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王太子殿下、その婚約破棄、ご両親には通しましたか?――前世で三人を育てた公爵令嬢は、社交界の恋愛騒動を段取りからやり直します  作者: 他力本願寺


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第18話 正しいことを、大声で言えばいいわけじゃない

公開断罪を宣言したクラリッサを、レオナールが静かに制した。


 彼の手が、証拠書類とクラリッサの間に差し入れられている。


「彼らは、弱い立場の令嬢の財産を脅し取ろうとしたのですよ! それをごまかすために、王太子殿下の騒動に乗じて彼女を『不貞の悪女』に仕立て上げようとした。こんな卑劣な人間たち、公の場で罰を与え、社交界から追放するのが当然ではありませんか!」


 しかし、レオナールのまなざしは、怒りに燃えるクラリッサをひどく冷ややかに、そして論理的に見据えていた。


「彼らの悪行を夜会で暴けば、確かに男爵家は破滅するでしょう。社交界の好奇の目は彼らに注がれ、あなたは正義の執行者として称賛を浴びる。……しかし、クラリッサ嬢。その時、一番傷つくのは誰ですか?」


「それは……」


「証拠を公開するということは、セレスティナ嬢が『実母の遺産を婚約者に脅し取られそうになり、法律に明るい幼馴染の手を借りて屋敷を出た』という、彼女が最も隠したがっていた私的な経済事情まで、社交界のど真ん中に引きずり出すということです」


 ハッと、クラリッサは息を呑んだ。


「あなたの正義は、被害者である彼女の私生活を切り売りして、見物人に娯楽を提供するだけの行為だ。……違いますか?」


 扇の先が、テーブルから滑り落ちた。


 拾おうとした指が止まる。セレスティナは、何を望んでいるのだろう。自分はまだ、一度も聞いていない。


 クラリッサが言葉を失って立ち尽くしていると、レオナールは男爵親子に向き直り、冷徹に告げた。


「というわけで、公開の場での告発は控えます。……が、あなた方の罪が消えるわけではない。王室調停官の権限に基づき、セレスティナ嬢の資産目録と脅迫の証拠は、法務局へ提出します。震えて沙汰をお待ちください」


 男爵親子は完全に戦意を喪失し、這うようにして面会室から逃げ出していった。



「すでに、私の部下がセレスティナ嬢と幼馴染の青年の居場所を特定しています。王都郊外の修道院です」


 面会室を出た後、レオナールは手際よく馬車を手配し、クラリッサと共に王都の郊外へと向かった。


 石造りの質素な修道院の一室で、セレスティナは法律を学ぶ幼馴染の青年とともに、怯えた様子で二人を迎えた。


「セレスティナ嬢。あなたのご実家の部屋から、資産目録と脅迫の証拠を見つけました。男爵家の企みは、すべて把握しています」


 クラリッサが静かに告げると、セレスティナは「ああ……」と顔を覆い、安堵の涙をこぼした。


「それで、あなたの意思を確認しに来ました。男爵家の罪を公的な裁判にかけ、彼らに慰謝料を請求することもできますが……どうしたいですか?」


 クラリッサは、今度こそ絶対に先走らないよう、慎重に言葉を選んで尋ねた。


 セレスティナは涙を拭い、青ざめながらも、しっかりと首を横に振った。


「……いいえ。もう、これ以上騒ぎ立てたくはありません。私の実家の恥を晒すことにもなりますし……ただ、静かに婚約を解消して、私の財産を守れれば、それだけでいいのです。お願いです、どうか穏便に済ませてください……」


「……分かりました。あなたの望む通りに、静かに終わらせましょう」


 クラリッサは深く頷いた。



 修道院を後にし、王宮へ戻る馬車の中。


 窓の外を流れる王都の景色を眺めながら、クラリッサは自分の短慮を深く恥じていた。


「……レオナール様」


 クラリッサがポツリと声をかけると、向かいの席で書類に目を通していたレオナールが顔を上げた。


「先ほどは、私が間違っていました。あなたが止めてくださらなかったら、私は彼女をもう一度傷つけるところだったわ」


 レオナールは書類を閉じた。


「あなたが間違えたのは事実です」


 胸の奥がちくりと痛んだ。けれど、慰めで包まれるより、ずっとありがたかった。


「ですが、止まれた。次は私がいなくても、当事者に聞けるでしょう」


「……ええ。必ず」


 馬車が小さく揺れた。クラリッサは窓の外へ目をやり、それから、向かいに座る男を見た。


「あなたがいて、よかった」


 レオナールは少しだけ目を瞬かせた。やがて、その口元に見慣れないほど穏やかな笑みが浮かぶ。


「……ええ。私も、そう思います」


 車輪が夕暮れの石畳を刻む音を、二人はしばらく黙って聞いていた。

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