星を待つ午後 3
星辰祭が近づくにつれて、学園も、王都も少しずつ浮かれるらしい。授業に身が入らない生徒が年々いるらしく、星辰祭の準備期間中の各教員たちは日々頭を悩ませている。七海もユニフェの補習がまたなくなってしまったため、一人図書室で勉強することになった。それでも最近は授業についていけている気がした。前よりもずっと説明の内容が頭に入ってくる。
「星辰祭…星辰祭…あ、これだ」
『星辰祭について』
ページを開く。中身の最初は以前読んだセレスティアの神話と同じものだった。あれよりは省略されているが、最後には星辰祭について『空に帰った神々を懐かしむ行事』と書かれている。
そして星辰祭の中身。ユニフェに聞いた内容とはまた別のことが書かれていた。あの国を守る結界の話は一般的には秘密なのだろうと推察できる。
平民街と貴族街、王宮、学園、魔法塔、いずれでも魔灯石を用いた灯りがあたりを照らすという。その明るさは王都中を包み込む。空へ行った神々をしのび、そして地上に残った人々が今も健やかであることを伝えるために行うのだと書いてあった。
「そっかぁ…」
「…リリアは、星辰祭に行くのかな」
間近で聞こえた涼やかな声。七海は心臓が止まりそうになった。振り向けばそこにはいいお顔のフェルディアークが立っている。この前中庭で見た時よりは顔色はいい。
「誰かと一緒に…?」
「まだ決めてないです」
「そう…」
イベントで、フェルディアークはリリアを誘った。二人一緒に学園を回っていた。
学園祭イベントおいしいよね、と七海は思っていたりする。一緒に手をつないで出店を回って、お菓子をあーんとしてみたり…と思い出して、それをしていた本人が目の前にいることを自覚する。
「…フェル様ずるい…」
「なにがだ?」
「顔…」
「顔」
フェルディアークはぺたぺたと自分の頬を触る。顔がずるいとはどういうことだ。だが七海はフェルディアークの顔を見ては頬を染めている。少しむっと唇を尖らせている。変な顔とは思ってないが彼女からするとフェルディアークの顔はお気に召さないということか。
「…一緒にまわれたら楽しいのだろうな」
「フェル様は平民街とか回ったことあるんですか?」
「いや…毎年王族は儀式に出るから…実はどんなことをしているのか見たことがない」
「今年はいけたらいいですね!あ、ね、フェル様、どこか空き時間見つけていきませんか」
七海の顔が期待に輝く。フェルディアークは目を丸くし、それから笑った。小さな笑い声、それでも静かに頷いた。
「必ず時間を見つけよう。…待っていてくれる?」
「もちろん!」
フェルディアークは七海の返答に笑顔を見せた。しばらく七海と本を同じ本を眺めていたが立ち上がる。
「あ、ほうだ!フェル様、私ね、儀式に参加するの」
「…儀式に参加?」
フェルディアークのいぶかし気な声が七海の言葉をオウム返しした。
おかしい。儀式に参加する一般生徒や平民のリストはすでに見ている。しかもその中にリリアという名前は見ていない。つまりそれは誰かが独断で彼女を儀式のリストに入れたということなのだろうと予測はつく。だが、だれが、なんのために、どうして。そんなことをして何のメリットがあるというのか。フェルディアークの頭の中でぐるぐると考えが回る。
「ユズフィーナ様が誘ってくれて、ユニフェが一人ぐらいならって」
「……え?」
「ユズフィーナ様にこの前お菓子を渡したんですけど、そのお礼にって。参加したいならどうぞって」
「…ユズフィーナとユニフェが?」
七海の言葉に理解が及ばない。あの二人に話を聞かなければと思いながらも七海がなんの儀式に参加するのかも気になっていた。
「どの儀式に参列を?」
「えっとね、星灯石の点火だったかな?」
「あぁ、そのぐらいならよかった…城にも入れる。ただ絶対に安心とは言えないから、きちんとユニフェの説明は聞くように」
「はーい…」
フェルディアークは七海に笑いかけると立ち上がってしまう。
「星辰祭、会えるのを楽しみにしている」
「はい!あ、でもどうやって連絡しましょう」
「そうだな。確かこの前魔導具を一つ手に入れたんだ」
フェルディアークは制服の胸ポケットから細身のブレスレットを出した。雫型に成形された青い石が淡く光っている。七海の手首には大きいように見えたが、フェルディアークの手によって手首に通されると吸い付くようにサイズがあった。
「これは対になっているんだ。魔力をこの魔導具に溜めこむことことで双方で話ができるようになる。リリアがつけているものに私の魔力を入れ、私の魔導具にリリアの魔力を流す。やってくれるか?」
「わかりました。フェル様の魔導具は?」
「こちらに」
フェルディアークは机の上にもう一つの魔導具を置いた。七海がつけてもらったものとは異なり、それには赤紫色の石が光っていた。手をかざし、石に魔力を入れるのだという。フェルディアークに一度七海がつけた魔導具を返してから自分の手のひらにフェルディアークのものを置いた。石に向けて七海は静かに魔力を込めていく。
七海の魔力が込められた魔導具はほんのりとオレンジ色に輝いた。
「できた?」
「できている」
フェルディアークは七海がつけていた魔導具にゆっくりと魔力を込めた。白金に輝く石を見て七海は目を丸くする。その光はしばらく瞬いたかと思うと消えてしまう。
魔導具を手に取るとほんのりと温かい。
「これ、フェル様の魔力であったかいの?」
「あぁ。君が魔力をいれたものもあたたかいよ。すぐに冷めてしまうものだけれど」
フェルディアークは魔導具を見つめて口元に笑みを浮かべた。七海は再度魔導具を腕にはめる。吸い付くように輪を縮めた魔導具は七海が腕を振っても落ちることはない。
「星辰祭、君と少しでも歩けることを楽しみにしているよ」
「私もです。フェル様はやることいっぱいあるんだろうから無理はしないでくださいね」
「あぁ」
フェルディアークは図書館を出て行ってしまった。
七海はそのまま本を読みふける。星灯石は魔力を受け取ると光るのだという。
「じゃぁ魔力を入れたら、誰でも光らせられるってこと?」
あちこちで色々な色に光る石を思い浮かべてみた。とてもきれいなのだろう。だが、本を読み進めていくとそう単純なことではないことが分かった。
ただ魔力を通せば光るというものではなく、込められた魔力の性質によって光の色や強さも変化するのだという。もっとも意図的に色や強さを変化させるにはそれ相応の技術が必要となり、一般的には白や黄色に光るという。
「へぇ…」
先ほどフェルディアークは白金色に光らせていた。そして自分はオレンジ色だった。同じ魔導具なのに、こめる魔力によって色が変わる。
七海は自分の腕に視線を落とした。細身の腕輪、その中心に収まる青い石は、今は何の光も宿していない。だが、指先で触れるとほんのりと温かいような気がした。
「これがフェル様の魔力か…」
呟いて少し恥ずかしくなった。七海のそばには誰もいないのに慌てて本へ視線を戻した。
「……なんでこんなに照れるのかな」
ゲームのなかではこれと似たイベントを何度も見た。フェルディアーク以外のシグルドやユニフェ、ガイクスから特別なアイテムをもらうイベントもあったし、星辰祭も期間限定のイベントとはいえ、一緒に街を歩くイベントもあった。
リリアとして遊んでいたときの七海は、画面の外からそれを見ていた。嬉しいイベントだった。きれいなスチルもあった。
けれど、今は違う。
さっきまで隣りにいたフェルディアークは、画面のなかのキャラクターではない。
笑った時に少し目を細める、困ったように眉を下げる、少し悩む時に右手で左手の親指を撫でる癖がある、この世界で生きている一人の人間なのだ。
「変なの…」
七海は小さく笑った。
そしてもう一度本へと目を落とす。
星辰祭はゲームの中では年に一度行われるイベントだった。王都中が星灯石の光に包まれる夜だ。
だが、今回は違う。七海はゲームを遊んでいるわけではない。現実に生きている彼らとともに祭りの夜を迎えるのだ。
七海がリリアとしてこの世界にいる。ユズフィーナがいる。
フェルディアークも、シグルドも、ユニフェも、ガイクスもいる。
何より、ゲームの中の設定にはなかったものが、この世界にはある。
「星辰祭、どうなるんだろう」
七海のつぶやきに答えるものはない。ただ、窓の外から聞こえてくる生徒たちの声が少しずつ大きくなった。
星辰祭が近づいてくる。それは学園のみならず王都全域が浮き足立っている証拠だった。




