第17話「俺の幼馴染のためにみんながひと肌脱いでくれました。あ、君は本当に脱がなくていいからね」
「海運王」
「はい。わたしの『結婚相手』の異名です」
翌朝。
商会の応接室で、俺の幼馴染、メローがとんでもない名前を口にした。
「西国の島々にある大港を、ほとんど一人で動かしている方です。大型船も多く所有し、各港の利用順にも強い影響力を持っています」
「王様なの?」
「いいえ。商人です」
「商人につける異名じゃないよ」
その海運王が、メローを後妻に迎えたいと正式に申し込んできたらしい。
年齢は、メローの父親に近い。前の妻とは死別している。
メローの見た目だけではなく、商人としての腕も高く評価しているそうだ。
「メローかわいいし、有能だもん。気持ちはわかるよ」
「セロ……お世辞は、やめてよ」
メローが顔を伏せた。
完璧な営業スマイルはない。代わりに、耳だけが少し赤くなっていた。
「オーノー。セロっち、それマジで言ってんの?」
「セロくん! アイが言うのもおかしいかもしれないですけど! デリカシーという言葉は忘れない方がいいです☆」
「アイにだけは言われたくなかった!」
「メローさん。今なら半呪殺までは請け負いますよ」
ミサキが、小さな呪術人形を机へ置く。
「半呪殺って何?」
「死なない程度です」
「それ、呪殺じゃないよね?」
「皆さん、海運王は悪い方ではありません」
メローが、俺たちを制した。
「条件だけを見れば、商会にとってこれ以上ない縁談です。ですから、これはわたし個人ではなく、商会の問題です。皆さんに迷惑をかける話では――」
「だから?」
パルが椅子を傾け、机へ肘をついた。派手なギャルネイルが見える。
「もうメロっち、うちらの仲間じゃん」
「……まだ、正式には」
「昨日あんだけ泣いといて、今さらそこ気にする?」
「それは忘れてください」
「無理っしょ」
メローが両手で顔を覆った。
「一度、イシューを切り分けましょう」
参謀役のメアリーが眼鏡を押し上げる。
「メローの字。商会が必要としているのは、あなたの結婚そのもの?」
「……いいえ」
「海運王との婚姻によって、何を得たいの?」
「西国との、安定した交易ルートです」
メローは机へ地図を広げた。
王都から西へ伸びる線は、途中で大きく南へ曲がり、海沿いの港へ続いている。
「現在、西国へ向かう陸路は、途中で途切れています。商隊はいったん南の港まで迂回し、荷を船へ積み替えなければなりません。海路で峡谷と山岳地帯を回避し、別の港で、もう一度荷馬車へ戻します」
迂回。
二度の積み替え。
港湾利用料に、海上輸送費。
しかも、船が空いていなければ、荷物は港で止まる。
「海運王と縁戚になれば、大型船の安定した枠と、港の優先利用権を得られます。父が、この縁談を破格だと考えるのも当然です」
「なるほどね」
メアが地図の途切れた線を指で叩いた。
「商会のゴールは結婚じゃない。西国への物流を安定させること」
「はい」
「なら、婚姻以外で同じKPIを満たせばいい」
「けーぴー……?」
「パル。そこは流して」
つまり。
結婚しなくても、商会が困らない状態にすればいい。
「それができれば、ですが」
メローが、地図の中央を指した。
王都からまっすぐ西へ伸びていた古い線は、峡谷の手前で切れている。
「かつては、ここに古代街道がありました。けれど、魔王軍との戦いで大橋が破壊され、今は誰も使っていません」
「橋を直せば、陸路だけで西国へ行ける?」
「理屈の上では。ただ、橋全体を造り直す費用を考えれば、海運王との縁談を受けた方が――」
「橋、残ってるのだ?」
鍛冶師のメーガンが、地図へ身を乗り出した。
「両岸の基部と、橋脚の大部分は残っています。中央が大きく失われていますが」
「なら、見ないとわからないのだ」
メーガンの大きな目が輝く。
隣では錬金術師のアニマが、すでに白衣から紫色の瓶を取り出していた。
「ついにアタシの爆薬が、公共事業へ貢献する時が来たようだな!」
「今まで役に立ってなかった自覚あったんだ」
「失敬な! 用途が公共ではなかっただけだ!」
「もちろんです! アイもひと肌脱ぎます!☆」
「ありがとう。君は本当に脱がなくていいからね」
「?」
「その顔やめて」
◇
山道を抜けた先で、大地が消えていた。
深い峡谷だった。
切り立った岩壁の下を、細い川が白く光りながら流れている。落ちれば、地面へ着くまで後悔する時間だけはたっぷりありそうだ。
その峡谷へ、巨大な石橋の残骸が伸びていた。
両岸から続く古い橋は、中央部だけが大きく失われている。
向こう岸へ続く道が、空中で途切れていた。
「……これ、直すの?」
「直せるのだ」
メーガンは即答した。
小さな身体に工具袋をいくつも下げ、橋へ駆けていく。
石を叩き、亀裂を覗き、縁へ腹ばいになって橋の裏側まで確かめた。
俺たちの後ろには、メローが手配した資材の荷車と職人たちが並んでいる。
木材。金属材。太いロープ。滑車。工具。
昨日の夜に話が決まったばかりなのに、どうやってこれだけ集めたんだろう。
「商会の倉庫にあるものを、必要な順に回しました」
「心を読まないで」
「セロとは、昔からの仲ですから」
メローは営業スマイルで答えると、すぐ職人たちの受付へ戻った。
しばらくして、橋の中央からメーガンの声が響く。
「土台は死んでいないのだ!」
メーガンが古い橋脚を、工具で力いっぱい叩いた。
峡谷へ、重い音が返る。
「両岸の基部も生きてるのだ! 全部造り直す必要はないのだ!」
失われた中央区間だけを、残った橋脚と基部へ接続する。
そこへ新しい橋桁と路面を渡せば、橋はもう一度、路になる。
「完全復元はスコープ外よ」
メアが計画書を開く。
「目的は、古代の姿を取り戻すことじゃない。満載の荷馬車が、安全かつ継続的に通れること」
「補修費は、海路で発生している追加費用の二年分以内」
メローが続けた。
「それ以上なら、婚姻で得られる条件に及びません。それから、開通後の王都までの所要日数。現行ルートより、一週間は短縮する必要があります」
「メーガン。できる?」
「やるのだ!」
「質問変えるわ。条件を満たせる?」
メーガンは、もう一度橋を見た。
今度は少しだけ時間をかけてから、大きくうなずいた。
「満たすのだ」
工事が始まった。
◇
最初の問題は、橋へ続く道だった。
長く使われなかったせいで地面が崩れ、荷馬車が通れば片側へ傾く。
パルが風水師らしく羅盤を覗き込み、派手な爪で地面を指した。
「ここ、ちょい上げたらよくね?」
「ちょい、で済むのだ?」
「たぶん?」
「そこは自信を持ってほしいのだ!」
パルが護符を三枚、道へ貼りつける。
「流れ、こっち! ――急急如律令!」
土が盛り上がり、沈んでいた道を押し上げた。
傾斜が緩くなる。石が転がり、空いた部分へぴたりと収まった。
「止めて! そこ!」
メーガンの声で、地面の動きが止まる。
職人が板を置き、荷車の幅と傾きを確かめた。
「アプローチ部分、クリア」
メアが項目を一つ消した。
次の問題は、古い支点を塞ぐ巨大な崩落岩だった。
人の手では動かせない。だが、雑に砕けば、その下に残る古代の構造まで壊れる。
「つまり、ここだけ壊せばいいのだな?」
博士が、待ってましたとばかりに瓶を掲げた。
「範囲は、赤い印の内側だけなのだ!」
「了解した! 極小範囲選択式・古代構造物保存型・超絶精密発破を披露しよう!」
「今考えた名前でしょ」
「機能を過不足なく説明した正式名称だ!」
博士が崩落岩の隙間へ薬瓶を差し込む。
職人たちが下がり、バリアを張れるゴーレムのT-ONEが、前へ出た。
[遮断バリアを展開します]
青白い障壁が、橋脚と作業員を分ける。
「点火!」
爆音が、峡谷を揺らした。
岩だけが内側から砕け、無数の破片がバリアへぶつかる。
煙が晴れると、古い石の支点が傷一つなく姿を現していた。
「見たまえ! 成功だ!」
「本当に成功してる……」
「なぜ驚く!」
博士が怒っている間にも、メアは次の工程へ進めていた。
最大の問題は、橋の中央だ。
橋桁を組むには、誰かが谷の上へ出なければならない。
ロープを渡すだけでも、足場がない。
「T-ONEのバリア、地面みたいにできる?」
[可能です、マスター・セロ]
T-ONEが両腕を広げた。しばらくの間、そのまま固まる。
「何してるの?」
「しぃっ! 静かにしろ! バリアを平面に展開するには長いロード時間が必要なのだ!」
しばらくした後、青白い光が、途切れた橋の先から水平に伸びはじめた。
峡谷の上へ、透き通った床が生まれた。
「安全を確認しました。行ってください」
口で言うより先に、メローが光の床へ足を乗せた。
「メロー!?」
「発注者が信じない足場へ、職人さんを出せません」
一歩。
もう一歩。
谷底を見ず、対岸だけを見て進む。
光の向こうに、遥か下の川が透けて見える。
メローの足が、一瞬だけ止まった。
「怖い?」
「怖いですよ」
それでも、後ろへは戻らない。
「ですが、ここは商人が荷物を通す道です。最初に渡るのは、わたしであるべきです」
「大丈夫です。揺れません」
職人たちが、その後へ続いた。
太いロープが対岸へ渡る。
滑車が組まれ、金属で補強された巨大な橋桁が、ゆっくり谷の上へ引き出された。
T-ONEの障壁が、下から橋桁を支える。
メーガンが古代の支点へ新しい金具を合わせ、職人たちへ指示を飛ばす。
メローは必要な部材を先回りして運ばせ、メアは工程が詰まるたびに人員を入れ替えた。
「次、固定具!」
「こちらです!」
「ロープ班、右へ二歩! その位置なら次の資材とぶつからないわ!」
「水分取ってへんやつ、こっち来い! 落ちる前に休め!」
薬師のミナが作業員の腕を掴み、日陰へ引っ張っていく。
手の擦り傷を洗い、薬を塗り、水を飲ませ、また現場へ戻す。
ミサキは橋の入口で呪術人形を持ったまま、周囲を見張っていた。
「私の担当だけ、ずいぶん曖昧ですね」
「橋を殺さないでくれれば十分だよ」
「壊れているので、もう死んでいるのでは?」
「直してるところだから静かにしてて」
日が傾く頃、最後の橋桁が中央へ収まった。
その上へ厚い板が並び、金属の留め具が打ち込まれていく。
メーガンが、最後の一本へ槌を振り下ろした。
甲高い音が、峡谷の向こうまで響いた。
「T-ONE。支えを外すのだ」
[解除します]
青白い床が消える。
新しい中央区間が、わずかに沈んだ。
木と金属が軋む。
けれど、落ちない。
古代橋は、自分の力で谷の上に立っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
本日の更新はここまでです!
王都で幼馴染のシゴデキ商人と再会したと思ったら、政略結婚を殺すために古代大橋を直し始めました。人助けの規模が、ついに一人の悩みから物流インフラへ。橋は立った。あとは本当に縁談まで殺せるのか――答え合わせは明日です。
明日は第18~20話、その次の日はいよいよ第一部最終話。ブックマーク・評価・フォロー、感想・コメントなどで応援していただけると嬉しいです!
FSE




