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第8話「金髪のシーフは細かすぎて伝わらないから、有能か無能かよくわからない」

 翌日。


「ちょっと盗みに入るだけ」


 盗賊ギルドで事務方を務めるメアリーが、机の上へ分厚い紙束を置いた。

 どん、と音がした。


「まず今回のゴールとステークホルダーを共有するね。そのあと作戦を五つのフェーズへ分けて、各自のタスクとプライオリティを説明する。質問は最後にまとめて」


「最初から何もわからない」

「ゴールはわかるでしょ」

「盗むんだよね?」

「そう。今のは目的の要約。ここからが目標、対象、成功条件、失敗条件の定義」


 メアリーが一枚めくる。


「まだ一ページ目?」

「表紙だけど」

「表紙!?」


「付録を除けば八十七ページ。概要版は十二ページにまとめてあるわよ」


「簡単って言ったよね?」

「作業自体は簡単よ。説明が長いだけ」


「自分でわかってるんだ……」


 盗む物は、ある商会の倉庫に保管されている黒い帳簿だった。


 侵入経路。予備の侵入経路。集合地点。撤退条件。負傷者が出た場合。捕まった場合。魔法通信が切れた場合。

 説明は延々と続いた。


「次に、個別のリスクシナリオへ移るわね」


「まだあるの?」

「パルの字が近道を見つけて独断で経路を変えた場合。ミサの字が見張りの殺害を提案した場合。アニの字が作戦に無関係な研究対象を発見した場合」

「なんで名指しなん?」

「セロさんの項目は?」

「もちろんあるわよ。セの字が独自判断で歌を使おうとした場合」

「俺もあるんだ……」

「あとはT-ONEが幻覚を見せられた場合のリカバリープランも用意した」

[ありがとうございます、メアリー様]

「全部、昨日の一日だけで作ったの?」

「エビデンスが十分だったから」

「誰のせいで増えたんでしょうね」


 全員の視線が、なぜか全員へ向いた。

 そのとき、部屋の扉が開いた。


「まだやってんのか、メアリー」


 入ってきたのは、太い腕をした白髪交じりの男だった。

 盗賊ギルドの親方らしい。


「まだじゃないわ。今、リスクヘッジの説明中」

「そんなもん、現場で見りゃわかるだろ」

「現場で見てから考えるのは、計画じゃなくて対応よ」

「対応できりゃ同じだろうが」

「誰か一人欠けたら? 新人が入ったら? 引き継ぎは? 同じやり方を再現できる?」


「うちはな、俺が『いつものやつ』って言えば通じるんだよ」

「その『いつものやつ』を文書にしろと言ってるの」


 親方とメアリーは、机越しに睨み合った。

 親方のやり方が間違っているわけでもないらしい。

 長年組んできた盗賊たちは、短い指示だけで動ける。いちいち紙に書くより、その方が速い。

 ただ、メアリーはそれが我慢ならないようだった。

 親方が紙束を指で弾く。


「だいたい、こんな連中が計画通り動くわけねえだろ」


 そこだけは、俺も親方に賛成だった。


「計画通りに動かす必要なんてないわ」

「じゃあ、何のための計画だ?」

「計画から外れたとき、次にどうするかを決めておくためよ」


 メアリーは平然と答えた。


「アグリー?」

「何が?」


 パルが、ギャルらしいネイルをあごに当てながら、彼女を見る。


「同意って意味」

「最初からそーいいなよ! イミフすぎるんだけど!」


     ◇


 夜。

 俺たち五人は、商会の倉庫を囲む暗い路地にいた。

 片耳には、小さなイヤホン型の魔法通信機をつけている。メアリーは盗賊ギルドに残り、親機から全員の声を聞いていた。


『フェーズ一開始。ルートAで裏口へ。私語は最小限に』

「はいはい。こっちでしょ」


 先頭を歩いていたパルが、突然、横の細い路地へ入った。


『セロっち、こっち近道じゃね?』

『アグリー。ルートCへ移行します』

「え?」


『パルの字が近道を発見して独断で進入した場合を想定済み。ケースC-4』


『なんで、あーしが勝手に行く前提なん!?』

『エビデンスがあるから』

『どこに!?』


『雪崩』


 パルが黙った。

 ルートCは本当に近道だった。塀の低い場所まで進み、パルが地面をわずかに盛り上げる。

 そこを足場にして、全員で敷地内へ入った。


『正面廊下は使わないで。鏡型の幻惑装置がある』

[迂回に同意します]


『ティーの字が最短経路を選んで正面へ進む場合も想定済み。ケースT-2』


[合理的です]

『自分の弱点を避ける話だからね?』


 倉庫の裏手へ回ると、一人の見張りが立っていた。

 ミサキが呪術人形を見せながら、俺の袖を引く。


『セロさん。殺りますか?』

「殺らない」


『ケースM-2。ミサの字が殺害許可を求めた場合。セの字は却下。そのまま物陰で待機』


「そこまで書いてあるの?!」

『高頻度イベントだから』

「否定しづらいですね」


 見張りが離れるのを待ち、裏口から中へ入った。

 廊下の突き当たりで、白衣のアニマが急に足を止める。


『おお! セロ君! 興味深い魔導装置を発見したぞ!』


 扉の脇に置かれた、歯車だらけの箱へ駆け寄ろうとする。


『ケースA-1。アニの字が作戦目的と無関係な物品へ興味を示した場合』


『待ちたまえ! なぜA-1なのだ!』

『最頻出リスクだから』

[妥当です]

『T-ONEまで!?』


 アニマは不満そうに箱を諦めた。

 その先で、予定より早く二人の見張りが角を曲がってきた。


『おかしい。巡回時刻が変わってる』


 メアリーの声が低くなる。

 ここは予想していなかったらしい。


「このままじゃ見つかる。俺、歌って誘導するよ」

『アグリー。ケースS-3へ移行』

「……それも?」

『もちろん』


 俺はリュートを小さく鳴らし、見張りだけに届く声で速度上昇の歌を歌った。

 急に足が速くなった二人は角を曲がりきれず、そのまま廊下の向こうへ走り抜ける。


『今。予備経路Bへ』


 今の見張りが早く来ることまでは読めていなかった。

 でも、見つかりそうになったときの次の手は決めてあったらしい。

 俺たちは物音一つ立てず、反対側の階段へ滑り込んだ。

 目的の部屋は二階の奥だった。


『扉の鍵は、支給袋の七番』

「七番……これか」


 五本の鍵が入った小袋から、七番の札がついた一本を選ぶ。差し込むと、あっさり回った。


「鍵まで用意してたの?」

『できないって言ったっけ?』


 部屋の三段目の棚に、黒い革表紙の帳簿があった。


『対象確保』

『アグリー。全員、離脱フェーズへ移行。ルートB。ASAP!』


「了解!」

『りょー!』

「わかりました」

『任せたまえ!』

[アグリー]


 誰も、言葉の意味を聞き返さなかった。


『……いいレスポンスね』


 通信機の向こうで、メアリーの声がわずかに止まった。


 数時間前には何一つ伝わらなかった横文字が、今は次に何をすればいいのかまで含めて伝わっている。

 全員が計画通りに動いたわけではない。

 むしろ、全員が好き勝手に動いた。

 それでも、外れた先に次の手が置かれていた。

 昨日まで会ったこともなかった六人の声が、細い通信機の中で一つの作戦として動いている。


 俺たちは、メアリーの計画書の中を歩いているらしい。


     ◇


「作戦目的達成。対象物回収。人的損害ゼロ。予定より四分十八秒超過。原因は巡回変更。リカバリープランは有効。改善点は三つ。報告書は明朝までに提出する」


 盗賊ギルドへ戻ると、メアリーは親方へ一息で報告した。

 親方が報酬の革袋を机へ置く。中身を確かめたアニマが、満足そうに頷いた。


「メアリー」

「何?」

「お前、クビな」


 メアリーが止まった。


「……今、何て?」

「聞こえただろ。クビだ」

「作戦は成功した。人的損害もない。何が問題?」

「解雇理由と引き継ぎ期間、それに残っている報酬の支払条件を書面で提示して」

「そういうとこだよ」

「仕事ができねえとは言ってない」


 親方は頭を掻いた。


「うちはな、長ぇこと同じ連中でやってる。俺が言やあ、みんな動く。言わなくても動く奴もいる。それで回ってんだ」

「それが属人化だって――」

「最後まで聞け」


 メアリーが口を閉じる。

 親方は俺たちを順番に見た。


「でも、こいつらは違うだろ。昨日今日で集まった、何するかわからねえ奴ばっかりだ」

「失礼ですね」

「誰のことだし」

「全員だよ」


 親方がため息をつく。


「うちじゃ持て余す。そいつらなら使い道があるだろ」

「俺たちに押しつけようとしてない?」

「何言ってんだ。若ぇ奴の門出を応援してんだよ」


 親方の足元には、すでにメアリーの鞄が二つ並んでいた。

 背中を押しているのか、厄介払いなのか。

 たぶん、半分ずつだった。


「で、どうするの?」


 俺はメアリーを見る。


「メアリーは、どうしたい?」


 メアリーの口が開き、何も言わずに閉じた。

 小さな眼鏡を押し上げる。


「……わよ」

「え?」

「行くわよ! 一緒に!」


 顔を上げ、一気にまくしたてる。


「ミーがいないと、セの字はおろおろするだけだし! ミサの字はすぐ呪殺しようとするし! パルの字は勝手に近道する! アニの字は何でも拾おうとする! ティーの字は嘘の敵を数え続ける! ユーたちは、みんな自由すぎる!」


「だいたい合ってるのが嫌だな」

「こんなんじゃ、やっていけないわよ!」


 メアリーが俺へ指を突きつけた。


「だから、ミーを雇いなさい。そしたらウィーは――」


 一拍。


「超絶最強軍団に、なれるわよ」


 胸を張るメアリーを見ながら、俺は首を傾げた。

 やっぱり、メアリーが有能なのか無能なのか、俺にはまだよくわからない。


「何か言った?」

「なんでもない」


 五人目の仲間は、めんどくさいけど、頼れるコンサルタントだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


本日の更新は、ここまで!

無敵のゴーレムにも苦手なものはあり、全員が好き勝手に動くなら、その全員分の暴走を計画書へ入れておけばいい。寄せ集めだった一行が、少しずつ「軍団」らしい動きを始めました。なお概要版は十二ページです。


明日も3話更新します。続きも読んでいただけたら嬉しいです。ブックマーク・評価・フォロー、感想・コメントなどもぜひ!


FSE

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