19.無能な部下の判断といつも通りのアルフレド
政務室の片隅に置かれたワゴンには、たくさんの手紙が積み重ねられていた。それらは地方から届けられた報告書であり、国の政務を行う上で欠かせない重要な情報が記されている。
けれど、それらは何週間もの間、誰にも目を通されることなく放置されていた。地方から届いた報告は、すべてアルフレドの元で止まっている。
それもこれも、部下たちが仕事をまともにしていないからだった。
「なんかさぁ、クラリス様がいなくなっても、全然変わらないな」
「もっと、仕事が出来なくて慌てると思ったけれど、そんなことなかったな」
「っていうか、今まで働きすぎだったんじゃないか? 別にすぐに仕事なんて処理しなくても良かったんだよ」
アルフレドの部下たちは、もしかしたら今までの働き方の方が異常だったのでは、と思い始めた。四六時中働く必要はなかったかもしれない。
「もしかして、今まで俺たちってクラリス様の功績のために無理やり働かされていたんじゃないか?」
「……そうかもな。だって、こんなに働かなくても大丈夫なんだから。なんだ、俺たちって良い駒だったのか」
「だったら、クラリス様が追放されて良かったな! もう、あんなに働かなくていいんだから」
クラリスがいたころは、四六時中働いていた。だけど、クラリスがいなくなったことで、指示をする人がいなくなったため、自分のペースで仕事を進められた。
それが、とても楽だった。やりたくないものはやらなくてもいい。やりたい時にやればいいだけの事なのだから。
「俺たちみたいな上級高官がへとへとになるまで働くって、ダサいよな。別に働きたくて上級高官になったわけじゃないし」
「そうそう。上級高官こそ働かなくてもいいと思う。中級以下の人が働けばいい」
「俺たちはちょっとした指示をするだけでいいな。なんだ、それだけでいいなら、クラリス様なんていらなかったな!」
そう言って、アルフレドの部下たちは笑い合う。誰が国を維持していたのかも分からないらしい。そして、その歪は知らない間に広がっていることを知らない。
のんびりお茶を楽しんでいると、慌てたように扉が叩かれた。返事をすると、外から下級の高官が入ってきた。
「お、恐れ入ります! た、大変なことになりました! 報告書はご覧になりましたでしょうか!?」
「なんだ、騒々しい。今は大事な会議中だ」
「そ、それどころではありません! 南方地方のある地方で、村が忽然と消える事件が! その報告を以前から送っていたみたいで……!」
「ある地方で村が消えた? どうせ、魔物の氾濫とかで潰れたんだろう。たかが村だ、放っておけ」
村が消えるなんて、よくあることだ。災害だったり、魔物の氾濫だったり。理由は様々あるが、そんな特別な事ではないと思っていた。
それに地方の村が消えたところで痛くも痒くもない。たかが、一つ消えたぐらいで騒ぎすぎなのだと思っていた。
「で、ですが……消えた村は」
「こっちはそれよりも大事な国政を支える会議をしているんだ。そんなどうでもいい報告などしてくるな! お前の首を飛ばすぞ!」
「し、失礼しました……」
部下が脅すと、下級高官は委縮してすごすごと部屋からいなくなった。
「まったく、無能な部下を持つと大変だな。そんなどうでもいい事を報告するなんて」
「村の一つ、消えたところで関係ない。どうせ、また村が出来るだけだ」
「そうだよ、大げさなんだよな。村一つで」
ろくに報告を聞かなかった部下たちは、そう勘違いしていた。もし、ここで正しい情報を確認していたら、国の崩壊を止められたかもしれないというのに……。
だけど、部下たちは怠惰な日常を変えず、クラリスがいない状況を謳歌していった。
◇
「ふむ……クラリスがいないと静かでいいな」
その頃、アルフレドは執務室で優雅にティータイムを堪能していた。しかも、お茶に少量のお酒を入れて楽しんでいた。
「クラリスがいた頃は報告がたくさんあって煩かった。いちいち俺に伺いをかけてくるし、とても鬱陶しかったな」
思い出すのはクラリスがいた頃の日々。自分の執務室にクラリスが居座り、仕事をしていたせいで部屋にはひっきりなしに高官たちが集まってきた。
その慌ただしい時間は嫌だった。その姿がみっともなくて、心の底から嫌悪していた。
自分たちは国で偉い立場にいるのだから、そんなことをしなくてもいい。そういうみっともない仕事をするのは、下級の者たちだと思っていた。
だから、今の状況が理想だった。偉い自分たちがゆったりと出来て、下級の高官たちが汗水たらして働く。クラリスがいなくなって理想の環境が整った。
「それに俺の部下たちは優秀だ。ちっぽけな報告なんてしてこない。俺の手を煩わせない、頭のいい奴らだ」
クラリスがいた時はとにかく鬱陶しかった。なんでそんなことまで聞いてくるのか分からない、という答えを求めてくる。そんなのは勝手にやってくれれば良かったのに。
「ふん、やはりクラリスを追放して良かったな。あれはいらない人材だった。それに俺の婚約者には相応しくない。俺にふさわしいのは可憐な人に違いない」
クラリスがいなくなって、理想の環境を手に入れた。アルフレドは今は最高の時だと思っていた。
だけど、今国政が保っていられるのは、クラリスの残した指示が効果を発揮しているからに過ぎなかった。
すでに国政が傾いていることを、アルフレドは知る由もなかった。




