星辰祭前夜
星辰祭の始まりを翌日に控えた日、授業の合間も生徒たちは浮足立っていた。もちろん教員もそれは例外ではなかった。普段であれば騒ぐ生徒たちを注意してたしなめそうなものだが、教師たちもどことなくそわそわしている。学園祭前の学校はそんなものだったな、と七海は授業を受けながら思った。
手首にはフェルディアークからもらった魔導具がついている。時折わずかに光るのだが、声は聞こえない。
「さて、星辰祭が明日からはじまる。授業はないが、各々普段の成果の発表だったり、研究の確認だったり、進路の検討などあるとは思うがくれぐれも羽目を外さぬように。今年も他国から外交官や王族が来賓としてやってきている。学園の生徒として慎みをもって」
担任の言葉はチャイムによってかき消された。担任は、意気揚々とかばんを持ち、立ち上がる生徒たちを見てため息がでるが、放課後ともなれば今日のみならず毎日が大騒ぎだった。星辰祭は各学年でも希望者を募り、いろいろ出し物をするのだという。七海は参加はしていないが楽しそうなクラスメイトたちを見ていて自分もまた楽しい空気に飲まれる。
「ユニフェに星灯石をもっていくときの注意点も聞いたし…うん、不安はないはず」
『いいですか、リリアさん。鳥籠型の入れ物に星灯石は一つずつ入っています。魔力が流れると明かりがつくものですが、大きな衝撃を与えると爆発する恐れもありますので、くれぐれも、慎重に運んでください。リリアさんが運んでいく星灯石は王宮内にあります。当日はみんな同じ場所から星灯石を持っていきますので、集合時間に間に合うように王宮へ足を運んでください。それと設置場所はこちらの地図に書いてあります。平民街を囲う塀の一部分です』
ユニフェがサンプルです、と見せてきたものは多面体に削られた乳白色の石だった。魔力を流すと星空のように光るのだという。
くれぐれも持ち運びは気を付けるように、とユニフェは再度七海に念押しした。
星辰祭一日目の夜には、各所へ最初に運ばれた星灯石に魔力が灯るのだという。七海たちはそれまでに決められた場所に星灯石を運んでいく。祭りの期間中にも王都の各所、郊外の農村へ次々に星灯石は運ばれていくそうだ。
「楽しみだな」
数日続く星辰祭は明日から始まる。寮へと戻る七海の足も軽い。ゲームの中ではない、文字通りのリアルイベントだ。浮足立つのも当然だろう。七海の手首の魔導具が一瞬だけ熱を持った。
七海が寮に戻りだしたころ、生徒会室ではユニフェが星辰祭の流れを再確認していた。机のそばには儀式で使う服が置かれている。
『今年の星の巡りがいつもよりも大幅に変わっている。ユニフェ殿、かなり辛い儀式となるかもしれないが』
「えぇ。わかっています。それでもやらねばならないことでしょう?特に私は加護持ちですから」
テーブルの上に置かれた水晶玉から聞こえた声にユニフェは返答した。負担が計り知れないこともわかっていて、儀式のための服を作った。
「それよりも王族の方や高位貴族の方たちの魔力の質は」
『測定済みだ。フェルディアーク殿下、モルガナ侯爵令嬢、ヴァイルハルト卿、以上三名の加護持ちの質はほかに及ぶものはない。高位貴族で引退した方々を除いても十分足りるだろう』
「そうですか」
ユニフェの安堵したような声に水晶玉の向こう側で笑い声が聞こえた。
『明日からかなり魔力を消費する。無理はしないように』
「分かっています。国を守るためとはいえ、一介の生徒にすぎませんから」
『一介の生徒は自分に合わせた儀式服を新調はしないと思うがな』
水晶玉でしていた通信が切れた。卓上のそれを指先でつついてからユニフェは立ち上がる。明日からの本番に備えて夜更かしはしないことに決めた。部屋を出る直前ユニフェは一度だけ服を見る。その服の首元から裾まで一瞬だけ光が走って消えた。
ユニフェが生徒会室から出たそのとき、フェルディアークは王宮の私室でリリアに渡した魔導具と揃いのものを見つめていた。戻ってきてからというもの、ずっと星辰祭の支度で頭がいっぱいだった。指先で魔導具をつつく。忙しいのは例年通りではあるが、なんとか彼女と時間を作りたいと思う。
「リリア…」
フェルディアークはその名を大切に呼ぶ。ほんの僅かな期待を込めて魔導具に魔力を込めた。もしリリアが起きていれば、向こうの魔導具が光るはずだから気づくかもしれない。
「リリア…」
『え?わ!フェル様の声がした。本当に通信機なんだ…スマホみたい……え、でも私の声聞こえてるかな?』
「聞こえている。少し魔導具に魔力を注ぐといい。声がクリアに聞こえるはずだから」
フェルディアークの言葉に従ったのか、わずかな空白の後リリアの声がした。
『聞こえてますかー?』
「あぁ、聞こえている。先程よりもきれいに」
ふっ、と笑いをこぼした。ホッとした顔が目に浮かぶ。
『まだ起きていたんですか』
「あぁ。明日からの星辰祭の最終確認があったからね」
『大変…フェル様、毎日忙しいんだし、無理はダメですからね』
「心配してくれるのかな?」
『当たり前です』
「そうか」
『一緒に回れることができたらな、って思いますけど、そのために無理は絶対しないでくださいね!じゃあ、明日からの星辰祭がんばってください』
「あぁ、君も…」
静かに魔導具の光が落ちる。ふ、と口元に笑みが浮かんだ。
魔力を切り、フェルディアークも寝る支度を始める。明日は日が出る前から動き出す。
いつもとは違う星辰祭が始まろうとしていた。




