第3話「レベル31の雑魚敵は、穴に落としてから倒すことにする」
穴の底で、オーガの族長がもがき苦しんでいた。
「ヤバ」
その様子を覗き込みながら、隣の女が口元を手で覆う。
爪が不自然なほど長い。赤、青、金。色とりどりの絵まで描かれている。
爪の色は生まれつきではないらしい。ネイル、という独特の文化だそうだ。
こいつの名前は、パルファ。
「これ大丈夫!?」
そして二分後。
オーガも、死んだ。
――この子との出会いは、二日前だった。
◇
「なんであーしを雇うパーティがいないの! おかしくね??」
四天王を倒した日の午後。
吟遊詩人の俺、セロと、レベル5デス呪術師のミサキ。二人で立ち寄った酒場兼冒険者ギルドで、赤い髪の女が受付台を叩いていた。
高い位置で結んだ髪が、動くたびに揺れる。日に焼けた肌に、へその見える東洋風の服。派手な爪とたくさんの飾り。声まで含めて、どこを見ても目立つ。
「ですから、パルファさん。募集条件には火力職か回復職と」
「地面動かせるし! 風も起こせるし、水路だってちょっとなら曲げられるんだけど!」
「火球は撃てるのか?」
近くの冒険者が茶々を入れた。
「撃てないけど?」
「回復は?」
「できないし」
「防御魔法は?」
「それも無理」
「じゃあ、地面をいじって何になるんだよ」
酒場に笑いが起きた。
「使い方わかんないそっちがおかしいんだし!」
パルファは長い爪を受付台へ突き立てる。その一本一本に細かな模様が描かれているのを見ていると、横からミサキが覗き込んだ。
「地面かあ」
嫌な予感がした。
「ちょっと……いや、だいぶ地味ですよね。見た目とは違って」
「ああん? テメー今なんて言ったし!」
「いや……派手な髪の毛だなって」
「おおん?? なんか文句あんの?!」
「ないない! ないから! 落ち着いて!」
二人の間へ割って入る。
赤髪の女は俺を上から下まで眺め、背負ったリュートで目を止めた。
「てか誰? その地味女の彼氏?」
「そうですよ。それより、私は呪殺できますが? 貴女と違って」
「え、キモ」
「は?」
「なんで火に油を注ぐの!? あと彼氏じゃない!」
ミサキの声は低いままだったが、呪術人形へ伸びかけた手は俺が止めた。
「俺はセロ。こっちはミサキ。君のことはパル、でいいんだね?」
「そ。風水師のパルファ。セロっちとミサキっちね」
「パルファさん」
ミサキがわざと言い直したかのように、呼ぶ。
「じゃあ、どちらが有用か決めてもらいましょう」
「望むところだし!」
「え、なんか勝負する方向なの?」
「ちなみに審査員は彼です。彼は私の扶養者です」
「違うよ」
「え、二人そういう関係?」
パルファが、目をまん丸くさせて、口に手を当てた。色とりどりの爪が、にぶく光った。
「違うって言ったよね?」
俺の否定を聞く者はいなかった。
こうして三人で、近隣のゴブリンを追い払うという軽い討伐依頼を受けることになった。
◇
依頼を受けて二日後。森を抜けた先の川辺で、最初に出会ったゴブリンは五匹だった。
ミサキが一匹へ呪術人形を向ける。
「《五刻殺》」
一匹が血を吐いて倒れた。
「はい、私の勝ちです」
「まだ四匹いるっしょ!」
パルファが丸い羅盤を一瞥し、地面へ二枚の護符を貼る。
「そっち流れ悪いから、まとめてこっち! ――急急如律令!」
平らだった地面が傾いた。
三匹のゴブリンが足を滑らせ、転がりながら川へ落ちる。残る一匹には俺が速度上昇の歌を浴びせた。急に速くなった足が斜面で止まらず、先の三匹へ頭から突っ込む。
「よっしゃ! これであーしの勝ちでしょ!」
「いいえ。セロさんの歌です」
「違うし! ミサキっちなんて一匹即死させただけじゃん!」
「そちらはそもそも、一匹も殺害していませんが?」
「セロっち、今のどっちの点?」
「半分ずつでよくない?」
「よくないです」
「よくないし」
仲が悪いところだけは、息ぴったりだった。
低い唸り声が響いたのは、そのときだ。
川向こうの木々を押し分け、ゴブリンの倍以上ある巨体が現れる。太い棍棒を引きずり、獣骨の首飾りを揺らすオーガだった。
川へ落ちたゴブリンたちが、口々に族長と叫ぶ。
「軽い依頼じゃなかったの?」
「聞いてないし、あんなの!」
ミサキが人形を向ける。両目が真っ黒に染まった。
「《五刻殺》」
何も起きない。
「外れました」
「じゃあ逃げよう!」
オーガが地面を蹴った。俺はリュートを鳴らし、速度を落とす歌をぶつける。
だが、巨体はわずかに揺れただけだった。止まらない。振り下ろされた棍棒を三人で左右へ避けると、さっきまで立っていた地面が大きくえぐれた。
「セロっち! こいつ正面から無理!」
「見ればわかる!」
「一つ、使える呪術があります」
ミサキが何事もなかったように立ち上がった。
「対象が水に浸かっているときだけ、足をつらせられます」
「それ何に使うの!?」
「今は地面だし!」
パルファが言いかけ、すぐ横を流れる川を見た。
「なら、水の方を持ってくりゃいいじゃん」
「持ってくるって何を――」
もう動いていた。
パルファは川岸へ走り、地面へ護符を三枚並べる。長い爪で羅盤の針を弾き、川とオーガをまっすぐ結んだ。
「流れ、こっち! ――急急如律令!」
川岸が低く沈んだ。
水が新しい道を見つけ、曲がる。細い流れが一気に太くなり、オーガの足元へ押し寄せた。
「今です」
ミサキの目が黒く染まる。
「つってください」
オーガの右脚が跳ねた。
巨体が突然ふくらはぎを押さえ、片膝をつく。棍棒を杖代わりに立とうとするが、濡れた足は震えたままだ。
「ほんとにつったし!」
「驚くなら使わせないでください」
「パル、そのまま穴を作れる?」
「誰に言ってんの? 余裕だし!」
パルファが残る護符を、オーガの周囲へ投げた。
「そこ、落ちろ! ――急急如律令!」
水を吸った地面に亀裂が走る。
オーガの足元が丸ごと崩れ、巨体が土砂と一緒に沈んだ。穴の底で立ち上がっても、棍棒の先すら俺たちには届かない。
「これなら、歌える」
俺はリュートを構えた。
「でもレベル、わかりませんよ」
「わからないなら、一つ上げるたびに試そう。次の五の倍数まで、長くても二分だ」
ミサキが穴を覗き込む。
「倫理観以外は完璧ですね」
「そこは今、考えないことにする。あと君にだけは言われたくない」
演奏を始める。
三十秒後。
オーガの腕がわずかに太くなり、棍棒が穴の壁を削った。
「《五刻殺》」
何も起きない。
「まだでした」
さらに三十秒。
オーガの咆哮が低くなり、穴の縁から小石が落ちる。
「《五刻殺》」
やはり何も起きない。
「まだでした」
「なんで強くしてんの!? 穴もたないんだけど!」
パルファが護符を追加し、崩れかけた縁を押し戻す。
一分三十秒。
三回目の強化後も、《五刻殺》は不発。
穴の底では、最初より明らかに強くなったオーガが暴れている。
「これ大丈夫!?」
「次で駄目なら、もう一回!」
「次で終わります」
「なんでミサキっちがわかんの?」
「最大でも、次なので」
二分。
最後の一音と同時に、オーガの身体から圧が弾けた。
ミサキが呪術人形を向ける。その目が、完全な黒に染まった。
「《五刻殺》」
オーガが血を吐いた。
白目を剥き、穴の壁へ背中を預けるように崩れ落ちる。
動かなくなった。
最初の不発から数えれば、レベルを四つ上げて成功。
つまり、あいつはレベルの1の位が「1」か「6」だったことになる。
「たぶん、レベル31くらいだったんでしょうね。手間かけさせやがって」
ミサキが、吐き捨てるように言った。
◇
「そもそも殺さなくても、水攻めできたし!」
パルファが穴を指さした。
「浮いてくるのでは? やはり呪殺が最強」
「は? オーガはカナヅチなんですけど!」
「もういいじゃん、倒せたんだから……帰ろうよ……」
「セロさんは黙っててください」
「セロっちは黙ってて」
「俺、審査員じゃなかった?」
二人は俺を無視して睨み合う。
「次はもっとちゃんと決着つけるべ」
「望むところです」
――ちょっと待って。
なんかこの子、なし崩しに仲間になろうとしてない???
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話はここまでです。いきなり仲間が増えました。
まあまだまだたくさん在庫はありますからね。どんどんいきましょう!
初日は一挙5話掲載!
引き続き、この後のエピソードもお楽しみくださると嬉しいです。
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