18.一地方の村を全部移動させます
「クラリス、村の状態はどう?」
「かなり良好です。虐げる領主がいないせいか、領民は元気に過ごすことができています」
「私が聞いた話では、移動された作物の成長度が飛躍的に上がったみたいですよ。この土地は本当に作物を育てるのに適した土地ですね」
あれから数日様子を見た。すると、村の様子を確認した二人が口々に良い報告をくれる。
今までずっと領主が虐げてきた。だけど、このデルトール地方に移動したお陰で、そんな人物はいない。領民はようやく普通の生活を手に入れたと言ってもいい。
それに作物だ。今にも枯れ落ちそうな作物をこちらの土地に移動しただけで、生き生きとして、ぐんぐん成長しているらしい。
流石、神土と呼ばれるだけのことはある。作物にいい影響が出て、この様子だと豊作になりそうだ。
「それに栄養のある食事、神気を吸うことによる体調の変化、ストレスが極限にまで減った環境。これらを総合して、領民は今までにないほどいい環境で生きることができています」
「皆さん、とても穏やかに過ごされているみたいですよ。生き生きとしていて、生きる喜びに溢れているみたいです」
環境が違えば、領民は健康的に生きられる。そのお陰で日常の仕事にも精が出て、きっとこの土地を発展させる力になってくれるだろう。
「先に領民の環境を整えたけれど、これで良かったの? クラリス」
「はい。先に整えることで、他の人たちを説得する材料になります。実際に移動した人の話は何よりも大きな力になります。今後はそれを軸にして、他の村を移動させましょう」
クラリスの進言を得て、先に領民の環境を整えた。確かに、実際経験した人の言葉には説得力がある。
「きっと、この環境を見てくださったら、すぐに心変わりをしてくれると思います」
「本当に大丈夫?」
「はい。南方地方の徴税は生きる希望を失う程に厳しいものです。ですから、生きる希望を見せるのが一番だと思います」
今まで国の政務を見てきた人の言葉だ、重みが違う。それだけクラリスの目には、厳しい徴税だったのだろう。
そんな厳しい環境からようやく村人を救える。そう感じたクラリスの目には力強い光が光っていた。
「ユマ様にはぜひその希望の光になって頂きたいと思っています」
「私はそんな大層なものにはなれないよ。ただ、私のように虐げられていた人たちが救われればって思っているだけ」
「それが素晴らしい心構えなんです! あぁ、私はユマ様に出会えて本当に良かったと思います! ですよね、エリザさん!」
「はい! それは私も思っています! ユマ様はこの地に舞い降りた救世主なんですよ!」
クラリスとエリザが意気投合してそんなことを言い始めた。いやいや、私は好き勝手にやっているだけだから! どうして、救世主とか見られちゃうわけ!?
「ごほんっ。ま、まぁ……それは置いておいて。早速、村々を回って説得をしていこうか」
「はい。すぐにでも出かけましょう」
「私はこちらに残り、領民のサポートを続けていきます」
まだまだ人は少なくて、大きなことは出来ない。だけど、少しずつやれることをやって、この国を大きく出来ればいい。
できればこの国がみんなのよりどころになってくれれば。それだけで、好き勝手にしたかいがあるというものだ。
◇
それから私たちは南の一地方の村々を集中的に訪れた。どこも領主からの厳しい徴税で今を生きるので必死な村人ばかりだった。
人をお金儲けの道具にしか見ていない。それがありありと分かって、胸が痛んだ。自分と重なってみえて、黙ってなんていられなかった。
そいつらが好きなようにしてきたんだ。だったら、私が好きなようにしていいはずだ。だから、私は好きなようにする。
村長に話をして、新しい土地があることを教える。そして、実際に村長にはデルトール地方を見てもらった。
体を強くする空気、どんな作物も急成長で育つ土地。そして、人が人らしく生きていける環境。
それらを見せると、村長は泣いて「この土地に移り住みたい」。そう、懇願してきた。
そうなると話が早い。村長は村人たちを説得して、村丸ごとデルトール地方に移動することが決定。
悪徳領主はその土地に捨て置いて、村人に関わる物だけを移動。もちろん、強制的に徴税した物はちゃんと返してもらった。
その繰り返しをしていくと、デルトール地方に大きな農村地域が出来上がった。そして、大事な村をなくしてしまった悪徳領主たちはどんどん没落していく。
村を失った悪徳領主たちの末路は、それぞれ悲惨なものだった。村から納められていた税がなくなれば、当然のように国へ納める税も払えなくなる。
最初は、どうにかして金を工面しようとしたらしい。持っていた財産を売り払い、屋敷の調度品を売り、それでも足りなければ商人から借金をした。
だが、それでどうにかなるはずもない。そもそも、今まで領民から搾り取ることで成り立っていた生活なのだ。その領民がいなくなった以上、収入が増えることはない。
やがて納税期限を過ぎても税を納められなくなり、爵位を剥奪された者もいた。立派だった屋敷を追い出され、平民と変わらない身分になった元領主。
今まで見下していた人々と同じように、路頭に迷うことになった者。借金を重ねて何とか以前の生活を取り戻そうとした者もいた。
けれど、返せるはずもない借金は膨れ上がり、最後には身売りをすることになった。借金奴隷として、鉱山や危険な労働現場へ送られた者もいる。
これまで豪華な屋敷に住み、毎日のように贅沢な食事をしていた人たちが、今では薄暗い鉱山の中で汗を流している。どれも、悲惨な末路だった。
だけど――。私は、そのことについて特別な感情を抱くことはなかった。可哀想だとも思わない。ざまあみろ、と笑う気にもならない。
ただ、そうなったのだと思うだけだ。だって、その人たちが領民から奪っていたものは、あまりにも多かったから。
生きるために必要な食料。家族と暮らすためのお金。明日を生きるための希望。それらを、領主という立場を利用して好き勝手に奪っていた。
だったら――私だって、好き勝手にしていいはずだ。私は誰かを傷つけるために、この力を使っているわけじゃない。奪われていた人たちに、奪われていたものを返しているだけ。
ただ、それだけだ。昔の私みたいな人がいるのなら。虐げられて、苦しんで、それでもどうすることもできずに耐えている人がいるのなら。
そんな人たちを、私は見捨てたくない。
「私が好き勝手にそれを救っても……問題ないよね」
誰に言うでもなく呟いて、私は小さく笑った。そして、また次の場所へ向かう準備を始めた。




