23.希望を作る
そして、私たちは男性職員が信用する上司に会うことになった。
「初めまして。話は聞かせていただきました」
そう言って、真剣な顔つきで握手を求めてくる。私たちは順々に握手をすると、部屋に用意されたソファーへ腰を下ろした。
「この町のことを思ってくれる人がいて、とても心強いです。私も、この町はどうにかしたいと思っておりました」
「でしたら、この話に乗ってくれますか?」
「はい。もちろん、簡単に決められることではありません。ですが、この町の現状を考えれば、私は前へ進む必要があると思っています」
男性はそう言ってから、少しだけ考えるように間を置いた。
「ただ、一点だけお聞きしたいことがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
「他の町と連携を取って、一緒に移動することはできませんか?」
その言葉を聞いて、私は思わず考え込んだ。確かに、それは良い方法かもしれない。
一つの町だけが突然移動してしまうよりも、いくつかの町が連携して同時に移動できれば、これまでの商売や人の繋がりも維持しやすい。
町同士で協力して、新しい場所でも生活に必要なものを融通し合えるなら、移動する側としても安心できるだろう。
何より、町の人たちに説明するときにも、『あなたたちの町だけが移動するわけではありません』と言える。その方が、きっと受け入れてもらいやすい。
「……確かに、その方が安心だね」
私がそう言うと、男性も頷いた。
「はい。私も、できることならその形が良いと思っています」
けれど――。
「それは、今はしません」
クラリスが静かに答えた。いつもの落ち着いた表情のまま、男性へ視線を向けていた。
「他の町との連携が必要なのは理解しております。ですが、最初からそれを条件にしてしまうと、移動を始めるまでに時間がかかりすぎます」
「時間、ですか?」
「はい」
クラリスは目を光らせると、しっかりとした口調で説明を始めた。
「この町だけではありません。この地方には、すでに限界を迎えている町や村がいくつもあります。中には、明日を生きることさえ難しい状況にある場所もあります」
「……」
「そのすべてが同じタイミングで移動することを待っていたら、助けられるはずの人まで救えなくなってしまいます」
私は黙ってクラリスの横顔を見る。確かに、その通りだった。他の町と連携できれば理想的だ。
でも、そのためにはそれぞれの町の代表者に話をして、移動の必要性を理解してもらい、さらに町同士の調整をしていかなければならない。
それだけで、かなりの時間が必要になる。
「ですから、まずは早く助けなければいけない町から動いていただきます。そして、移動した町同士を、後から繋げていきます」
「後から……」
「はい。最初からすべてを完璧に整える必要はありません。まずは、一つでも多くの町を救うこと。その後で、移動した町同士の交易や人の行き来を整えていけばいいのです」
男性は腕を組み、難しい顔で考え込む。
「ですが、それでは一時的に孤立する町が出てしまいます」
「その点については、私たちが支えます」
それが、一番の懸念だ。移動したら生活が苦しくなったじゃ、意味がない。だけど、そんな懸念にもクラリスは迷いなく答えた。
「食料や生活必需品など、必要な物資については私たちが助力します。移動したことで生活が苦しくなることがないよう、必要な支援も行う予定です」
「そこまで……」
「町を移動させて終わり、ではありませんから」
その言葉に、私は頷く。町を移動させることは、あくまで始まりだ。そこから生活を立て直して、町同士を繋げて、仕事を作って、今までよりも安心して暮らせる場所にしていく。
それが、私たちの目的なのだから。
「最初は一つずつで構いません。一つの町が動けば、その町を見た別の町も動くかもしれません。そうやって少しずつ仲間を増やしていけば、最終的にはこの地方全体を変えることができます」
「……なるほど」
男性はしばらく黙っていた。そして、やがて小さく息を吐く。
「確かに、最初から全員が揃うのを待っていたら、何も始まらない……ということですね」
「はい」
「それならば、私たちもまず、この町を動かすことに力を貸しましょう」
男性の表情から迷いが消える。
「その後、移動した町との繋がりを作るために、私たち商業ギルドの職員としてできることを考えます」
男性は力強く頷いた。
「商売とは、人と人、町と町を繋ぐものです。その繋がりを一度失うことになるとしても、新しい繋がりを作ることができるのであれば、商人としてそれを拒む理由はありません」
その言葉を聞いて、私は嬉しくなった。まだ、何も始まっていない。だけど――少しずつ、前へ進んでいる。
「ありがとう。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私たちはもう一度、固く握手を交わした。町を救うための仲間が、また一人増えた。
そして、この小さな一歩が、やがてこの地方全体を変える大きな一歩になるのかもしれない。そんな予感が、私の胸の中に生まれていた。




