星を待つ午後 2
「あ、ユニフェだ!」
「リリアさんまでこちらにいらしたんですが」
ユズフィーナは静かに立ち上がり、ユニフェの分の椅子と紅茶を用意する。ユニフェは机に紙袋を置くとユズフィーナに一礼した。
「お礼を、ユズフィーナ様」
ユズフィーナは手を止めてユニフェと向かい合う。
「この温室の植物はどれも貴重なもののはずです。それを私のためにいくつか使ってくださったと聞きました。おかげで私は後遺症もなく、魔力欠乏から立ち直れました」
「そういったときのための温室ですから」
ユズフィーナの言葉にユニフェは目を丸くする。知らなかったのだろうか。七海は知らなかった。時折あのとき思い出した声について考えるが、まったくもってゲーム内に存在していないセリフとしかわからない。
温室の存在も同じだ。
「国には備蓄の薬剤があるはずです」
「薬剤にも限りがあります。必ずしも効くとは限らない。だから、もしものときのために栽培をしているのです…たまたま今年は私が担当であっただけ…ずっと、前からこの温室では栽培がされていました」
ユニフェは少し考え込んでそれから合点がいったのか頷いた。
「特別気になったというわけではありませんが、毎年一定数予算が出ていました。温室管理です。学園の温室の規模を考えればあり得ない金額ではない、けれど少し高いな、と思う程度の…こちらに優先して回されていたんでしょうね」
ユニフェはそう分析した。ユズフィーナはあまり興味を持たないのか七海におかわりの紅茶を注ぐ。
「ユニフェも飲む?ユズフィーナ様の紅茶、すごくおいしいよ」
「…いただきます」
七海に声をかけられたユニフェは我に返るとユズフィーナが用意した椅子に腰を下ろす。それから紙袋をユズフィーナの方に押し出した。
「ハッシュヴァルトの領地でとれた木の実を入れて焼いたクッキーです。ユズフィーナ様のお口にあえば」
「ユニフェが焼いたの」
「いえ…流石の私もできません……まだ…」
「いただいてよろしいの?ハッシュヴァルト領の木の実は保存食に適していると聞きましたわ」
「昨年は豊作で保存も多くありますので」
「リリアさんもいかが?」
「いいの?」
七海がユニフェを見る。ユニフェはうなずいた。ユズフィーナに渡して、ユズフィーナが七海も、と口にしたのだ。ユニフェがだめだということはない。
紙袋の中から丁寧に缶に詰められたクッキーを出す。保存魔法が効いている魔導具ゆえクッキーが痛むことはない。
ユズフィーナはユニフェの前にティーカップを置いた。ユニフェはカップから紅茶を飲む。
「オレンジですね」
「わかる?売店のやつなんだ」
「おいしいです」
「だよね!ティーバックなの、なのにユズフィーナ様が淹れるとこんなにおいしくなるのびっくり!」
「…手ずから淹れているんですか」
「たしなみの一つとして」
七海の顔が輝く。ユズフィーナは半分程度飲んだカップを静かにソーサーに置いた。七海のほうへ視線を向ける。
「そういえば、言い損ねてしまったのですけれど、先日いただいたクッキー、とてもおいしかったですわ」
「本当?!よかったぁ…」
ユニフェのクッキーを取り分けて三人で食べる。さくっとした歯触りのクッキーの中に砕かれたナッツ類が入っている。七海はそのおいしさに頬をほころばせた。ユニフェはユズフィーナと七海というセットを観察している。
片方はフェルディアークの許嫁、片方はフェルディアークのお気に入りである。不思議なものを置見ている気がした。平民と貴族が同じテーブルに座ってお茶会をしている。そこに参加している自分もどうかとは思うのだが、いやではなかった。それは七海が笑顔だったからかもしれない。ユズフィーナの表情はかけらも変わりはしないが、七海を下に見ているわけでもなさそうだった。
「ユニフェ、星辰祭の準備って大変?」
突然七海が聞いてきた。七海としては星辰祭が気になって仕方がない。何しろ期間限定イベントだった。報酬のSSRのために寝る間も惜しんでゲームをしたのはいい記憶だ。しかも本当に報酬がよかった。おそらく星辰祭限定だろう衣装は星空を写し取ったかのように輝く裏地と刺繍が惜しみなく施されたマント、ザ・魔法使いというようなスタイルなのに、洗練されており、コスプレイヤーたちがこぞってコスプレをしていた。眼福。
「…そう、ですね」
「星辰祭が気になりまして?」
「はい!それはもう楽しみで」
「平民街は…いろいろなお店が出ると聞きます」
「お祭りといえば縁日だもん!ある!たくさんあると思う!」
「縁」
「日」
ユズフィーナとユニフェの困惑した声に七海は我に返った。
縁日なんてあるはずもない。あはは、と誤魔化すように笑う七海は、平民街だとどんなお店が出ているのだろうかと考える。七海が生きていた現代のお祭りではやきそばやわたあめの食べ物はもちろん、射的やヨーヨーすくい、金魚すくいにくじ引きなんてものもあった。
「食べるものかな…でもきっと魔導具とかも売ってそう。小さいもので、子供が魔力流したら音楽流れて光るの!かわいいねぇ」
「ふむ、そんなものがあるとは聞いたことないのですが、開発したらいいおもちゃにはなるかもしれません。魔力の強弱によって音の大きさを変えたり、魔力属性によって違う音が出たり」
「えー!それ絶対楽しいやつだ!ガイクスなら作れそうだよね」
「ガイクス…」
「うん!」
「ガイクス・クローレンのことですか」
ユニフェが考え込む。七海はガイクスの魔導具の扱いがいかに見事だったかと話した。
ユニフェだけでなくユズフィーナも話を静かに聞いていた。
「クローレンの名前は聞いたことがあります。魔導具の扱いに関しては国一の平民の家だと…」
ユニフェはぶつぶつとつぶやいている。奉納演舞がどうたら、とつぶやいている。七海は紅茶の入ったカップを手にして首をかしげていた。
ユズフィーナに説明を求めた。
「星辰祭の四日目に、奉納演舞という演目があります。学園の成績優秀者による魔術披露の場です。ただこちらは貴族のみではなく、平民からも出るものがいます」
「成績優秀者だから?」
「はい。この奉納演舞は王宮の各所の人材を求める場所でもありますので、平民からしたら願ってもない場所でしょう」
ふむ、と七海は考える。ガイクスに会ったら声をかけようか、と思うものの一言も話せない今の状況はよろしくない。七海からも、ガイクスからも話しかけにいけない。参加できないかと話に行こうと思っても駄目だった。
「…リリアさんも星辰祭に参加なさいますの?」
「え?」
「貴族科の生徒の一部は王族が行う儀式の補助をしますから、リリアさんも参加されるとばかり」
「なにそれ。知らない。ユニフェ!」
「えぇ。ありますね。星灯石の点火です」
ユニフェ曰く、星灯石というのは星辰祭のときに王都中に置かれる特殊な魔石らしい。”星々の祝福を宿した灯り”であり、平民たちは平民街を囲むようにしてそれを置いていくのだという。だが、学園に通っているわけではない平民が、学園に安置されている星灯石を持っていくことはでいないため、学園の生徒で運んでいくのだそうだ。
貴族街ももちろん同様に星灯石が並べられるという。明かりが灯るととても綺麗なのだそうだ。
「それは…見てみたい…私も参加できるの?」
「…そうですね…もう参加する生徒には連絡がいっているかと思いますが、一人ぐらいであれば」
「ユズフィーナ様、殿下にお話しされなくてよいのですか」
「…先日、リリアさんからおいしいクッキーをいただきましたの」
ユズフィーナはカップを口元に運ぶ。かわいらしい缶に入った甘いお菓子。ユズフィーナに、と差し出してきた目の前の少女。
誰一人、そんなことをすることはなかったのに、彼女だけがそんなことをしてくれた。それがたとえ、ユニフェを救ったことに対する彼女なりのお礼だったのだとしても、彼女に少しお礼をしたかった。
「ひと枠程度であれば問題ないでしょう。人数がいないと終わりませんし」
「…わかりました。リリアさんの名前も入れ込んでおきます」
ユニフェはしぶしぶといった様子でうなずいた。
「本当に?いいの?」
「説明はちゃんと聞いてもらいますから…聞いてますか?」
七海はどんなイベントなのだろかと目を輝かせている。ユニフェはため息をこぼした。心配だ。
そのあとしばらく三人でお茶を楽しむ。七海はユズフィーナと会話を続ける。ユズフィーナは感情を出すこともなく、七海の質問に返答していた。
「ドレスとか着るんですか。どんな?あ、この前の夜のドレス本当に素敵でした!」
「殿下の外交の場などでは着ることが多いです。先日着たような細身のものが多いかもしれません」
「うわぁ…また見てみたい…」
「シグルドが言っていましたね。あのとき私の姿を見て、リリアさんがずっと褒めていたと」
七海が静かに紅茶のカップを置いた。ユニフェもあとあとシグルドから聞いている。ひたすら褒めてテンション上げて、ついでに疲れていたと。七海は顔を赤くしていた。推しに、ほめていたことを知られてしまった。しかも多分あのシグルドのことだから、楽しんでユズフィーナに話したのかもしれない。
「尊い、ですとか、無理とか…きれいも、素敵も、言っていたようですね」
「うわぁぁっ。だめ、忘れて!そんなの覚えてなくていいから!」
「それと、アクスタ、というものはいったい…」
温室に七海の悲鳴が響いた。




