第12話
翌朝、リゼットとレオンハルト公爵の婚約は、国中に衝撃を以て報じられた。
社交界の人々は、この衝撃的なニュースを「王太子に婚約破棄された悲劇の令嬢が、真実の愛を見つけた美談」として勝手に解釈し、祭り上げた。
新聞の一面を飾る「氷の公爵、愛に溶ける」という見出しを眺め、リゼットは優雅にトーストを口にする。
その裏側で、国家の経済と軍事の心臓部が、二人の契約によって静かに、しかし確実に切り離され、再構築されていることなど誰も知らない。
知らせを聞いた王宮のアルヴィンは、執務室で廃人のように座り込み、虚空を見つめていた。
自分を救ってくれると信じていたリゼットが、自分よりも遥かに強大で恐ろしい男の手を取った。
その絶望は、彼をさらなる自己破壊とリゼットへの病的な執着へと追いやっていく。
一方、公爵邸の裏庭では、マリアがリゼットから贈られた手袋を、指が白くなるほど強く握りしめていた。
「お姉様を独り占めしようだなんて、あんな男……。私が、私が排除して差し上げないと」
マリアの瞳に宿るのは、恋心よりも鋭く、狂信に近い独占欲。
リゼットは鏡に向かい、レオンハルトから贈られた「愛の証」としてのペンダントを首にかける。
その中には、彼をいつでも逆賊に仕立て上げられる決定的な証拠が隠されている。
「幸せな結婚式にしましょう、レオンハルト。この国の古い秩序を焼き払う、最高の葬送儀礼にね」
鏡の中のリゼットは、かつてのどの人生よりも美しく、そして残酷な笑みを浮かべていた。
愛もシステムも通用しない、泥沼の第二幕が今、幕を開けようとしていた。
◇ ◇ ◇
建国記念祭を三日後に控え、王都は沸騰せんばかりの熱気に包まれていた。
至る所に色鮮やかな旗が掲げられ、市場には異国の香辛料や絹糸が溢れ、夜通し楽団の練習が石畳に響いている。
けれど、王宮の奥底で繰り広げられているのは、祝祭とは程遠い醜悪な欲の競り合いだった。
まず動いたのは、執務室に籠り切りとなっている王太子アルヴィンだ。
彼は祭典のメインステージでの演説を、リゼットへの公開謝罪と復縁の舞台に変えようと目論んでいた。
かつての婚約者を王家という名の鳥籠へ連れ戻すため、彼は自分に忠実な近衛兵のみで固めた特別警備体制を独断で敷く。
それがリゼットの意思を無視した暴挙であることなど、今の彼には微塵も理解できていなかった。
一方、その動きを影から見つめるマリアの瞳は、底知れぬ暗濁を湛えている。
「お姉様をあの愚かな男に渡すくらいなら、いっそこの世から隠してしまえばいい」
彼女はアルヴィンの演説を「醜聞」で塗り潰す工作を済ませると同時に、祭典の混乱に乗じてリゼットを連れ去る準備を整えていた。
用意されたのは、人里離れた森に佇む小さな別邸。
そこはマリアがリゼットを永遠に独占するために設えた、甘美な監禁の檻だった。
そして、それら全てを嘲笑うかのように、レオンハルト公爵が冷徹に盤面を動かす。
彼は二人の争いを、王家の統治能力欠如を証明する絶好の機会と定義した。
警備の不備を名目に、自らの私兵を王宮の要所へ配置し、事実上の国家掌握を狙う。
リゼットとこの国の全てを、自分の腕の中に一気に収めるためのクーデター。
その秒読みは、祝祭의幕開けと共に始まろうとしていた。
三つの野心、三つの陰謀。
リゼットは窓辺でそれらの報告を記した紙片を暖炉の炎に投じ、静かに目を細めた。
「皆様、本当に熱心ですこと。その情熱、せいぜい私の利益のために使い果たしてちょうだい」
鏡の中に映る彼女は、か弱く守られるべき令嬢の微笑みを完璧に纏っていた。
けれどその瞳の奥には、これから始まる崩壊劇への期待と、獲物を追い詰める捕食者の冷徹さが揺らめいていた。










