わった兵士たちは驚いて声を上げた。牢屋を掴み、壊そうとするものの、石で出来ているため、そう簡単には壊せない。
「おぉ、一瞬で敵兵を牢屋に入れれるとは! ユマ様、万歳!」
「ユマ様がいれば、敵軍の侵攻も怖くないですな!」
「今回はこちらの軍備が整う前だったので、ユマ様のお陰でなんとか国難を退けられましたな」
その光景を見て、部下たちは喜び、安堵した。普段の仕事は部下に任せっきりだから、こういう時には役に立たないとね。
「じゃあ、指示した通りに――敵兵の説得を初めて」
「「「はっ!」」」
私はそういうと、周りにいた部下たちが動き出していく。そして、一つ一つの牢屋に近づき、状況を伝えていた。
その話を聞いた兵士たちは愕然として、この状況を受け入れているみたいだ。もっと喚き散らすと思っていたけれど、意外とすんなりいけたな。なぜ?
不思議そうにしていると、クラリスが報告をしてくれた。
「南方地方の村や町が消えたことにより、突然消える事象が起こりえるかもしれない、と思っていたようですね。だから、すんなりと今回のことは受け入れられたんだと思います」
「あー、そうなんだ。だから、こんなに落ち着いていたんだね。じゃあ、この調子で説明を続けて」
まぁ、その原因は私なんだけど……これはまだ言わない方がいいかもしれない。とにかく今は、現状を説明して、そのまま降伏してくれればいいのだけれど……。
その時、大声が響いた。
「ビ、ビゼル様!? どうして、ここにっ!?」
「リゲート様が!? つ、追放されたはずでは!?」
元騎士団長と元魔導士団長の姿を見て、兵士たちは驚きの声を上げた。二人はそんな兵士たちに向かって、落ち着いた様子で事情を説明していく。
自分たちは国を追放されたこと。その後、このユートリマ国の首相であるユマに拾われたこと。そして今は、この国で軍の再編や訓練に携わっていること。
「そういうわけだ。わしたちは、ユートリマ国で新しい人生を始めた」
ビゼルがそう告げると、牢屋の中にいた兵士たちは、しばらく黙り込んだ。やがて、一人の兵士がぽつりと呟く。
「……そうだったんですか」
「ああ」
「それなら……よかった」
その言葉には、心からの安堵が込められていた。どうやら、この兵士たちは二人が追放されたことを知っていたらしい。尊敬していた上官が突然いなくなったのだから、心配していたのだろう。
「お二人が無事なら、それだけでもよかった……」
「俺たちも、ずっと気になっていたんです」
「本当に、あんな理由で追放されるなんて……」
兵士たちの間から、次々と声が上がる。その表情には、安堵と同時に怒りも浮かんでいた。
「正直、今の国にはもう、うんざりしています」
「俺たちは前線で何年も戦ってきたんですよ。それなのに、後ろにいる連中は何も分かっていない!」
「そうだ! ようやく保っていた前線から、兵力を半分も引き抜くなんて、正気じゃない!」
声が次第に大きくなっていく。
「ベルルーガを相手にして、どれだけギリギリの戦いをしていたと思っているんだ!」
「あと少し兵力が減ったら、前線が崩壊することくらい分かっていたはずだ!」
「それなのに、何の相談もなく兵を移動させるなんて……!」
兵士たちは怒りを吐き出すように叫んでいた。どうやら、私たちがここへ連れてきた兵士たちは、ただ命令に従っていただけではないらしい。
自分たちの置かれていた状況に、ずっと不満を抱えていたのだ。
「上の連中は、俺たちを何だと思っているんだ!」
「捨て駒だろ」
誰かが吐き捨てるように言った。
「……俺たちは、捨て駒なんだ」
その言葉に、周囲の兵士たちが黙り込む。
「国のために命を懸けても、まともに扱われない。上官が気に入らなければ追放される。前線が危なくなっても、兵士を守ることより都合を優先する」
そして、一人の兵士が拳を握った。
「もう……国を信じられません」
その言葉に、他の兵士たちも頷いた。私は少し離れたところから、その様子を見ていた。なんだか、思っていたよりも深刻みたいだ。
そんな兵士たちに、ビゼルが静かに語りかけた。
「ならば、ここで終わりにしないか?」
「……え?」
「今までの苦しい環境を捨てて、ユートリマ国で生きるんだ」
兵士たちが顔を上げる。
「ここでは、兵士だからという理由だけで命を粗末に扱われることはない。自分の意見を言うこともできる。努力すれば、それに見合った評価も受けられる」
続いて、リゲートが口を開いた。
「魔法師も同じだ。俺はここへ来てから、驚かされることばかりだった。自分が何をしたいのかを聞かれ、そのために何が必要なのかまで考えてもらえる。国の都合のためだけに使い潰されるような場所ではない」
「そんな……」
「本当に、そんな国があるんですか?」
「ああ。少なくとも、俺はそう感じている」
ビゼルは迷いなく答えた。
「ここなら、お前たちも自分の人生を取り戻せる。国のために命を捨てるだけの人生ではない。自分自身のために生きることができる」
その言葉を聞いた兵士たちは、互いに顔を見合わせた。そして――。
「……俺、ユートリマ国に行きたいです」
「俺もです」
「俺も!」
「俺も、もうあの国には戻りたくありません!」
次々と声が上がった。さっきまで怒りと絶望に満ちていた牢屋の中が、一気に騒がしくなる。
「ここで働かせてください!」
「俺もユートリマ国の兵士になりたい!」
「俺は別の仕事でもいい! とにかく、あんな場所には戻りたくない!」
予想以上の反応に、私は少し驚いた。こんなに簡単に寝返るものなの? でも、それだけ今まで辛い環境で頑張っていたということなのかもしれない。
ところが、そんな中で一人の兵士が俯いた。
「……でも」
「どうした?」
ビゼルが尋ねる。
「俺には、家族がいます」
その言葉に、周囲の兵士たちも静かになった。
「妻と子供を国に残してきています。俺だけここへ来るわけには……」
「俺もだ」
「俺にも両親がいる」
「俺の家族も王都に……」
次々と同じような声が上がる。そうだ。この人たちには、家族がいる。自分だけが助かればいいという話ではないのだ。
私が少し考えてから、口を開いた。
「だったら、家族も連れてくればいいんじゃない?」
「……え?」
「家族を移動させればいいよ」
兵士たちは、ぽかんとした顔で私を見る。
「私なら、同じように人を移動させることもできるから。家族がいる場所が分かるなら、連れてくることくらいできるよ」
「…………」
「だから、家族が心配なら、家族も一緒にユートリマ国で暮らせばいい」
分かりやすいように説明をした。兵士たちはポカンと呆然としていた、が――。
「ほ、本当ですか!?」
「家族も連れてきていいんですか!?」
「俺の妻と子供も!?」
「両親もですか!?」
牢屋の中が、一気に歓喜に包まれた。
「もちろん」
私が頷くと、兵士たちは互いに抱き合ったり、拳を突き上げたりし始めた。
「やったぞ!」
「これで家族と離れなくて済む!」
「ユートリマ国に行ける!」
「ありがとうございます!」
「ユマ様、ありがとうございます!」
さっきまで絶望していたはずの兵士たちが、今では笑顔になっている。私はそんな様子を見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。
どうやら、これで一件落着かな。こうして、アラカマン王国がユートリマ国へ送り込んだ大軍は、一人残らず敵ではなくなっていった。




