25.残された者たち
部屋に笑い声が響く。一人は商業ギルドのギルド長。もう一人はあの町の領主だった。
「いやはや、領主様は本当に頭が良い。物価を釣り上げて、借金しないと物が買えない状態にしてしまうなんて。しかも、その借金の肩代わりをすることを思いつくなんて」
「ふっ、借金分のお金は減ってしまうが、利息を膨大にしたお陰で借金はなくならない。半永久的に庶民から絞り取れるということだよ」
「我々も物を売ることで高い利益が手に入ります。本当に領主様のお陰でございます」
部屋に響く笑い声は、しばらくの間、途切れることがなかった。二人は自分たちの策を称え合うように、互いの顔を見ながら満足げに頷く。
領民を借金漬けにし、高額な利息を支払わせる。そして、いくら働いても借金がなくならない状態を作り出し、一生涯、金を払い続けさせる。
そんな仕組みを二人は作り上げていた。領民が苦しめば苦しむほど、領主とギルド長のもとへ利益が流れ込んでくる。
実際、二人の前には、これまでに蓄えられた金貨や宝飾品が山のように積まれていた。
「よし。さらに物価を上げるぞ」
領主が金貨の山を眺めながら、楽しそうに口元を歪める。
「そうすれば、また借金をする者が増えるだろう」
「そうですね。私も、もっと利益が欲しいと思っていたところです」
ギルド長も嬉しそうに頷いた。領民が何を食べ、何を買い、どうやって生活しているのか。二人にとっては、そんなことなどどうでもよかった。
重要なのは、自分たちの懐にどれだけ金が入ってくるか、それだけだった。
「庶民など、私の奴隷に過ぎん」
領主は椅子に深く腰掛け、手元の金貨を指で弾く。
「一生、金を稼ぐ奴隷になってもらえばいい。働いて、金を納めて、また借金をする。その繰り返しだ」
「まったく、その通りでございます」
ギルド長は媚びるような笑みを浮かべる。
「我々が何もしなくても、領民たちが勝手に働いて金を運んできてくれる。これほど素晴らしい仕組みはありません」
「そうだろう?」
領主は満足げに笑った。
「これからも、もっと稼がせてもらうとしよう」
「ええ。私も協力させていただきます」
二人は顔を見合わせる。そして、どちらからともなく笑い声を上げた。
◇
「だ、旦那様! 起きてください!」
次の日の早朝、ギルド長は慌ただしい執事の声で起こされた。
「……なんだ、煩いぞ」
「た、大変でございます! 町が……町が無くなっております!」
「はっ? そんな馬鹿な話があるか」
この執事もボケ始めたか? そう思いながら、窓へと近づく。金を運んでくれる奴隷を見ようとした、その時――。
「――なっ!? ま、町が!」
いつもは目の前に街並みが広がっているはずなのに、家が消えていた。思わず、窓を開けて身を乗り出す。だけど、どれだけ見ても家はない。
いや、ある。ポツポツと残された家がある。だけど、その数は町の規模に比べると明らかに数が少ない。
「どどど、どうなっているんだ!? ……ま、まさか! 村の消失が続いていたという噂は本当で、この町もその影響にっ!?」
噂で聞いていた、村が忽然と消える事件。そんなの嘘だと思っていたが、もしそれが本当なら、その村と同じ影響がこの町にも起こったのでは、と考えた。
だけど、そんなのはすぐに消えた。
「わ、私の金づるっ……! 何もかも、なくなった!?」
ギルド長の頭には、それしかなかった。町が消えた。家も、店も、商売をしていた者たちも、その大半が消えてしまった。
けれど、そんなことはどうでもいい。彼が気にしていたのは、ただ一つ。――金を運んでくれる者がいなくなった。
「私の金づるが……」
ギルド長は、窓から見える町の跡を呆然と眺める。昨日まで、あれほど多くの人間が暮らしていた。
彼らは働き、物を買い、借金をし、利息を払い、それでも足りなければまた借金をしていた。その繰り返しによって、莫大な利益がギルド長のもとへ流れ込んでいたのだ。
それが、今はない。
「金づるがいなければ……誰が私に金を運んでくるんだ?」
領民の安否を心配する言葉は、一つも出てこなかった。家を失った者がいるかもしれない。家族と離れ離れになった者がいるかもしれない。
そんなことよりも、ギルド長にとっては自分の利益のほうが遥かに重要だった。
「い、いかん……!領主様に報告しなければ!」
これからどうすればいいのか。どうすれば、再び金を集められるのか。それを考えるためには、領主と話し合うしかない。
ギルド長はろくに身なりを整えることもせず、館を飛び出した。そして、領主の館へ向かうと――。
「領主様に会わせろ!」
「一体、何が起こったんだ!」
「町をどうするつもりなんだ!」
館の前には、大勢の人々が集まっていた。残された領民たちだ。その顔ぶれは商会の関係者や門兵までいる。突然、町の大部分が消えたのだ。
当然、誰もが混乱し、領主に説明を求めていた。
「どけ! 私は商業ギルドのギルド長だぞ!」
ギルド長は人々を押しのけ、強引に館の中へ入っていく。そして、ようやく領主のいる部屋へ辿り着くと――。
「領主様!」
「……ギルド長か」
そこにいた領主は、顔を真っ赤にしていた。普段の余裕など、どこにもない。怒りと焦りで、拳を強く握りしめている。
「これは一体どうなっている!? 私の金づるがいなくなったではないか!」
その言葉を聞いた瞬間、ギルド長は思わず頷いた。
「はい! 私も同じことを考えておりました!」
「考えている場合か!」
「も、申し訳ございません!」
領主は荒々しく机を叩いた。
「町の大部分が消えている! 家だけではないぞ! 店も、倉庫も、街道も……何もかもだ!」
「噂の村が消える事件……その影響が、この町にも出たのかもしれません」
「噂だと!?」
「以前から、村が忽然と消えているという話がございました。それが本当だったのなら、今回も同じ現象が起こった可能性が……」
「くっ……!」
領主は窓の外へ視線を向ける。そこには、昨日まで存在していたはずの町並みがない。
さらに――。
「城壁すらなくなっているではないか!」
町を守るはずだった城壁も消えていた。商業ギルドも。店も。倉庫も。そして、二人が金を搾り取っていた領民たちの住居も。
昨日まで当たり前にあったものが、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
「おい!」
「は、はい!」
「どうにかしろ!」
「ど、どうにかしろと言われましても……!」
ギルド長は狼狽する。そんな急に言われても困る。急じゃなくても、こんな事態を解決できるはずがない。
「私にもどうすることもできません!」
「役立たずが!」
「そ、そんなことを言われましても!」
普段なら、互いに責任を押しつけ合う余裕くらいはあった。だが、今はそんな余裕すらない。
二人が築き上げてきたものは、金貨の山だけを残して、その土台ごと消えてしまったのだ。
「私の……金が……」
「私の……利益が……」
二人は同時に呟いた。そして、絶望した表情で、深々と頭を抱えた。
昨日までは、領民を奴隷と呼び、一生働かせて金を搾り取るのだと笑っていた二人。その奴隷だと思っていた領民たちがいなくなった途端、二人は何もできなくなっていた。
領民がいなければ、金は生まれない。領民がいなければ、商売も成り立たない。領民がいなければ、搾り取ることすらできない。
それほどまでに、自分たちが金を得ていたのは、領民たちが働き、暮らし、商売をしていたからなのだ。
「こ、こんなはずでは……これから、どうすれば……」
ギルド長も青ざめた顔で答える。館の外では、残された領民たちの怒声が響き続けている。けれど二人には、それすら耳に入らなかった。
昨日まで自分たちが見下していた領民たちに支えられていたことにも気づかず、ただ失った金だけを惜しみながら――二人は、いつまでも頭を抱え続けていた。




