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王太子殿下、その婚約破棄、ご両親には通しましたか?――前世で三人を育てた公爵令嬢は、社交界の恋愛騒動を段取りからやり直します  作者: 他力本願寺


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第26話 善意でも、迷惑は迷惑です

ロザリー・ヴァレル伯爵令嬢との決定的な衝突から一夜明けた、王宮の第一会議室。


 そこでは、エレノア王妃の臨席のもと、社交季主催責任者であるクラリッサの昨日の行動に関する審議が行われていた。


 事の重大さから、王室調停官であるレオナールや、貴族婚姻・礼法統括のベアトリス夫人も同席し、室内には重苦しい空気が立ち込めている。


「王妃陛下。これは看過できない問題です」


 甲高い声を上げたのは、日頃からクラリッサを快く思っていない行事委員の一人、マルグリット夫人だった。彼女は扇を振り立て、これ見よがしにクラリッサを指差した。


「クラリッサ様はご自分の権力を見せつけるため、若い令嬢たちを唆して、次々と神聖な婚約を壊していらっしゃるのです! ヴァレル伯爵家とグレン辺境伯家だけではございません。セリア嬢の件も、言葉巧みに言い包めたに違いありませんわ。このような相談所気取りの令嬢を主催責任者に据え置くのは、社交界の風紀を乱すだけです。直ちに永久解任すべきですわ!」


 事実の拡大解釈と、悪意に満ちた誇張。


 マルグリット夫人は、クラリッサの失敗をこれ幸いとばかりに自分の派閥の利益に繋げようとしていた。


 その言葉を聞いて、傍聴席に呼ばれていたセリアやエマが、たまらず立ち上がった。


「違います! クラリッサ様は私たちを唆してなどおりません! 私たちが自分の足で立てるように、助けてくださったのです!」


「そうです! そんな酷い言い方は……!」


「……セリア嬢、エマ夫人。ありがとう。でも、もういいのよ」


 クラリッサは静かに手を上げ、必死に自分を庇おうとする若い二人を制した。


「クラリッサ様……」


「庇ってくれるのは嬉しいけれど、事実を曲げるわけにはいかないわ」


 クラリッサは真っ直ぐに前を向き、王妃とベアトリス夫人を見据えた。


「マルグリット夫人の言い分には誇張があります。ですが、私がロザリー・ヴァレル嬢の同意の範囲を確かめきらず、権威を伴う照会書で事実上の延期を招き、両家へ実害を出したのは紛れもない事実です。弁明の余地はございません」


 自分の失敗は、自分で責任を取る。


 前世で三人の子どもに「間違えたら素直に謝りなさい」と教えてきた母親としてのプライドにかけて、他人の好意の陰に隠れて誤魔化すような真似は絶対にしない。


 クラリッサの潔い自白に、マルグリット夫人が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ほら、ご自身で認められましたわ! 王妃陛下、厳正なるご処置を!」


 エレノア王妃は静かにため息をつき、クラリッサを見つめた。


「クラリッサ。あなたの行動が多くの若者を救ってきたことは事実ですが、他家の契約に独断で介入した罪は重い。行為に対応した罰として、あなたに社交季主催責任者の権限の『一週間停止』を命じます。その間は、副責任者たちに実務を委任しなさい」


「……はい。謹んでお受けいたします」


 クラリッサは深く頭を下げた。一週間の謹慎。それは、彼女の犯した越権行為に対する、極めて妥当で現実的な処分だった。


「一週間!? 王妃陛下、それでは甘すぎます! 永久解任でなければ示しがつきませんわ!」


 マルグリット夫人が不満げに食い下がる。


 しかし、王妃の冷ややかな視線が彼女を射抜いた。


「マルグリット夫人。クラリッサの失敗と、あなたがご自分の派閥争いのために虚偽の噂を流布し、問題をいたずらに誇張したことは別の問題です」


「えっ……」


「クラリッサは自らの非を認めました。ですが、あなたは事実を歪め、行事委員としての品位を著しく汚した。……あなたには、本年度の行事委員の資格を失効させます。直ちにご退出を」


 王妃の冷徹な一刀両断に、マルグリット夫人は顔面を蒼白にさせた。


 夫人が泣く泣く会議室を後にし、審議は静かに終了した。



「……副責任者の皆様。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。来週の狩猟会の手配と、小夜会の席順はここにまとめてあります。後はお任せしてよろしいでしょうか」


「ええ、クラリッサ様。どうかお気になさらず。ゆっくりお休みになってくださいませ」


 会議の後、執務室に戻ったクラリッサは、数人の副責任者の夫人たちに一週間分の業務を引き継いでいた。


 彼女たちはクラリッサの能力を高く評価しており、謹慎の穴を埋めるためにすぐさま実務に取り掛かってくれた。クラリッサの指示が的確だったこともあり、引き継ぎはあっという間に終わった。


 夫人たちが忙しそうに執務室を出て行くと、そこにはぽつんとクラリッサ一人が残された。


(……私がいなくても、仕組みは回るのね)


 クラリッサは、誰もいなくなったデスクを見つめながら、心の中にぽっかりと空いた空虚さを感じていた。


 これまでの彼女は、どこかで「自分がいなければ社交季は回らない」「自分が若者たちを導いてやらなければダメだ」と無意識のうちに思い込んでいた。役に立ち続けなければ、自分の存在価値がないと信じていたのだ。


 だが、現実は違う。クラリッサが休んでも、他の誰かがその役割を担い、世界は問題なく進んでいく。


 自分の善意の過干渉が招いた失敗と、私がいなくても回るという事実。それが、クラリッサの心をひどく重く、ちっぽけなものにしていた。


 机の上の私物を小さな鞄にまとめ終えた時、背後の扉が静かに開いた。


「……引き継ぎは、終わりましたか」


 振り返ると、そこには視察から戻ったばかりの王室調停官、レオナール・ローデン公爵が立っていた。


 彼の静かな視線は、いつもと変わらぬ静けさを保ったまま、クラリッサを見据えている。


 クラリッサは、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。


 自分が傲慢だったと気づき、公衆の面前で拒絶され、立場を失って落ち込んでいる哀れな令嬢。普通なら、ここで優しい言葉の一つもかけて慰めるのが、大人の男の優しさというものだろう。


「レオナール様……」


 クラリッサは、鞄の持ち手を握りしめ、力なく尋ねた。


「……慰めに来たの?」


 その問いに対して、レオナールは表情を一切崩さず、短く、明確に答えた。


「いいえ」


 甘い慰めなど、微塵も含まれていない真っ直ぐな言葉。


 彼はクラリッサを、傷ついて泣いている子どもとして扱うつもりなど毛頭なかった。自分の行動に責任を持つ、一人の対等な大人として向き合うために、ここにやって来たのだ。

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