33.侵攻
「あー、面倒くさいな。遠征だなんて」
「仕方ないでしょ。騎士団長と魔導士団長を追放したんだから。軍を先導する人がいなくなっちゃったんだし」
リンガーダとリリアンヌは豪華な馬車に乗り、面倒くさそうに言葉を吐いた。二人は今、ガリレイの指示によって、デルトール地方への侵攻を開始していた。
そもそも、デルトール地方は長い間、不毛の大地と呼ばれていた場所だ。土地は黒く染まり、瘴気が漂っている。作物を育てることも難しく、人が暮らすには適さない土地として扱われていた。
だからこそ、そこに町が存在するという知らせは、アラカマン王国にとって予想外のものだった。そして、その知らせを聞いたガリレイにとっては、まさに願ってもない吉報だった。
ベルルーガ国への侵攻は、思うように進んでいない。大軍を送り込んでいるにもかかわらず、なかなか決定的な戦果を上げられず、戦争は長期化していた。
その一方で、アラカマン王国では南方地方の村や町がいくつも忽然と消えている。原因すら分からないまま人が失われ、そこから得られていた税収も消えた。
結果として、国の税収は以前の半分にまで落ち込んでいた。戦争には莫大な金が必要になる。兵士を雇うにも、武器を用意するにも、食料を運ぶにも金が必要だ。
それなのに、国へ入ってくる金は減っている。だからこそ、デルトール地方に存在するという未知の町が、格好の獲物に見えた。
不毛の大地だと思われていた場所に、町がある。ならば、そこには人がいる。人がいるなら、金も食料も物資もあるはずだ。だったら、それを奪えばいい。
ベルルーガ国との戦争で時間をかけるよりも、正体の分からない町を攻め落とし、そこにある富を根こそぎ奪ったほうが手っ取り早い。
それが、今回の遠征が決まった理由だった。
「それにしても、デルトールに町なんて、本当にあるのかしら?」
リリアンヌが馬車の窓から外を眺めながら呟く。
「さあ? でも、あるって報告が来たんだから、あるんじゃない?」
「もし本当に町があったとしても、こんな場所に住んでいる人たちなんて大したことないでしょ」
「そうね。こんな不毛な土地に逃げ込むくらいだもの。きっと、弱い人たちよ。別に私たちが出る幕じゃないわ。ベルルーガの前線から半分の兵力を持ってきたんだもの、一瞬で侵略出来るわ」
二人は考えもなしにベルルーガ国との前線から半分もの兵力を移動させていた。部下からは必死になって止められたが、二人はいう事を聞かなかった。
馬車の窓から見ると、前には万を超す大軍が歩いているのが見える。その姿は壮観で、みんな自分たちのための捨て駒になって戦うと思えば、優越感にも浸れる。
「こんな大軍、相手に出来るわけないでしょ。ほんと、私たちが行く意味ってあるのかしらね」
「俺たちはここで待っていればいいんじゃね。寝て待っていたら、俺が王太子に選ばれるってこともあるしな」
「あら? 何を言っているの? 次期王は私で決定よ。年功序列ってものがあるでしょ」
「な、なんだと!? いいや、俺だ!」
「いいえ、私よ!」
アルフレドが王太子から外れた今、次期王としての席は空席のままだった。そこを二人が狙っている。
二人は次期王について、お互いを罵り合った。だけど、決着がつかない。
「し、仕方ないわ……。デルトールの戦いでどっちが功績を上げられるかで勝負しなさい」
「望むところだ。俺が勝ってやるからな」
そう言って、二人は睨み合った。だけど、その時――気づいてしまった。
「やけに、外が静かね」
「足音が聞こえないぞ」
もしかして、もう目的地に着いたのか。だが、馬車は動き続けている。二人は不思議そうな顔を見合わせると、ほとんど同時に馬車の窓へと視線を向けた。
いつの間にか、外から聞こえていたはずの音が完全に消えている。さっきまで聞こえていた無数の足音も、鎧が擦れ合う音も、兵士たちの話し声もない。
まるで、最初から誰もいなかったかのような静けさだった。
「……どういうこと?」
リリアンヌが眉をひそめ、窓から外を覗き込む。
「分からん。ちょっと待て……」
リンガーダも反対側の窓へ近づき、外を見る。そして――二人の表情が固まった。
「…………え?」
そこにあるはずのものが、なかった。つい先ほどまで、視界を埋め尽くしていた大軍が消えていた。
万を超える兵士たち。数え切れないほどの馬。大量の荷馬車。軍旗。武器を手にした兵士たち。そのすべてが、跡形もなく消えている。
「な、何よ……これ……!」
リリアンヌの声が震えた。窓から見えるのは、どこまでも続く大地だけ。兵士どころか、人影すらない。
「お、おい……。馬車を止めろ!」
リンガーダが叫んだ。だが、返事がない。
「聞こえているのか! 止めろと言っているんだ!」
再び怒鳴る。それでも返事はなかった。
「……まさか」
二人は顔を見合わせた。そして、慌てて馬車の扉を開ける。
「うわっ!」
勢いよく飛び出したリンガーダが、周囲を見渡した。どこにもいない。前にも、後ろにも、左右にも。さっきまで確かに存在していたはずの兵士たちが、一人もいない。
「お、おい……! 兵士たちはどこだ!?」
リンガーダが声を張り上げる。当然、返事はない。
「そんな……。一万人以上いたのよ……?」
リリアンヌも馬車から降り、呆然と辺りを見回した。目を凝らしても、遠くに人影は見えない。隠れる場所などない、開けた大地だ。それなのに、誰もいない。
「御者! おい! どこにいる!」
振り返ると――御者台には誰もいなかった。
「……え?」
リンガーダの顔から血の気が引く。さっきまでそこに座っていたはずの御者まで、消えている。
「御者! 返事をしなさい!」
リリアンヌも叫ぶ。しかし、やはり返事はない。御者が乗っていた場所には、誰かがいた痕跡すら残っていなかった。
ただ――。
「……馬だけ?」
馬車を引く二頭の馬だけが、何事もなかったかのように歩き続けている。主人を失ったことにも気づいていないのか、二頭は黙々と前へ進んでいた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
リリアンヌが慌てて手綱を掴む。馬車がようやく停止した。そこでようやく落ち着く――訳がなかった。
「一体どうなっているのよ! どうして、私の周りから色んなものが消えるわけ!?」
「これから、一体どうすればいいんだ!?」
二人はこの状況についていけず、喚き散らすしかできなかった。




