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第9話「ボクの予言は絶対に当たる。でも機嫌が悪いネコミミなので、質問に答えるかどうかは保証しないよ」

 ドゴォン!

 また一つ、大きな亀裂が走った。


[警告。あと一分以上の維持は困難です]


 前には魔物。後ろには追手。

 俺は、隣にいた猫耳の女――フレデリカへ向き直った。


「聞きたいことがある」


「やだ」


 俺はフレデリカの両肩を掴んだ。

 細い身体が、一瞬だけびくっと強張る。


「ごめん。でも、今だけ」

「触らないで――」


 顔を上げたフレデリカと、真正面から目が合った。


「あの化け物のレベルの一の位は――4か9?」


 そのとき、サファイアブルーだった瞳が、真紅に染まった。


「……YES」


     ◇


 ――話は、数時間前に遡る。


「ノーノー。このミーが、そんな不十分なアルゴリズムでサティスファクションだと思う?」


 元・盗賊ギルドの事務方、メアリーは、人差し指を左右へ振った。


「もちろん、次のストラテジーを考えてあるわ」

「今のは?」

「そんな判定方法で満足すると思うか? 次の作戦を考えてあるぞ、と言っているな!」


 自称・天才錬金術師のアニマが、胸を張って翻訳した。


「こっちの方が文字数少なくない??」


 昨日、メアリーは敵のレベルが奇数か偶数かを見分ける方法を考えた。

 ただ、それだけでは《五刻殺》に足りない。


「偶数か奇数かわかったところで、五の倍数かはわかりません」


 レベル5デス呪術師のミサキが指摘する。メアリーはうなずき、眼鏡を押し上げた。


「イグザクトリー。だから、これからソリューションをアップデートするのよ」

「それでどーすんの? メアっち、何かちょーすごい魔法とかスキル使えんの?」

「いいえ?」

「ですよねー」

「でも、ミーが使える必要はないの。使えないなら――」


 メアリーが、机の上へ一枚の紙を置いた。


「外注すればいいのよ」


 紙には、猫耳の女の似顔絵が描かれていた。


「この街の奴隷市場に、絶対に外さない予言をする猫人がいるらしいわ」


「そんな便利な人がいるの?」

「らしい、よ。能力の詳細は不明。本人がほとんど答えないから」

「質問に答える人が、質問に答えてくれないんだ……」

「そこも含めて、まずは現地インタビューね」


     ◇


 奴隷市場は、大通りから一本外れた場所にあった。


「猫の予言者なら、こいつだよ!」


 奴隷商人が指した檻の奥で、女が眠っていた。


「……この子?」


 パルの声から、いつものギャルの軽さが消えた。

 呼ばれた女の猫耳が、ぴくりと動く。

 ゆっくり起き上がった彼女は、俺とほとんど変わらないくらい背が高かった。すらりと細く、白い手足が長い。

 真っ直ぐな黒髪は腰近くまで伸び、動くたびに内側の鮮やかな青が覗く。左右で長さの違う前髪の奥にあるのは、鮮やかなサファイアブルーの瞳。少し切れ長で、顔立ちは文句なしに整っているのに、眠そうなジト目がすべてを台無しにしていた。

 頭には黒い猫耳。腰の後ろでは、長い尻尾が気だるそうに揺れている。


 服も風変わりだった。白い布を身体へ巻き、片側に黒い布を垂らして、金色の紐や飾りで留めている。耳元では細長い金の飾りが揺れ、足元は紐のついたサンダル。

 神殿の巫女というか、古い壁画からそのまま出てきたというか。

 ただし、首には無骨な鉄の輪がついていた。

 俺が檻の前へ屈むと、ジト目がこちらへ向いた。


「……キミ、誰」


「俺はセロ。ちょっと話を――」

「別に起こせとか頼んでないんだけど」

「会話の入口から閉められた」


 奴隷商人が、檻をばんばん叩いた。


「こいつはフレデリカ。これは高いよ! 見なよ、この美貌! こんな美人の猫人は滅多にいない!」


 フレデリカは寝直そうとした。


「それどころか、猫人の予知能力もしっかり持ってるんだ! こいつは買うしかないよ!!」

「どんな能力なの?」


「それがね、本人が言わねーんだ!」


「は?」


 フレデリカが、片目だけこちらへ向ける。


「ボクは確かに聡明な巫女だよ。でも、答える筋合いはないね」


 ぷいっ。


「な? こうなんだよ」

「売る方も知らないの?」


「細けえことはいいんだよ。予言は絶対に当たる! 美人! 猫耳! これ以上、何がいる!」


「本人の同意じゃないかな」

「商品にいちいち聞いてられるか!」


 商人が苛立ったように鞭を振った。


 パァン!


 鞭の先が、檻の前の地面を叩く。

 その瞬間だけ、フレデリカの肩が跳ねた。黒い耳が伏せられる。

 けれど、顔を上げたときには、また眠そうなジト目へ戻っていた。


「うるさい。殺すよ」

「この態度さえなけりゃ、もうとっくに売れてるんだがねえ」

「いくらなの?」

「金貨千枚」

「千!?」


 俺たちの路銀を全部集めても、一桁足りない。

 メアリーが、小声で早口に計算を始める。


「現有資産に今後三か月の予測収益を加えても、流動性と移動費を考慮すれば、ファイナンスの実現可能性は――」

「つまり?」


「買えない」


「最初からそう言って!」

「なんだ、冷やかしかよ。まあいい、本番は今夜の競りだ。こういうのが好きな金持ちは多い。千枚でも安いくらいさ」


 商人が笑う。

 フレデリカは欠伸を噛み殺した。


「誰に買われても、ボクには関係ない」


 言葉とは反対に、尻尾がぶわっと膨らんだ。

 そのまま身体へ巻きつき、先だけがわずかに震えている。

 俺は何も言わなかった。


「ほら、見物は終わりだ。買えないなら帰った帰った」


 檻の前から追い払われる。


「……こんなの、ギャルマインドじゃない」


 そうつぶやいた後、市場を出るまで、パルは一度も喋らなかった。


     ◇


「奴隷主を殺しますか?」


 路地へ入った途端、ミサキが聞いた。


「もうちょっと穏便な方法があるんじゃないかな」

「チッ」

「ちゃんと確認したのは偉いけど、舌打ちはやめようね」

「セロっち。あーし、フレっち置いてくの無理」


 パルが、低い声で言った。


「うん。俺も無理だな。なんとかして助けたい」

「でも買えない。交渉余地もない。なら、残る選択肢は一つね」


 メアリーが市場の見取り図を広げた。


「盗む」


「人を盗むって言い方、やめない?」

「じゃあ救出。ゴールの名称を変更するね」

「そこは柔軟なんだ」


     ◇


 その夜。

 俺たちは、奴隷市場の裏手に集まった。


「地下収容区画。ただし、入口は建物の内部にしかないわ」


 メアリーが見取り図を指でなぞる。


「じゃ、入口作ればよくない?」


 パルが地面へ護符を置いた。


「潜入ってそういうものだっけ」

「入れれば潜入っしょ?」

「アグリー。ルートDへ変更。パルの字、地下までの傾斜は緩くして。音と崩落は最小限」

「りょー。――急急如律令!」


 地面が、音もなく沈んだ。

 土の階段が暗い地下へ続いていく。


「ルートDなんて計画書にあった?」

「今、追加したわ」


 前を歩くパルが、突き当たりで止まった。


「メアっち、こっち?」

「右。そこは壁よ」

「土じゃん」

「ええ」

「じゃ、行けんじゃん」


 壁へ札が貼られる。

 次の瞬間、人が一人通れる穴が開いた。


「侵入経路を考えた時間、全部返してほしい」

「返せるよ。帰りもここ通れば近いし」

「そういう意味じゃないわ」


 土壁の先は、市場の建物の地下だった。

 ここから先は石造りで、パルにも好きには動かせない。

 さらに、フレデリカの首輪を外すための解約印は、一階の事務室にあるらしい。


「ふっふっふっ。どうやら、この天才アニマ様の実力を見せる時が来たようだな!」


 アニマが白衣の中から、透明な液体の入ったフラスコを取り出した。


「これは?」


「透明薬だ! 少しの間、姿を消せる!」


「そんなのあるの? 早く出してよ!」

「ただ、問題もある!」

「え」


[この薬品は治験が完了していません。使用は推奨されません]


「え」

「なので! これから! 人体実験を行う!」


 全員が、俺を見た。


「なんで?」

「いえーい! セロっちガンバ!」

「自ら治験に参加するなんて、さすがは私の扶養者ですね」

「まだ何も言ってないよね?」

「失敗してもデータは残る。安心したまえ、モルモット君」

「何一つ安心できない」


「……ユーたち、いつもこんな感じなの?」


 新入りのメアリーが、初めて引いた顔をしていた。

 他に安全な手もなく、俺は透明薬を飲んだ。

 指先から腕、胴体へと、輪郭が空気に溶けていく。


「本当に消えた……」

[訂正します。衣服と装備品は視認可能です]


 その場には、俺の服だけが人の形で立っていた。


「博士」

「何だい?」

「服は?」

「生体組織ではない」

「最初に言え!!」


 俺は帽子から靴まで、身につけていたものを一つ残らずT-ONEへ預けた。リュートもだ。

 詳しく考えると心が折れそうなので、何も考えないことにする。

 透明になった俺は一階へ上がり、二人の見張りの間を抜けた。

 自分の手足まで見えないせいで、まっすぐ歩くのが妙に難しい。


 どうにか事務室の内鍵を開け、机の引き出しから金色の解約印を見つけた。手のひらに握りこむ。


 そのとき、耳の通信魔道具から、メアの声が聞こえた。


「セの字。すぐ地下へ戻って」

「服は?」

「見張りが鍵の異常に気づいた。着ている時間はないわね」

「こういうときだけ結論が速い!」


 俺はひとり、地下へ駆け下りた。みんなと合流し、T-ONEから、リュートだけを受け取る。


「セロっち、もう効果切れはじめてる! 服は!?」

「そんな暇ない!」


 地下収容区画では、いくつもの扉が並んでいた。

 突き当たりの檻に、フレデリカが座っている。


「また来たの……えっ」

「迎え来たっしょ、フレっち!」

「頼んでない」


 メアリーが檻を開け、解約印を首輪へ押し当てる。

 金色の文字が首輪を一周し、砕けるように消えた。

 鉄の輪が外れ、地面へ落ちる。


[契約反応の消失を確認。フレデリカ様は自由状態です]


「キミたちについていくなんて言ってない」

「話は外で聞く。今は逃げよう」

「指図しないで。逃げる方向が同じなだけだから」


 フレデリカはそう言って、自分の足で檻を出た。

 直後、建物中へけたたましい鐘が鳴り響いた。


     ◇


 追手が地下へ雪崩れ込んできた。


[問題ありません。ワタシのバリアは破壊できません]


 長身美女ゴーレム・T-ONEが最後尾で振り返り、両手を広げる。

 彼女の周囲に青白い壁が展開され、出入り口をふさぐ。


 追手たちの武器が、何度もバリアへ弾かれた。


「本当に無敵じゃん!」


 ドゴォン!

 追手が、バリアではなく横の壁を壊し始めた。


「ちょっと! そこも守ってよ!」

[……]


 T-ONEが振り返って何かをいうが、ドーム型バリアの向こうの声は聞こえない。


「ふむ! あれはおそらく[バリアでは横の壁までは守れません]と言っているな!」

「知ってるよ!!」


「グルルルルルル……」

「今度は何?!」


 さらに悪いことに、今度は前方から、低い唸り声が響いた。

 逃げ道の先に、牛の頭をした巨大な魔物が立っていた。

 市場の地下で飼われていた番犬代わりらしい。犬ではないけど。


「パル、別の道は?」

「ここで横掘ったら、上の建物ごと落ちる。無理!」


「ふむ。処刑の時間ですね」


 ミサキが、小さな呪術人形を取り出した。


「――《五刻殺》」


 両目が、真っ黒に染まる。

 何も起こらない。


「失敗です」

「じゃあ、今は五の倍数じゃない」


 メアリーが即座に言った。

 後ろで、壁がまた崩れる。

 ドゴォン!


「まずいな。この壁、持ってあと1分というところだぞ」

「セロっち、歌は!?」

「無理だ! 一つ上げるだけで三十秒かかる!」


 敵のレベルがわからない。

 一つ上げるたびに三十秒。闇雲に試す時間はない。


「正確なレベルなんて必要ないわ。必要な時間が1分以内かどうかだけ、わかればいい」


 メアリーが、魔物とフレデリカを交互に見た。

 そうか。一つ上げて0か5になる数字は――


「フレデリカ」


 俺は彼女へ向き直った。


「聞きたいことがある」


「やだ」


     ◇


「あの化け物のレベルの一の位は――4か9?」


 真紅の瞳が、俺を見ている。


「……YES」


「ありがとう」

「お礼を言えば許されると思わないで」


 今の末尾は4か9。

 なら、一つ上げれば必ず5か0になる。

 俺はリュートを構え、歌い始めた。

 魔物が頭を振り上げる。


「行かせないっしょ! ――急急如律令!」


 パルが地面を傾けた。

 巨体の前脚が滑り、角が俺の目の前を掠める。

 歌を止めない。指も止めない。

 十秒。

 後ろで壁が砕ける。


 二十秒。

 アニマが粘つく薬品を投げ、魔物の脚を床へ貼りつけた。


「残り十秒! 失敗してもデータにはなるぞ!」

「失敗したら俺たちが死ぬんだけど!」


 二十五秒。

 T-ONEのバリアの脇から、追手の腕が伸びる。

 ミサキが俺の前へ立ち、呪術人形を両手で構えた。

 三十秒。

 レベルが一つ上がった。


 その瞬間、魔物の右目がぴくっと動く。


「右目!」


 メアリーだけが、嬉しそうな声を上げた。


「元のレベルは偶数! 候補は4か9だったから、末尾は4だったのよ!」

「今それ、何の役に立つの!?」

「エビデンスよ!」


 ミサキの黒い目が、魔物を捉えた。


「《五刻殺》」


 魔物の喉から、濁った音が漏れた。

 巨体が血を吐き、傾いた。地面へ沈む。

 動かなくなった。


「逃げろ!」


     ◇


 俺たちは、崩れかけた土の階段から地上へ飛び出した。

 市場から十分に離れた空き家まで走り、ようやく足を止める。

 俺がようやく服を着ている間に、メアリーとT-ONEがフレデリカの首輪と契約を調べた。


「所有者の記録は消えている。追跡用の術式も停止。もう誰の所有物でもないわ」

[アグリー。フレデリカ様の自由を確認しました]


 フレデリカは、自分の首へ触れた。

 もう、そこに鉄の輪はない。


「さっきの、最悪だった」

「あー……ごめん」

「無理やり目を合わせた、しかも裸で」


 フレデリカは露骨に顔を逸らした。


「目を見て質問されると、ボクは答えを拒めない。最悪の仕様」


「俺だけ?」

「しらない。次から見ないからね」

「うん。その方がいいと思う」

「しつこくしたら目を潰すよ」

「俺の?」

「当たり前でしょ。あと下ももぐ」


 怖い。

 けれど、檻の中にいたときより、伏せていた猫耳が少しだけ上を向いていた。


「フレデリカ。行くところ、ある?」

「ない」

「じゃあ、一緒に来る?」

「やだ」

「そっか」


 俺はそれ以上、何も聞かなかった。


「……でも」


 背中へ、低い声が届く。

 振り返ると、フレデリカは俺ではなく、少し横の地面を見ていた。


「キミの近くにいる、それくらいなら、別にいいよ」


「ありがと」

「……うん」


 こうしてまた、俺の周りに女が一人増えた。


 今回の仲間は、やたら機嫌の悪い猫だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


本日最初のお話はここまでです。今回登場したフレデリカは、現在連載中の別作品のヒロインでもあります。SFというか「計算機科学」の概念、「神託機械」が人の形をとったものなんです。計算機科学、面白いので興味のある方はぜひ。


さて引き続き、この後の更新もお楽しみに! 本日も朝昼晩更新です!


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