第4話
アルヴィンが席を外した隙を突き、マリアはリゼットの足元に膝をついた。
「お姉様、私は、私はどうすれば、あなたに並べるのでしょうか」
その瞳には、かつての純真さなど微塵も残っていない。
アルヴィンが囁く「愛している」という言葉は、今のマリアにとって、何の価値も持たない雑音に成り下がっていた。
彼が愛しているのは、自分より弱く、守らなければ壊れてしまう偽物のマリアだ。
けれど、リゼットが求めているのは、過酷な教育に耐え抜き、いつか隣で毒を酌み交わせる本物の「妹」としての格。
マリアの中で、恋心という名のテンプレートが音を立てて崩壊し、代わりにどす黒い野心が芽吹く。
アルヴィン殿下は、ただの踏み台でいい。
王妃という地位さえ、リゼットに認められるための道具に過ぎない。
リゼットは足元のマリアの髪を、愛犬を愛でるように指先で弄んだ。
「あら。殿下の愛よりも、私の評価の方が欲しいの?」
システムが提示していた「マリアの嫉妬を煽る」という選択肢を、リゼットは軽々と飛び越える。
彼女はマリアの顎を掬い上げ、その歪んだ情熱を満足そうに見つめた。
「いいわ。もっと貪欲になりなさい。殿下の心も、この国の権力も、私を喜ばせるために奪い取ってみせて」
この瞬間、清らかなヒロインは、リゼットの手によって最も忠実で危険な共犯者へと造り替えられた。
◇ ◇ ◇
戻ってきたアルヴィンは、見せつけるようにマリアの肩へ手を回した。
「マリア、もう無理はしなくていい。この屋敷での暮らしが辛いなら、今すぐにでも僕の離宮へ移る準備をさせよう」
それは、本来ならヒロインが涙を流して喜ぶ、溺愛ルートの象徴的な台詞だった。
けれどマリアは、その温かいはずの手を、まるで汚らわしいものに触れられたかのように身を震わせて振り払った。
「やめてください、殿下。お姉様の前で、はしたない……」
マリアの視線は、アルヴィンの顔を通り越し、じっとリゼットの指先を見つめている。
そこには、恋人に向ける甘い熱情など欠片もなかった。
あるのは、神に等しい絶対的な存在に、自分の潔白を証明しようとする狂信者の焦燥だけだ。
アルヴィンは、拒絶された自分の手が空を切るのを、信じられないといった様子で眺めていた。
彼はマリアを救うヒーローになりたかった。
しかし救うべき対象は、すでに自分より強い支配者に魂を売り払っている。
矛先を失ったアルヴィンの情動が、ぐにゃりと歪んだ。
彼は怒りのままにリゼットを睨みつけようとして、そのまま、彼女の唇に浮かぶ残酷な笑みに目を奪われた。
自分を見ず、リゼットを崇拝するマリア。
そして、そのマリアを完全に飼い慣らし、自分をも見下ろしているリゼット。
冷たく、美しく、自分の理解を超えた場所に立つかつての婚約者。
アルヴィンの中に、憎悪と混ざり合った、どろりとした新しい執着が鎌首をもたげる。
不快なはずなのに、この場から立ち去ることができない。
リゼットは、二人の視線が自分に集中するのを感じながら、最後の一口を飲み干した。
「あら、お茶が冷めてしまいましたわ」
テンプレート通りなら、今頃は「婚約破棄されて惨めなリゼット」と「愛されるマリア」という対照的な姿が描かれていたはずだ。
けれど現実は、互いに弱みを握り、依存し、歪んだ感情をぶつけ合う地獄絵図。
愛よりも深く、純愛よりも執拗な、泥沼の人間模様。
これが私の求めていた、退屈しのぎの娯楽よ。
リゼットは満足げに目を細め、静かにティーカップをソーサーに戻した。











