第19話「そろそろ師匠ポジションの美魔女とか、最強のドラゴンとかが欲しくなってきた頃合いじゃろ? 待たせたな!」
「…………師匠?」
「かっかっか! その通りじゃ!」
商会の門の上で、小さな人影が胸を張った。
見た目だけなら少女にしか見えない。だが、その隣に立てかけられたハンマーは、本人より二回り以上も大きい。
「そろそろ師匠ポジションの美魔女とか、最強のドラゴンとかが欲しくなってきた頃合いじゃろ? 待たせたな!」
「欲しがった覚えがない」
「なんじゃと?」
「あと、自分で美魔女って言うのやめなよ」
「事実を述べて何が悪い!」
師匠――ヒュパティアは、巨大なハンマーを片手で掴んだ。
そのまま門から飛び降りる。
どん、と地面が鳴った。
「セロっちの知り合い?」
「俺と勇者の師匠」
「勇者の?」
メアが眼鏡を押し上げた。
「うん。俺たちは二人とも、師匠に戦い方を教わったんだ」
「片方は勇者。片方は敵を強くする吟遊詩人」
ミサキが、俺と師匠を交互に見た。
「教育成果に、かなり差がありますね」
「言わないで」
「差があって当然じゃ」
師匠は悪びれもせずに言った。
「ユウは何を教えても一度でできた。小僧は何を教えても、教えた通りにはできんかった」
「俺の評価、低くない?」
「最後まで聞け。代わりに、教えておらん使い方ばかり見つけおった」
師匠が、俺の後ろに並ぶみんなを見る。
「昔から、そういう小僧じゃ」
昔から、ユウは何をやらせても強かった。
初めて剣を握った日には、木の人形を真っ二つにした。
俺の剣は人形へ弾かれ、そのまま手から飛んでいった。
『小僧。お主は勇者にはなれん』
『知ってるよ』
『じゃが、勇者になる必要もない』
それだけ言って、師匠は飛んでいった俺の剣を拾わせた。
当時は、慰められているのだと思っていた。
たぶん今聞いても、師匠は慰めたつもりなどないと言うだろう。
この人は昔から、できないことはできないと、できることはできると、そのまま言う人だった。
「で、師匠。なんで王都に?」
ヒュパティアの笑みが消えた。
「王都の地下には、守護竜がおる」
「守護竜?」
「黄金龍ティアマット。五百年ほど眠り続けておった」
「五百年!?」
「うむ。そして昨日、五百年ぶりに目を覚ました」
ヒュパティアが、巨大なハンマーを肩へ担いだ。
「その理由には心当たりがある。確かめるぞ。ついてこい!」
◇
王都中央の神殿。その地下には、地図に載っていない階段があった。
師匠が先頭を歩く。
ハンマーを担いだ小さな背中の後ろへ、俺たちがぞろぞろと続いた。
「王都の地下って、こんなに広かったんですね!」
「観光気分で歩くでないぞ、そこの踊り子」
「アイです!」
「では、アイ。壁の古代術式に触るでない」
「もう触りました!」
「話を聞け!」
石造りの通路は、地下へ向かうほど広くなっていく。
壁には古い文字と、龍を描いた壁画が延々と続いていた。
五つ目の扉を抜けたところで、床が震えた。
通路の奥から、全身を黒い石で覆われた巨人が現れる。
天井へ届きそうな身体。両腕には、俺の胴体より太い刃がついていた。
一歩踏み出すたび、石床へ亀裂が走る。
胸の中央には赤い光。そこから漏れる魔力だけで、空気が肌を刺した。
「古代守護機構ね」
参謀役のメアリーが周囲へ視線を走らせる。
「ティーの字は前へ。ミサキの字は人形を準備。パルの字、床の流れを――」
レベル5デス呪術師のミサキが呪術人形を取り出す。
ギャル風水師のパルが護符を指に挟む。
バリアを張れるゴーレムのT-ONEが俺たちの前へ出て、俺はリュートへ手をかけた。
黒い巨人が両腕を振り上げる。
あの刃をまともに受けても、T-ONEのバリアなら防げる。
その間に敵の状態を調べ、使える条件を――
「遅い!」
小さな影が、俺たちの間を抜けた。
ヒュパティアが巨大ハンマーを振りかぶる。
柄の根元にはめ込まれたダイヤモンド。その表面を走る細い線が、一瞬だけ白く光った。
「どっせい!!」
轟音。
黒い巨人の上半身が、消えた。
砕けた石が通路の奥へ吹き飛び、遅れて下半身が崩れ落ちる。
「…………」
「なんじゃ」
「俺たち、いる?」
「お主らを連れてきたのは、戦わせるためではない」
「じゃあ、何のため?」
師匠はハンマーを肩へ戻し、奥にある巨大な扉を指した。
「あやつ自身に、決めさせるためじゃ」
◇
扉の向こうには、地下とは思えないほど巨大な空洞が広がっていた。
暗闇の奥に、黄金色の壁がある。
違う。
一枚一枚が、俺の身体より大きな鱗だ。
視線を上げる。
長い首。鋭い角。折り畳まれた巨大な翼。
黄金龍が、空洞そのものを埋めるように横たわっていた。
胴体と四肢には、何本もの巨大な鎖がつながれている。
翼の端は暗闇へ溶け、尻尾がどこまで続いているのかもわからない。
眠ったままの身体から、地面を通して低い鼓動が伝わってくる。
四天王を初めて見たときより、ずっと大きい。
これが本気で暴れたら、俺たちの能力を組み合わせる時間すらないだろう。
「あれ、封印?」
「休眠と王都の守護設備を安定させるための係留じゃ。人間が無理に閉じ込めたわけではない」
「本人が暴れたら?」
「壊せる」
やめてほしい補足だった。
黄金龍の片目が開いた。
巨大な金色の瞳が、俺たちを映す。
「妾に何用だ。骨まで食われたくなければ、尻尾を巻いてとっとと失せよ」
「この中だと、尻尾があるのは一人だけだよ☆」
全員の視線が、フレデリカへ向いた。
「……ボクをターゲットにさせないで」
「……やかましい連中だ」
黄金龍が、低く息を吐く。
それだけで風が起こり、俺たちの外套が激しく揺れた。
「久しいの、ティア」
ヒュパティアが前へ出る。
「まだ生きておったか、小娘」
「お主に言われたくないわ」
ティアマットの視線が、師匠の顔から巨大ハンマーへ移った。
ダイヤモンドの表面で、細いヒビが鈍く光っている。
「……そのザマで戦おうとしておるのか」
「何か問題でもあるのか? わしは一向に構わんぞ!」
師匠は、なぜか得意げに胸を張った。
ティアマットが深いため息を吐く。
何の話か聞きたかったが、先に師匠が黄金龍を見上げた。
「ティア。なぜ目を覚ました」
「近づいている」
「何が?」
「大きな魔力だ。妾の眠りを妨げるほどのな」
鎖が、重い音を立てた。
ティアマットが僅かに身体を起こしただけで、空洞全体が軋む。
「ならば、妾が出る」
「ならん」
ヒュパティアが即答した。
「五百年も働いたのじゃ。もうよい」
「王都はどうする」
「若い連中に任せればよい」
「妾は王都の守護竜である」
「じゃから何じゃ。死ぬまで働けと誰が決めた」
ティアマットの瞳が細くなる。
「妾の魔力は、ほとんど残っておらぬ」
王都を守るための術式は、眠っている間も動き続けていた。
その五百年分を、ティアマットの魔力が支払ってきたらしい。
「どれくらい、残ってるの?」
俺は、恐る恐る、目の前の竜に尋ねた。
「全力で吐けるのは――あと一度だ」
誰も声を出さなかった。
目の前にいるのは、世界でも最強クラスの黄金龍。
けれど、その最強を使えるのは、あと一度だけ。
「だから来なくてよい」
ヒュパティアが言った。
「お主の最後の一発まで、王都へくれてやる必要はない」
「妾は王都を守る。それが妾の役目だ」
「役目のためなら、死んでもよいと?」
「そうは言っておらぬ」
「同じことじゃ。お主は昔から、自分だけは勘定に入れん」
「それを、そなたが言うのか」
ティアマットの視線が、またヒュパティアのハンマーへ落ちた。
「わしの話は今しておらん!」
「都合のよい小娘だ」
「それは、ティアマットの役目だよね」
巨大な瞳が、俺へ向いた。
「……何?」
「ティアマット――いや、ティアは、どうしたい?」
「愚問だ。守護竜が王都を守らずして――」
「役目じゃなくて」
俺は、もう一度聞いた。
「ティアは、どうしたい?」
金色の瞳が、俺を見つめる。
長い沈黙のあと、黄金龍の口が開いた。
「……死にたくはない」
「うん」
「だが、守りたい」
「じゃあ、両方やろう」
「……は?」
「死なないで、王都も守ろう」
「簡単に言いおる」
師匠が呆れた声を出す。
「俺一人じゃ無理だよ」
振り返る。
ミサキが人形を抱えている。
パルは護符を揺らし、メアはもう何かを考えていた。
博士とメーガンは鎖の構造を見上げ、T-ONEはティアマットの魔力を観測している。
ミナ、フレデリカ、アイ、メローもいる。
「でも、俺たちは一人じゃない」
ティアマットは、しばらく俺たちを眺めていた。
「よかろう」
巨大な爪が、床へ触れる。
「そなたたちの策を見せよ。妾は妾の意思で、王都を守る」
「ただし、妾の一撃を勝手に当てにするな。使うかどうかは妾が決める」
「わかった」
「返事が軽いぞ」
「守りたいし、死にたくないって言っただろ。だったら、最後までちゃんと相談するよ」
巨大な瞳が、僅かに細くなった。
「……奇妙な人間だ」
「お主が出るなら、最後にわしも一緒に暴れても構わんぞ」
「そのハンマーでか」
「そうじゃ!」
ティアマットは、もう一度ため息を吐いた。
◇
地上へ戻ると、神殿の前に王都の兵士と商会の使者が待っていた。
「緊急報告です!」
兵士が地図を広げる。
「所在を隠していた魔王軍本隊が、昨日から行動を開始しました。周辺の街を襲撃しながら南下。王都方面へ向かっています」
「残存四天王は?」
「本隊に合流している可能性が高いと」
「バアルは?」
「大魔王も、本隊側にいるものと見られます」
「……パパ」
アイの声から、いつもの明るさが消えた。
兵士が、地図上の進軍経路を指でなぞる。
北西から王都へ伸びる、一本の線。
「……旧西方街道?」
メローが地図を覗き込んだ。
「はい。本来なら、峡谷で行き止まりになるはずのルートです」
「……橋」
「え?」
「わたしたちが直した橋です」
昨日、俺たちが復旧した古代大橋。
西国から王都までの輸送を、一週間短縮した道。
「復旧したことを、敵が知ってる?」
メアの目が細くなる。
「偶然あのルートを選んだとは考えにくいわ。工事の情報が、王都から本隊へ流れた可能性がある」
「橋が完成したのは昨日です」
メローが言った。
「工事開始の時点で報告を受けていなければ、本隊がこれほど早く進路を変えるのは難しい。商会か工事関係者の中に、情報を送った者がいる可能性があります」
「スパイ、ってこと?」
「可能性は高いわね」
メアの視線が、アイの方に走った。
「……違う! アイじゃないよ! アイは本当に、セロのお嫁さんになるためだけに……」
アイが視線を落とした。その先の手が震えている。
「大丈夫」
俺は、その手に、そっと自分の手を重ねた。
「アイは、敵じゃない。俺の歌が知ってる」
「セロ」
アイがこちらを見た。目の奥の星が、きらりと光った。
「そうですよ。私も見てましたけど、この人怪しいことはしてなかったですよ」
「ミサキっち! 珍しいじゃん! アイっちの肩持つなんて!」
「でも一応検証はしましょう。フレデリカ。アイはスパイなの?」
メアが質問する。俺の近くにいたフレデリカの目が、赤く染まった。
「NO。違うよ。アイは――敵じゃない」
「うん、知ってた」
「みんな……!」
アイの目から、涙が零れ落ちた。
「みんな! 大好きです! 順番に同衾しましょう!!」
「いや、それはちょっと違いますね」
「ノー」
「NO」
「あーしも今はいいかな!」
「今?!」
「一週間です」
俺たちのやり取りを意に介さず、ずっと何かを測っていたメローが言った。
「何が?」
「魔王軍が、王都へ着くまで。街道。橋。距離」
「恐らく、一週間後には、王都は戦場になります」
あれほど喜んだ、一週間の短縮。
道は、通る者の善悪を選ばない。
俺たちが直した橋は、魔王軍も王都へ運んでくる。
◇
ばさばさ、と翼の音がした。
一羽の鳩が、メローの腕へ降りる。
脚には、小さな筒が結ばれていた。
「……あの人からです」
メローが紙を開く。
「魔王城へ到達。しかし、城にいた魔王は影武者。本物と本隊の所在は不明。捜索を切り上げ、王都へ帰還する――」
手紙の端に書かれた日付を見て、メアが言った。
「この手紙、三日前のものよ」
メローは別の地図を開いた。
手紙に記された勇者パーティの位置から、王都までの距離を測る。
「三日分を差し引きます」
計算する手が止まった。
「それでも、現在地から王都まで二週間はかかります」
「……間に合わない」
誰かが呟いた。
魔王軍は、一週間。
勇者は、二週間。
勇者は、間に合わない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話はここまでです。最後の仲間は、太古の黄金龍でした。
そして事態は、風雲急を告げます。勇者不在の王都をどう守るのか。
軍団の真価が、問われます。
それでは引き続き、夜の更新もお楽しみに!
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