第27話 子どものために、が一番危ない時もある
「慰めに来たの?」
「いいえ」
謹慎の荷物を抱えたクラリッサへ、レオナールは静かに問うた。
「なぜ、あの書状を出したのです」
「ロザリー嬢を守りたかったからよ」
「それだけですか」
答えを急かさず、彼は退出した。
その夜、行くべき執務室を失ったクラリッサは、暗い寝室で前世の長女を思い出していた。
安定した会社を辞め、デザイン事務所のアシスタントからやり直したい。食卓でそう告げた娘に、母だった自分は猛反対した。
『福利厚生も給料も捨てるなんて、何を考えているの。失敗したらどうするの?』
『失敗したら、私が困るよ』
『だから止めているの!』
求人記事を集め、知人へ別の転職先まで尋ねようとした夜、娘が泣いて叫んだ。
『お母さんは、私が苦労するのを見たくないだけでしょう! 自分が安心したいだけ。私の人生なんだから、転ぶ権利くらいちょうだいよ!』
ロザリーの声と同じだった。
クラリッサは枕へ顔を伏せた。
自分は前世で学んだつもりになっていた。だが、ロザリーの怯えに、八歳の自分とアメリアを重ねた瞬間、経験は知恵ではなく恐怖に変わった。
「あの子のため、だけじゃない」
自分と同じ少女を見たくなかった。
止められなかった過去を、今度こそ止めたかった。
ロザリーの人生を使って、自分の傷を治そうとしたのだ。
翌日、副責任者たちから社交季の進捗が届いた。狩猟会の安全確認も、小夜会の席順も、滞りなく進んでいる。クラリッサがいない一週間を見越し、担当者同士で連絡表まで改良していた。
「見事ね」
誇らしい。なのに、胸の奥が冷える。
王太子妃という役割を失った後、若者たちから感謝されるたび、自分にはまだ価値があると思えた。頼られることを、役に立っている証拠にしていた。
だから、迷っている相手を見ると待てない。
解決してやらなければ、自分が必要とされなくなる気がした。
「ずいぶん立派なお母さんですこと」
クラリッサは自分を笑い、泣いた。
夕方、机へ向かい、ロザリーへの謝罪を書き始めた。
越権行為、重大な迷惑、深い反省。どこへ出しても恥ずかしくない文章が、すらすらと並ぶ。
最後に『お許しいただければ幸いです』と書きかけ、ペンを止めた。
許しを求めれば、ロザリーへまた答えを要求する。
公爵令嬢から届いた完璧な謝罪文は、受け取る側にとって別の命令になりかねない。
クラリッサは便箋を破った。
「紙で自分だけ楽になって、どうするのよ」
直接会い、言い訳をせずに謝る。
許されるかどうかは、ロザリーへ返す。
それでも、すぐ訪ねてよいのか。先触れを出してよいのか。
今度は一人で正解を決めず、クラリッサはヴァレル家へ短い確認だけを送った。
『謝罪に伺う許可をいただけますか。お断りの場合、再訪はいたしません』
翌朝、日時だけが書かれた返事が届いた。
赦しではない。話を聞く許可だ。
クラリッサは、その違いを忘れないよう、返書を鞄へしまった。




