↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/42

見たとおりに

救い出した五人は、昼まで飯場で眠った。玄朔は、ゆうべから一度も横にならずに、五人の胸の音を順に聞いて回っていた。


シカネは、帳場の板の間の隅で、城下への返り便の文箱を詰めていた。坑夫たちが家族へ出す手紙が、ゆうべのうちにまた何通か増えていた。七番坑のことを知らせる手紙だった。


板の間の真ん中では、律が小野寺と向かい合って座っていた。


「見立ては、いつ出る」


「今日のうちに書きます。景綱さまへ出して、景綱さまから山方へ上がります」


小野寺は、膝の上で扇子を閉じたり開いたりした。


「一つ、頼みがある」


小野寺は、板の間の隅のシカネを、ちらりと見た。飛脚が一人いるだけだと思ったのか、そのまま話を続けた。


「見立てには、山の障りと書いてもらいたい。山のあやかしが荒れて、坑を崩した、とな」


律は、黙って小野寺を見ていた。


「障りなら、陰陽方が鎮めれば済む。七番坑は、崩れたところを避けて、脇から掘り直せる。鷹臣殿の案を使えば、水替えも要らなくなる。坑夫も食える。丸屋も借りを返せる」


小野寺は、扇子を膝に置いた。


「境の石のことを書けば、春に境に障りなしと書いたのは陰陽方だ、ということになる。そちらも困るだろう」


「見たとおりに書きます」


律は、それだけ言った。


小野寺は、しばらく律の顔を見ていたが、やがて立ち上がった。


「書いたものは、山方でも読む。それは、忘れるな」


小野寺が出ていくと、律は帳場の隅の文机を借りて、綴りを開いた。


◇


律が書いているあいだ、シカネは文箱を詰め終えて、炉端で汁をもらった。


板の間の隅から、筆の音がずっと聞こえていた。ときどき止まって、律が綴りの前のほうをめくる音がした。昨日、境の石の前で書きつけた頁だった。


途中で、帳場の戸口に坑夫が三人来た。年かさの男が先に立っていた。小野寺が出ていったあと、帳場の手代から何か聞いたらしかった。


「陰陽師の姐さん。七番を閉じさせる気か」


律は、筆を止めて顔を上げた。


「閉じるかどうかを決めるのは、私ではありません」


「山の障りってことにしてくれりゃ、あんたらが鎮めて、それで済むんだろ。俺たちは、来月も働ける」


「見たことを書きます」


年かさの男は、律の顔をしばらく睨んでいた。それから、土間に唾を吐いて、ほかの二人と一緒に出ていった。


律は、出ていった戸口を見ていた。筆を持ったまま、しばらく紙に戻らなかった。シカネが椀を置いて立ち上がりかけると、律はまた書きはじめた。


昼を過ぎたころ、律が筆を置いた。


「君のところを、読んで聞かせる」


律は、書き上げた紙を一枚抜いた。


「赤沢七番坑の救い出しにつき。シカネ、五番坑の試し掘りの突き当たりより、七番坑の底の手前まで、岩を打ち抜く。坑夫頭の印のとおり、肩より先のみにて二十あまり打つ。天井、落ちず」


律は、紙から目を上げずに続けた。


「浅瀬の石にて、煙の流れを上と下とに割る。硯岩の押さえる層の力を、境の手前の岩より掴み、十呼吸に近く保って水を渡り、天井へ打ち上げて割れ目を留める。両の拳の皮むけ、膝震えて止まらず」


律は、紙を下ろした。


「違うところはあるか」


「奥の者も打った。七つ」


律は矢立を出して、紙の端に書き足した。「岩蟲、七つ打つ」。


「ほかには、何を書いた」


「境の石が、春の前に下へ動かされていたこと。七番坑は、本当の境を二十間あまり越えていること。支柱の間合いが、定めの倍だったこと。崩れたときに逃げる坑が、掘られていなかったこと」


律は、ひとつずつ言った。


「春の見立ては、動いたあとの石を見て書いている。石の根元も、元の穴も、確かめていない。それから、硯岩は、春の前に人が三人で石を運んだと話した。見ていたかどうかは、答えなかった。山方の役所に、鷹臣が来て、山のあやかしに札を結んで水を引かせる案を出していた」


「春の見立ては、あんたのとこの人が書いたんだろ」


「そうだ」


「それも、書いたのか」


「書いた」


律は、紙を揃えた。


戸口に、鉄次が立っていた。いつから聞いていたのか、顔の左側をこちらに向けていた。


「俺のことは、書いたか」


「書きました。支柱の間合いを知っていて、人を入れたと、あなたが言ったことも」


「ならいい」


鉄次は、それだけ言って、飯場へ戻っていった。


◇


律は紙を三つに折って上包みをかけ、封をした。封の継ぎ目に、自分の名を書いた。


「景綱さまに。今夜のうちに届けてほしい。私は、明日、玄朔殿と一緒に戻る」


シカネは、封の上の律の字を見た。


先月まで、律が毎月景綱に出していたものの中には、シカネのことが書いてあった。今日のものにも書いてある。今度は、シカネがそれを運ぶ。


シカネは封書を文箱のいちばん上に入れて、紐を締めた。


「中は、見ねえ」


「知っている」


律は、硯を洗いに立った。


◇


城下に着いたのは、夜更けだった。


陰陽方の役宅の門番は、シカネの顔を覚えていた。奥へ取り次がれて、シカネは玄関の板の間で待った。


景綱は、寝間着の上に羽織を着て出てきた。封の継ぎ目の律の字を確かめてから、封を切った。


景綱は灯の下に座って、紙を読みはじめた。シカネは、受取をもらうまで帰れない。板の間の端に座って待った。


景綱は、二度読んだ。一度目は速く、二度目はゆっくりだった。二度目の途中で、春の見立ての控えの綴りを棚から出させて、見比べた。


読み終えると、景綱は紙を膝の上に置いた。


「春の見立てに押したのは、私の印だ」


景綱は、紙の端に目を置いたまま言った。


「書いた者は、私が赤沢へ行かせた。急げと言ったのも、私だ。山方が、春の掘りはじめに間に合わせたいと言ってきていた」


シカネは黙っていた。


景綱は、紙の上の一行を指で押さえた。


「律は、坑の中で何をしていた」


「穴のそばで、煙の割れ目を札で留めてた。札が焦げはじめるまで、穴から離れなかった。岩の灰色の線に気づいたのも、律だ」


「死んだ者は」


「三人。崩れたところの手前で、煙で。医者を連れて戻ったときには、もう死んでた」


景綱は、紙をめくって、三人の名の書いてあるところを見つけた。名の上に、しばらく指を置いていた。


景綱は、その行から指を離した。


「律は、これを書けばどうなるか、何か言っていたか」


「見たとおりに書くって、それだけです」


景綱は、しばらく黙っていた。それから、紙を元のとおりに三つに折った。


「上げる。明日、山方へ出す」


景綱は、書役を呼ばずに、自分で受取の紙を出して筆を取った。


右、赤沢七番坑の見立て一通、たしかに受け取り候。陰陽方 景綱。


シカネは受取を受け取って、文箱に入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。