第5話「この世界でバリアを貼れるゴーレムがいたらだいぶヌルゲーだと思うんですけど」
雪山を越える途中の、真っ白な雪原から、男たちの頭が生えていた。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
全員、首から下が雪の中だ。青ざめた顔で震える者。泣いている者。助けてくれと叫んでいる者。
少し離れたところには、剣や斧が散らばっている。
その前に立つのは、俺、レベル5デス呪術師のミサキ、ギャル風水師のパル、白衣のアニマ。そして長い黒髪の美少女型ゴーレム、T-ONE。
ミサキが小さな呪術人形を取り出した。
「処刑の時間です」
ひどく平坦な声だった。
怒っているわけでも、楽しんでいるわけでもない。
これから皿でも洗うような口調で、ミサキは雪から生えた男たちを見下ろした。
――話は、少し前に遡る。
◇
「つまり、実験というのは荷物運び?」
「山越えにおける人員とゴーレムの輸送効率調査だ。立派な実験だろう?」
ついさっき、人間ではない女を連れた白衣の女に声をかけられた俺たちは、街の倉庫前へ案内された。
小柄な女はアニマ。錬金術師らしい。
隣の長身の女はT-ONE。アニマが造ったゴーレムらしい。
倉庫の扉が開く。
木箱。樽。鉄の筒。色の怪しい液体が入った瓶。用途のわからない器具。
奥まで全部、荷物だった。
「……どれくらいあるの?」
「馬車三台分ほどだ」
「多いな!」
「研究者の旅支度としては最低限だよ」
[アニマの基準では、です]
「T-ONE!?」
アニマが裏切られた顔で振り返る。T-ONEは太い眉をわずかに下げただけだった。
「アタシたちも王都へ行きたいんだが、予想外の大雪で足止めを食らってしまってね。運ぶのを手伝ってくれないか? 報酬は弾むよ」
「弾むって、どんくらい?」
パルが即座に食いついた。
「パル?」
「いや、大事っしょ!」
「私は養われる側なので、セロさんに任せます」
「働く気が一番ない人が言った!」
結局、俺たちは荷物運びを引き受けた。
目的地は同じ。報酬も悪くない。何より、雪山を越えるのにゴーレムが一緒なら心強い。
そのときの俺は、そう思っていた。
◇
翌朝、五人で街を出た。
街道は山へ入ってすぐ、膝まで積もった雪に埋もれていた。
荷車の車輪が何度も止まる。三台目が完全に動かなくなると、パルが前へ出た。
「こんなん、雪どかせばいーじゃん」
羅盤の針を指で弾き、街道の左右へ護符を投げる。
「道、空けて。――急急如律令!」
積もった雪が左右へ盛り上がった。
真ん中に残った雪は硬く押し固められ、荷車が通れる一本の道になる。
「便利だな、それ」
「っしょ? だから風水師なめんなって!」
「雪まで動かせるのか。興味深い。もう一度、今度は計測器を置いてからやってくれ」
「追加料金ね」
「取るんだ」
[パルファ様の判断は合理的です]
「ティーっち、わかってんじゃん!」
T-ONEは褒められたと判断したらしい。穏やかに一度だけ頷いた。
パルが作った道を、荷車が進む。
山道が狭くなったあたりで、前後の雪陰から男たちが現れた。
六人。全員が剣や斧を持ち、一人は杖をこちらへ向けている。
「荷物を置いてけ。女は生け捕りだ!」
「どうして自分たちだけでなく、他人の倫理観まで終わっているのでしょう」
「ミサキが言う?」
答えの代わりに矢が飛んできた。
俺がリュートへ手を伸ばすより早く、アニマが叫ぶ。
「T-ONE! バリア!」
[わかりました。ドームモードを展開します]
T-ONEが両腕を広げた。
淡い光の壁が地面からせり上がり、半球状になって俺たち五人を包む。
矢が光の壁へ当たった。
落ちた。
斧が叩きつけられた。
弾かれた。
炎の塊が直撃した。
光に触れたところで形を失い、外側へ流れ落ちた。
「傷一つない……」
「当然だ! T-ONEの完全遮断バリアだぞ!」
アニマが薄い胸を張る。その隣で、T-ONEの厚い胸部装甲はびくともしない。
この世界でバリアを張れるゴーレムがいたら、だいぶヌルゲーだと思った。
「これは、安全に呪殺できるのでは?」
ミサキが呟いた。
「うわ、それ倫理的に大丈夫なの?」
止めるより早く、人形が山賊の一人へ向く。
ミサキの目が、眼球全体を塗り潰すように黒く染まった。
「《五刻殺》」
バリアには何も起きなかった。
ひびも、穴も、光の揺らぎさえない。
その向こうで、山賊の一人が血を吐いた。
目を剥き、糸が切れたように雪の上へ崩れ落ちる。
「ひとりめ」
ミサキが俺を見た。髪の毛の間の、灰色の瞳が、暗い熱を帯びていた。
「早く歌を」
「待て! 今のは何だ!?」
アニマがバリアへ駆け寄る。
[バリア損傷、ありません]
「じゃあ、なんで死んだ!?」
「呪術ですが」
「その説明で納得する研究者がいるか!」
外では、残る山賊たちが仲間の死体を見て騒いでいる。それでも逃げず、バリアを斧で殴り始めた。
まだ戦意はある。殺す気で襲ってきている。
俺はリュートを構え、レベルを上げる歌を歌い始めた。
三十秒。
何も変わらない。
六十秒。
山賊たちは同じ勢いでバリアを殴っている。
九十秒。
杖を持った男が、顔を真っ赤にして何か叫んでいた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「向こう、何か叫んでるよね」
「叫んでるね」
「声、聞こえなくない?」
斧が何度も振り下ろされているのに、音が一つもしない。
「もしかして、音も通さない?」
「当然だ! T-ONEのバリアは無敵だからな!」
「いや困るんだけど! 俺の歌も通らないじゃん!」
「当たり前だろう。音だけ都合よく通したら完全遮断ではない!」
俺の歌は、敵に聞こえなければ意味がない。
安全すぎて攻撃できなかった。
「じゃあ、一度バリアを解除しよう」
[推奨しません。解除直後、攻撃を受ける確率が高いです]
「私も反対です。危険では?」
「歌えって言ったの、ミサキだよね?」
「大丈夫だ、問題ない」
俺たちの言い争いを聞いていたアニマが、にいっと笑った。ギザギザの歯がむき出しになる。
「T-ONE、ドームモードからスフィアモードへ移行!」
[わかりました]
半球状の光が、俺たちの足元まで回り込んだ。
完全な球体になる。
いかにも何かが始まりそうな、格好いい姿だった。
次の瞬間。
ごろん。
球体が斜面を転がり始めた。
「ちょっ、待っ、移動ってそういう意味!?」
「うわああああああ!?」
上下がひっくり返る。
パルの足が俺の肩へ当たり、ミサキの外套が顔へかぶさり、アニマが俺の腹を踏んで通過した。
「はははは! 最高だな!」
「笑ってないで止めて!」
「酔います」
「先に言って!?」
T-ONEだけが壁へ足をつけ、回転に合わせて平然と歩いている。
山賊たちが追いかけてくる。
俺たちは巨大な透明のハムスターボールになって、雪山の斜面を転がり落ちた。
◇
ようやく球体が止まった。
[安全距離を確保しました]
バリアが消える。
俺たち四人は雪の上へ転がり出た。T-ONEだけが何事もなかったように立っている。
「……むり……吐く……」
特にパルがひどかった。
「パル、大丈夫?」
「大丈夫じゃ……ない……」
それでも追ってくる山賊を見ると、ふらつきながら立ち上がった。
「……あーしを……こんだけ回しやがって……」
「あれは山賊のせいかな?」
「うるさい。まとめて返す」
パルが羅盤を取り出す。
震える手で針を弾き、山賊たちより上にある斜面へ護符を飛ばした。
「そこの雪、全部落ちろ。――急急如律令!」
山が鳴った。
朝、街道の左右へ寄せた雪と同じように、斜面を覆う雪が動く。
ただし、量が違った。
白い斜面が割れ、雪の塊が崩れ落ちる。小さな流れは周囲の雪を巻き込み、見る間に山賊たちの背後を埋め尽くした。
「雪崩だ!」
「こっちにも来るよ!」
「T-ONE! ドームモード!」
[わかりました]
雪崩が加速したのを確認すると、T-ONEが再び両腕を広げた。
半球状のバリアが、今度は俺たち五人だけを包む。
追いついた山賊が、外側から剣を叩きつけた。
何度も。何度も。
最初は俺たちを殺すために振り下ろしていた。
だが、一人が背後を振り返る。
迫る雪の壁を見た。
男の顔から血の気が引く。
剣を投げ捨て、今度は両手でバリアを叩き始めた。
他の男たちも雪崩に気づく。斧も杖も捨て、光の壁へすがりついた。
口を大きく開けている。
中へ入れてくれ。
たぶん、そう叫んでいる。
「何? 聞こえない」
パルが本気で首を傾げた。
次の瞬間、雪崩が男たちをのみ込んだ。
白い濁流がバリアへ激突する。
俺たちの頭上を通り、左右へ割れ、何も壊せないまま流れていく。
音すら聞こえなかった。
◇
バリアが消えた。
真っ白な雪原から、男たちの頭が五つ生えていた。
そしてミサキが、呪術人形を手に前へ出る。
「処刑の時間です」
ミサキは一番近くの男へ人形を向けた。
「では……ふたりめ」
目が黒く染まる。
「《五刻殺》」
何も起きなかった。
「……チッ」
男が助かったことに、ミサキは平然と舌打ちした。
「早く歌を」
「ちょっと待って!」
「なぜですか? 今は処刑の時間なのですが?」
「殺すことなくない? ほら、もう全員、戦意喪失してるから!」
雪から出た五つの顔が、必死に縦へ動いた。
「……今更、怖気づいたのですか?」
「そういう話じゃない」
「毒を喰らわば鏖、と言うじゃないですか。復讐の連鎖は虚しいものです。ここで因果の鎖を断ち切りましょう」
「どうして加害者側が復讐の連鎖を心配してるの?」
「ふむ。生け取りか。実に合理的だな」
アニマが眼鏡を押し上げた。
「もし生け取りにするなら、アタシが人体実験の材料にしても構わんよな?」
[同意します、アニマ]
「同意しないで」
「ったく、もう許してあげなよ」
パルが男たちの前へしゃがんだ。
「アンタら、これでわかったっしょ? もう悪さしないで地道に生きなよ。ギャルマインドだぞ!」
山賊たちが激しく頷く。
パルは護符を雪へ貼り、羅盤を回した。
「はい、救助。――急急如律令!」
男たちの身体を固めていた雪が、左右へ分かれる。
山賊たちは這い出すと、倒れた仲間を抱え、武器も拾わず逃げていった。
「甘いですね、パルファさん」
「ミサキ君の言うとおりだ。ああいう輩は貴重な検体として有効活用すべきだよ」
[同意します。錬金術の発展には犠牲が必要です。最大多数の最大幸福を目指すことが合理的です]
「生かすのか殺すのかはっきりして。というか、錬金術?」
「そういえば、きちんと説明していなかったな」
アニマは白衣を翻し、T-ONEの前へ立った。
「見てのとおり、アタシは錬金術師だ。そして、こいつがアタシの最高傑作!」
両腕を大きく広げる。
「アルケミック・インテリジェンス、略してAI搭載の、超絶最強究極無敵錬金ゴーレムT型試作一号機――『T-ONE』だよ! どうだ、素晴らしいだろう!」
「おおー」
「パル、意味わかって言ってる?」
「全然」
[補足します。現在の型式は試作機です。超絶最強究極無敵については、アニマの主観的評価です]
「T-ONE、今はそこまで正確じゃなくていい!」
最高傑作との関係は、少しだけ複雑らしい。
◇
散らばった荷物を回収し、俺たちはまた五人で山道を進み始めた。
アニマたちも王都へ行く。俺たちも王都へ行く。
荷物を運ぶ代わりに報酬を受け取る。
それだけの同行だったはずなのだが、人数だけ見れば、三人旅はもう五人旅になっていた。
「ところで君ぃ。ミサキ君といったね」
「はい。そうですが何か?」
「さっきの、実に興味深い。興味深かった」
「さっきの? ああ、《五刻殺》のことですか?」
「それ! それだよ!」
アニマがミサキへ詰め寄る。
「T-ONEのバリアは完全無傷だった。音も、物も、魔法も通していない。それなのに君は、平然と外側の相手を仕留めた」
「凄いでしょう」
「素晴らしい! 本当に素晴らしいよ。ついては、ぜひその機序を研究させてほしい」
「研究ですか。私に協力できることであれば。もちろん報酬はいただきますよ」
「もちろんだ! では早速――」
アニマがギザギザの歯を見せた。
「解剖させてくれないか?」
初日分はここまでです!
初回5話、読んでいただいて本当にありがとうございます!
追放された吟遊詩人が、拾った呪術師と四天王を即死させ、気づけばギャル風水師と天才錬金術師と無敵のゴーレムまで増えました。一見どう使うのかわからない能力も、掛け合わせるとだいぶ様子がおかしくなる話です。
明日からは一日3話ずつ更新します。
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それではまた、続きでお会いしましょう!
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