第4話「ギャンブラー呪術師とギャル風水師に仲良くなってもらうための歌を、俺はまだ知らない」
「で、結局どっちを扶養家族認定することにしたんですか」
「そーだよ! あーしの大勝利っしょ? いえーい☆」
「独立独歩でお願いしたいんですけど」
オーガ討伐を終えた俺たちは、街の食堂で遅い昼飯を食べていた。
俺の向かいでは、レベル5デス呪術師のミサキと、ギャル風水師のパルがまだ勝負を続けているらしい。
ミサキは魚の骨をきれいに外し、パルは骨ごと噛み砕きそうな勢いで肉へかぶりつく。
「だいたい、どちらが有用か決める勝負だったはずです。何を根拠に勝利を主張するのですか?」
「オーガを穴に落としたの、あーしだし。川も曲げたし。八割あーしの手柄っしょ」
「そちらは一匹も殺害していませんが?」
「またそこからやるの?」
二人が同時にこっちを見る。
「セロさん、判定を」
「セロっち、当然あーしだよね?」
「だから俺、審査員を辞任したいんだけど」
「却下です」
「却下だし」
仲良くないはずなのに、俺を追い詰めるときだけ完璧に揃う。
仕方なく料理へ視線を落としたところで、給仕が伝票を置いた。
「じゃ、扶養者のお支払いで」
「誰が扶養者だよ」
そう言いながら財布を出すと、パルが身を乗り出した。
「セロっち、だいぶ金持ちじゃん」
「覗くなよ。まあね。あいつはそういうとこ律儀だから」
「あいつ?」
「ええと……前の仲間」
「勇者ですよね」
「なあー! もうちょいデリカシーってものをね?」
ミサキは悪びれもせず、水を一口飲んだ。
「夫婦間の隠し事は不要です」
「え! セロっちとミサキっちって結婚してんの?!」
「してない」
「してます」
「どっち?!」
「俺の方を信じて!」
「そもそも婚姻には、お互いに夫婦となる実質的な合意が必要なの! これを『両性の合意』って言うんだよ!」
「してませんでしたっけ?」
「いつだよ!」
「出会った日の夜です。セロさんはあんなに激しく……私を求めて……」
パルが両手で口元を覆った。派手な爪の隙間から、面白がっている目だけが見える。
「うっそ、マジ?」
「捏造がひどい」
「私の身体を何度も揺さぶって、君を一人にできないと」
「もう朝だからって起こしたときの話だよね?!」
「解釈は人それぞれです」
「真実はいつも一つだよ!」
朝からオーガを倒したときより疲れてきた。
俺は会計分の硬貨を数え、机の端へ置く。
「ともかく! 確かに俺は勇者パーティにいたよ」
「えっ、ガチのやつ? あの勇者パーティ? 現在、絶賛魔王討伐中の?」
「うん。多分それ」
「セロっち、すげーじゃん!!」
「いや、俺は全然すごくない」
手の中に残った財布が、急に重くなった気がした。
「俺は――単なるお荷物だったんだ」
◇
『新しい支援術師が見つかったんだ』
魔王城を遠くに望む、最後の街だった。
あいつは――勇者は宿の裏庭に俺を呼び出すと、ひどく言いにくそうに切り出した。
『彼女の術なら、僕たち全員を強くできる。防御も回復もできるそうだ』
『そっか』
俺はそれしか言えなかった。
俺の歌は敵にしか効かない。
敵の動きを鈍らせる歌は、強敵には抵抗される。敵を強くする歌なら必ず効くが、そんなものを魔王討伐でどう使うのか、あの頃の俺にはわからなかった。
味方全員を確実に強くできる術師と、俺。
比べるまでもない。
『ここから先は、今までとは比べものにならないくらい危険だ』
勇者はまっすぐ俺を見た。
『セロ。悪いけど、お前はもう、これ以上一緒には連れていけないよ』
責めるような声ではなかった。
昔からそうだ。こいつは大事なことほど、相手の顔を見て言う。
『ごめん。ここまで無理に付き合わせてしまった』
『無理なんかしてないよ。俺が勝手についてきたんだ』
『それでもだ。君の歌で勇気をもらえた。何度も助けられたよ』
慰めで言っているわけではない。
それもわかってしまうから、困った。
『でも、勇気だけじゃ魔王は倒せない』
『……そうだね』
俺の言葉を、勇者は否定しなかった。
ここで否定しないのも、こいつのいいところだった。
『これからは自由に生きていってほしい。歌いたい歌を歌って、行きたい場所へ行ってくれ』
それから、ずっしり重い革袋を差し出した。
『僕からの気持ちだ。少ないけど受け取ってほしい』
少ないわけがなかった。
今までの報酬をきちんと分けても、こんな額にはならない。たぶん、あいつ自身の取り分まで入れていた。
『ありがとう』
受け取った。
いらないとは言えなかった。
俺が残れば、あいつは俺を守りながら戦うことになる。追放するのが正しい。金を渡すのも、昔からの友達を放り出したくないからだ。
全部わかる。
あいつは正しいし、優しい。
だから、恨む理由なんてどこにもなかった。
ただ。
俺は最後まで、守ってもらう側にしか、なれなかった。それが悲しかったし、寂しかった。
◇
「あの、一ついいですか」
「何? ミサキ」
「勇者、普通にいい人ですよね」
「そうだけど?!」
「話し始めたとき、もっとこう……金だけ渡して蹴り出されたのかと」
「俺の幼馴染を何だと思ってたの?」
「……チッ。悪徳勇者だったら呪殺対象だったのに」
「やめて? あいつ大切な幼馴染だから!」
「ウケる。旦那の親友殺したらアウトっしょ」
「誰が旦那よ!」
「セロさんです」
「だからー!!」
しんみりしていた空気が、一瞬で消えた。
消してくれた、と言うべきなのかもしれない。
「てかさ」
パルが頬杖をつき、俺とミサキを交互に見る。
「で、実際のトコどーなの? ミサキっちとは」
「マジで何もないからね? こいつが勝手に言ってるだけ。やべーんだよ、こいつ」
「本人の前でひどくないですか」
「じゃあ訂正して」
「事実婚です」
「悪化した!」
「ふーん」
パルが肉を噛むのをやめた。
一瞬だけ何かを考え、それから唇の端を上げる。
「そうなんだ」
「何、その笑い方」
「べっつにー?」
妙に機嫌がよくなった気がしたが、追及すると面倒そうなのでやめた。
「で、次はどこ行くん? あーしもついてってあげる」
「迷惑なのですが?」
「あぁん? ミサキっちだって押しかけ女房みたいなもんなんでしょ! 拒否権ないし!」
「俺には拒否権あるんじゃないかな」
「? ありませんが?」
「? ないよ?」
あ、はい。そうなんだ。
「次は北に行くよ。王都に向かおうと思う。別の幼馴染が住んでるんだ」
「へえ」
「ほーん」
「反応薄っ」
「男ですか、女ですか」
「そこは気にするんだ」
王都までは、雪山を越える北路がいちばん近い。
今の季節なら街道は通れるはずだが、それでも寒さへの備えは必要になる。
「雪山越えかあ。あーし寒いの苦手なんだよね」
「ヘソ出しですもんね。はしたない」
「ギャルの根性なめんなし!」
「根性で体温は保てませんよ」
「風水でなんとかするし!」
「あなたなんて風水師でもなんでもないですよ。地面師です」
「あ゛?」
また始まった。
二人が向かいから同時に立ち上がり、机越しに睨み合う。
俺は慌てて皿と水差しを避難させた。
敵を速くする歌なら知っている。
敵のレベルを上げる歌も知っている。
けれど、ギャンブラー呪術師とギャル風水師に仲良くなってもらうための歌を、俺はまだ知らない。
その日のうちに、パルは当然のように俺たちと同じ宿を取った。
翌朝も当然のように隣を歩き、分かれ道では当然のように羅盤を取り出した。
「こっち。半日くらい縮まるし」
「本当ですか? 野宿させて所持金を狙っているのでは?」
「んなわけあるか! ギャンブルで路銀すった人と一緒にすんな!」
「あれは勝負に負けただけです。詐欺ではありません」
「威張るところじゃないよね?」
近道は本物だった。
足場の悪い場所はパルが地面をならし、野営ではミサキが音もなく焚き火を見つめ、俺が二人分多く食料を煮た。
夜になると、歌えと言われた。
俺の歌は二人には何の効果もない。それでもパルは手拍子をし、ミサキは黙って最後まで聞いていた。
もしかすると、旅の仲間というのは……こうやって、勝手に増えていくものなのかもしれない。
◇
三日後。
俺たちは雪山の麓の街へ着いた。
山越えの装備を揃え、宿を探す。それだけの予定だった。
「離せ! これは爆発物じゃない! まだ爆発すると決まったわけじゃないだろ!」
予定は、街へ入ってすぐ狂った。
白い煙を吐く木箱を抱えた小柄な女が、通りの真ん中で衛兵ともめている。
深い紫の髪を二つに結び、分厚い眼鏡をかけ、身体に合わないだぼだぼの白衣を着ていた。
その後ろには、女がもう一人。
長い黒髪。垂れ気味の目に、妙に太い眉。背は高く、白と黒の服を豊かな胸が大きく押し上げている。大きな袖を揃え、騒ぎの中でも微動だにしない。
人間に見える。
けれど、瞬きさえ決められた間隔で繰り返しているようで、どこかおかしい。
「あー、もう! わかった! 代わりの助手がいればいいんだろ!」
白衣の女が振り返った。
眼鏡の奥の目が、俺たちを見つける。
にいっと笑うと、口元にギザギザの歯が並んだ。
「ちょうどいい! そこのキミたち! ちょっと実験に付き合ってくれ!」
「嫌です」
「おもしろそーじゃん!」
「まず何の実験か聞こうよ!」
三人の声が、きれいに分かれた。
俺は白衣の女から一歩離れ、その後ろに立つ黒髪の女を見た。
「……そっちの人は?」
「人? ふっふっふ。そうか、そう見えるか!」
白衣の女が笑う。
一拍。
黒髪の女が、ゆっくり目を開いた。
[訂正します。ワタシは――人間では、ありません]
――俺はついに、人外までをも引き当ててしまったらしい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
すみません、次回また仲間が増えます。しかも二人。
一筋縄ではいかない旅、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!
今回のお話はここまでです。
初日は一挙5話掲載! 次が初日最後のエピソードとなります。
引き続きお楽しみくださると嬉しいです。
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