第7話「レベル5デスなのに敵のレベルが見えない件についてのソリューションを、ミーが提案します」
盗賊ギルドの地下で目を覚ますと、椅子に縛りつけられていた。
両手、両足、胴体。きっちり三か所。隣には、同じように拘束されたレベル5デス呪術師のミサキ、ギャル風水師のパル、錬金術師のアニマが並んでいる。
バリアを張れるゴーレムのT-ONEだけは、なぜか縛られていなかった。
その代わりに部屋の真ん中で、ひとり正座している。
無傷だ。ただし、穏やかだった両目がぐるぐると回っていた。
[敵性対象を確認。敵性対象を確認。敵性対象を確認……]
「T、落ち着いて!」
[敵性対象が……三十二……六十四……百二十八……]
「増えてる増えてる!」
床から天井まで、T-ONEを取り囲むように鏡が並んでいる。
その外側で、小柄な女が腕を組んでいた。
金色の短い髪。少しだけ尖った耳。小さな眼鏡の奥から、こちらを冷静に眺めている。
「お、落ち着いて。俺たちは悪者じゃないんだ。話し合おう」
俺の声に、 女は眼鏡を押し上げた。
「ええ、そうね。それじゃあ――インタビューを始めましょうか」
――話は、半日前に遡る。
◇
「ダメだ、これも壊れているじゃないか! これも!」
朝。
アニマは荷車の前にしゃがみ込み、壊れた器具を次々と雪の上へ放り投げていた。
ひびの入った瓶。曲がった金属管。真っ二つになった木箱。
[雪崩に巻き込まれた衝撃で、破損したものと推定します]
「その通りだ! まったく! これがどれだけ貴重で! 錬金術の歴史に燦然と輝く! 金字塔を生み出しうるものであったか! このぼんくら大根三本は、まったく理解していないのだろうねえ!」
アニマは両手を広げ、演説しながら俺とミサキとパルの前を往復する。
「誰が大根だっつーの」
「セロさん。殺りますか?」
ミサキが懐から呪術人形を半分だけ出した。
「やめなさい」
「わかりました」
素直に人形を戻す。
倫理を学んだのではない。殺す前に俺へ確認する運用へ変わっただけだった。
壊れた分を報酬から差し引いても、まだ足りないらしい。
俺たちは山を下りた先の街で、高額依頼を探すことになった。
◇
「盗まれた家宝の奪還?」
「はい。大切な品なのです」
冒険者宿の隅で、依頼人の男は何度も頭を下げた。
「盗賊に奪われ、この街の盗賊ギルドへ持ち込まれたと聞きました。どうか、取り戻してください」
提示された報酬は、壊れた荷物を補っても余る額だった。
「アタシは賛成だ!」
「あーしも!」
「盗賊であれば、殺しても問題ありませんね」
「奪還だけだからね?」
依頼書もある。依頼人も困っている。
だから俺たちは、自分たちが正義の側だと思っていた。
盗賊ギルドの建物へ、勝手に忍び込むまでは。
◇
侵入は、最初だけは順調だった。
裏口の鍵を開け、誰もいない廊下へ入る。
壁から針が飛んできても、T-ONEのバリアが弾いた。
天井から鉄塊が落ちても、やはり傷一つつかない。
「ティーっちいたら、罠とか意味なくね?」
「ふふん。当然だ!」
パルとアニマが調子に乗った直後だった。
床が四つに割れた。
「え?」
俺の足へ縄が絡みつき、逆さに吊り上げられる。
パルの足元には粘着剤が広がり、厚底靴が床へ貼りついた。
ミサキは壁から噴き出した眠り粉を吸い込み、その場で膝をつく。
アニマには天井から網が落ちた。
「T-ONE、助け――」
廊下の両側から鏡板がせり出した。
鏡の中で、何十人ものT-ONEが一斉に動く。
[敵性対象を複数確認]
「それ、全部自分だから!」
鏡像の奥に別の影が映る。近づく人影。武器を持つ手。俺たちへ伸びる腕。
どれが本物なのか、俺には見分けがつかない。
T-ONEの目が激しく左右へ動いた。
[敵性対象、八。十六。三十二――]
バリアを張ることも、殴りかかることもしない。
偽物を偽物と疑わず、増え続ける敵を正確に数え続ける。
やがてT-ONEは廊下の真ん中へ正座し、処理だけを繰り返し始めた。
身体もバリアも無敵なのに、見えているものが嘘だと動けなくなるらしい。
こうして俺たちは、誰一人まともに戦えないまま捕まった。
◇
「さて。インタビューを始めましょうか」
時間が冒頭へ戻る。
金髪の女は俺たちの前へ椅子を置き、脚を組んだ。
「答えたくないよ」
「勘違いさせていたらごめんなさいね。インタビューと書いて『じんもん』と読むの。もちろん次は『ごうもん』と読むことになるけど」
「なんでも話します」
女は、メアリーと名乗った。
盗賊ギルドの後方で、罠と情報管理を担当しているらしい。
「で、盗賊ギルドの隠し財宝を狙った理由は?」
「隠し財宝なんて知らないよ。俺たちは依頼を受けて、盗まれた家宝を取り返しに来ただけで」
「何? 盗賊ギルドの隠し財宝を狙いに来たんじゃなかったの?」
「そんなものがあるんですか。狙えばよかった」
「ミサキ、話をややこしくしないで」
メアリーが腰から細身のナイフを抜いた。
「あなた、右手と左手、どっちが利き手?」
「なんの話ですか」
「利き手の方を残してあげるわよ」
「セロさん、この人まだ敵です」
「見ればわかる!」
能力も目的も、全部説明した。
俺の歌が敵にしか効かないこと。
敵のレベルを上げられること。強化の歌は必中だが、肝心の敵のレベルは見えないこと。
対象のレベルが五の倍数なら、ミサキの《五刻殺》が成立すること。
「なるほどね」
メアリーがナイフを鞘へ戻した。
「じゃあ、ミーで試してみましょうか」
「何を?」
「レベルを上げる歌。あなたたちが侵入者で、ミーが敵として認識されている今なら使えるんでしょ?」
メアリーは自分を実験台にすると言った。これが本当なら、画期的なソリューションが提案できるようになる、と。
ただし、俺たちは拘束したまま。
俺の両手だけ、リュートを弾ける範囲まで縄を緩める。足と胴体は椅子へ固定。部屋の扉は外から施錠され、鍵は見張りが持っている。
「寝かせて逃げるかもしれないよ?」
「どうやって?」
メアリーが扉を指した。
「鍵ならミーは持ってないわよ。ミーが寝ても、あなたたちはそこで朝を迎えるだけ」
危険を恐れていないんじゃない。
危険が起きても困らない手順を、先に作っている。
「始めて、セの字」
「もう呼び方まで決まってるの?」
俺はリュートを鳴らし、歌い始めた。
メアリーは小さな鏡を顔の前へ構える。
「ちなみに、ミーの今のレベルは奇数。それくらいは把握してるわよ」
三十秒。
レベルが一つ上がった瞬間、メアリーの左目がわずかに見開かれた。
「止めて。今、左目が動いた」
「全然わからなかった」
「外からなら見落とす程度ね。もう一回歌って」
さらに三十秒。
今度は右目が、ほんの少しだけ大きくなる。
「再現した」
メアリーが鏡を置き、手帳へ書き込む。
「奇数から偶数になったときは左目。偶数から奇数になったときは右目。対象を一つ上げれば、その直後のレベルが奇数か偶数かは判定できる」
「それで?」
「今のミーは奇数だね」
「それだけ?」
「それだけ」
「ソリューションって言ったよね?!」
「何もわからない状態から、二択まで絞れたんだよ。大進歩じゃない?」
「五の倍数まで、まだ全然絞れてないよ!」
「手順を足せばいい。そのためには、使える情報を一つずつ拾わないと」
言っていることだけは、たぶん正しい。
メアリーはこれで十分な成果だと言わんばかりに、満足そうに手帳を静かに閉じた。
◇
メアリーは俺たちが持っていた依頼書を読み、外の見張りにも依頼人について確認させた。
「確かに、財宝狙いではなさそうね。家宝については、依頼人にも聞く必要があるけど」
さっきまでの鋭い目から、敵意が消える。
「じゃ、もう一回お願い」
俺は三十秒、歌った。
メアリーは鏡の中の自分を見つめる。
右目も左目も、動かなかった。
「……効かないね」
「あ」
「あ」
拘束は解かれていない。
それでも、メアリーがもう俺たちを敵だと思っていないことだけは、俺の歌が証明していた。
メアリーが鏡へ布をかける。
[敵性対象……消失。知覚情報を再構成します]
T-ONEの目の回転が止まった。
「ねえ。盗賊ギルドに所属して、殺し屋にならない?」
「いいですね、やりましょう」
「即答しないで」
「だって、呪殺し放題ですよ」
「食べ放題みたいに言わないの」
「あーしはパス! そんなのギャルマインドに反するし!」
「ふーむ。研究室は確保してくれるのかね?」
[ワタシはマスター・セロとアニマがいれば、どこでも幸せです]
「なぜ! セロ君が先に挙がるのだ!」
[あいうえお順です]
「しれっとハルシネーションを起こすな!」
勧誘は、ひとまず流れた。
「じゃあ、もう帰っていい?」
「だめ」
「なんで?!」
「侵入した事実も、内部を見た事実も消えてない。依頼人との事情が片づくまで、そのまま帰すわけにはいかないわ」
メアリーが指を一本立てた。
「ひとつ、ミーと一緒に仕事をしてもらう」
「仕事?」
「成功したら、今回の侵入は不問。報酬も出す」
アニマの壊れた荷物が頭に浮かんだ。
断りづらい。
「で、何をするんです?」
ミサキが尋ねる。
メアリーは小さな眼鏡を押し上げた。
「簡単よ」
一拍。
「ちょっと盗みに入るだけ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話はここまでです。またまた新登場のキャラ、メアリー。彼女は本当に使い勝手が良くて、作者の相棒みたいなキャラです。細かいですけど。
では引き続き、この後の更新もお楽しみに!
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