第38話 冬至会議
公開婚約破棄から十二週間。
雪の舞う冬至の日、王宮大広間で最終会議が開かれた。
今回、レオナールは調停官席ではなく、証人席に座っていた。
クラリッサへの個人的な好意を自覚した時点で国王へ届け出を出し、調査報告の作成だけを終えて、最終裁定の審議と採決から退いている。
決定を読み上げるのは、枢密院書記長だった。
「王太子ジュリアン殿下とクラリッサ・アルヴェイン公爵令嬢の婚約は、双方の合意に基づき、本日をもって正式に解消する」
羽根ペンが登録簿を走る。
クラリッサは、胸の奥にあった固い結び目がほどけるのを感じた。
「王太子殿下には、王室夜会主催権および一部人事権の一年停止、国境都市における一年間の実務研修を命ずる。研修終了後、王太子位の継続について改めて資質審査を行う」
廃嫡でも、無罪放免でもない。
ジュリアンは王太子のまま、自分が軽く扱った暮らしと契約の現場へ送られる。
「謹んでお受けします」
彼は言い訳をせず、頭を下げた。
ミレーヌの女子学院進学も承認された。ジュリアンとの将来について、王室はいかなる予約も権利も設定しない。一年後に話をするかどうかさえ、本人たちの判断と記録された。
アメリアの婚姻と同盟条約は、何度も書き直された付帯条項ごと承認された。
裁定は、ジュリアン一人を罰して終わりにはしなかった。
国王は玉座から立ち、クラリッサとアルヴェイン公爵家へ王家名義の公式謝罪を行った。王太子の独断を未然に防げず、公衆の面前でクラリッサの名誉を傷つけた王家の監督責任を公文書へ残す。これから定める確認手続きからも、王族を除外しないと明言された。
クラリッサがロザリーの婚約へ越権した件も、社交季の功績と相殺されなかった。一週間の謹慎処分と戒告は記録に残り、半年間、婚姻に関する照会文には別の責任者の署名が必要となる。
レオナールには、異例の緊急照会を知りながら確認しなかった監督上の不作為について正式な戒告が下った。最終審議からの自主退席とは別に、婚姻案件を単独で裁定する権限を半年停止される。
「異議はありません」
二人はそれぞれの席で、同じ言葉を述べた。
反省したからといって、起こした損失まで消えるわけではない。
最後に、ベアトリス夫人が一冊の制度案を提出した。
「王族および上級貴族の婚約登録前に、当事者が親族を交えず意思を述べられる確認面談を設けます。記録官と相談役は交代制。強制の疑いがある場合は別系統の再面談を請求できるものとします」
重臣の一人がクラリッサを見た。
「この秋、多くの相談を扱ったクラリッサ嬢を、責任者にしてはいかがか」
「常任の責任者は、お受けしません」
ざわめきが起きる。
「一人の力量や価値観に依存すれば、その人の顔色を読む制度になります。私も、自分の正しさに酔って当事者の声を奪いました」
クラリッサは制度案の頁を開いた。
「ただし、半年間の試行設計と記録様式の作成には参加します。運用が始まったら、王妃陛下、ベアトリス夫人、法務官、若手貴族による交代制へ移してください。相談役の判断に異議を申し立てられる窓口も必要です」
役職から逃げるのでも、また皆の母親になるのでもない。
自分の失敗まで材料にして、誰か一人がいなくても回る仕組みを残す。
ベアトリス夫人は制度案へ追記し、国王が試行を承認した。
閉会後、クラリッサは回廊へ出た。
中庭の石畳へ、白い雪が重なっている。
「クラリッサ嬢」
レオナールが隣へ立った。
「審議から退いていたこと、黙っていらしたのね」
「私が誠実だと宣伝して回れば、誠実さが安くなるでしょう」
「相変わらず、可愛げのない方」
「あなたにだけは言われたくありません」
クラリッサは笑った。
「これで、あなたは誰の婚約者でもありませんね」
「ええ」
あの夜に交わした約束を、二人とも覚えていた。
ただし、会議を終えたばかりの回廊には人の出入りがある。
「少し、歩きませんか」
レオナールが庭園を示した。
クラリッサは差し出された腕に手を置く。
「まず、雪の当たらない場所まで。続きはそこで伺いますわ」
順番を急がない二人の足跡が、白い庭へ並んで続いた。




