第17話
リゼットは視界の端で執拗に明滅するシステムウィンドウを、まるではびこる羽虫でも払うかのように、無造作な手つきで虚空へと薙ぎ払った。
『エラー:選択が未完了。』
無機質な警告音が響く中、彼女はドレスの懐から、色も装飾もない三通の封筒を静かに取り出した。
そこには、昨夜までに彼女が周到に収集し、完成させた「真実」が封じられている。
アルヴィンの国家予算横領、マリアの狂気に満ちた暗殺教唆、およびレオンハルトの周到な国家転覆計画。
それらは、彼らが今この場で晒した無様な醜態を、法的に、および決定的に死罪へと繋げるための最後の一撃だった。
「皆様、お顔を上げてくださいませ。残念ながら、私が用意した脚本に『救済』の二文字は含まれておりませんの」
リゼットの声は、凍てつく冬の夜風のように冷たく、広間に響き渡った。
彼女は三人の前に、システムが提示することさえなかった第三の選択肢、すなわち「選択肢C」を突きつけた。
「これらを公表されたくなければ、今日この瞬間から、あなた方の命も、魂も、そのすべてを私に預けなさい。愛も憎しみも、権力も、すべてを私の掌の上で踊らせるための燃料として差し出すと誓うのなら……この紙片を、今ここで灰にして差し上げてもよくてよ」
それは慈悲の仮面を被った、究極の隷属への誘い。
リゼットは、彼らを殺すことさえ慈悲であると言わんばかりの残酷な微笑を浮かべ、自滅した怪物たちに「生かされる」という名の地獄を提示した。
◇ ◇ ◇
リゼットの提示したあまりに非情な要求に、広間を支配していた絶望の色が、瞬時にして別の何かへと塗り替えられた。
最初に声を漏らしたのは、床に跪いたままのアルヴィンだった。
彼は震える手でリゼットのドレスの裾を掴み、そこへ縋り付くように額を押し当てる。
「ああ……。そうか、最初から僕は、君にすべてを奪われたかったのかもしれない」
王太子としての重圧も、虚飾のプライドも、リゼットという絶対的な力に屈することで、皮肉にも霧散していく。
マリアは、手に持っていた毒薬の瓶を床に投げ捨て、パリンと小気味よい音を立てて砕いた。
彼女の瞳には、先ほどまでの濁った嫉妬は消え、リゼットという完璧な毒に染まることを受け入れた狂信者の恍惚が宿っている。
「お姉様に支配していただけるのなら、私、一生この檻の中から出られなくても構いませんわ。むしろ、それを望んでいたのかもしれません」
そしてレオンハルトは、剣を鞘に収め、一歩前へ踏み出すと、リゼットの前に騎士の礼を以て跪いた。
彼は己を凌駕する冷徹な知略と、システムさえも踏みにじる彼女の強大さに、かつてどの戦場でも感じたことのない高揚を覚えていた。
「いいだろう、わが主よ。君という鎖に繋がれることがこれほど心地よいものだとは、思いもしなかった」
絶望の底で、三人は「リゼットに支配される」という共通の救いに辿り着いた。
愛でも憎しみでもなく、ただ一人の支配者の掌の上で、共に生かされ、共に踊る。
その歪みきった連帯感は、かつてのどの健全な友情や愛情よりも強固に、彼らを一つに結びつけていった。
もはや誰も、リゼットを奪おうとはしない。
ただ、彼女の視界の端に留まることだけを許し合う、共依存の地獄がそこに完成した。










