第16話「シゴデキ商人さんは表と裏でだいぶキャラクターが違うんですね」
「セロぉ。メローは……メローは疲れました」
王都に着いてから、三日後の夜。
呼ばれてメローの部屋へ行くと、完璧な商人はどこにもいなかった。
茶色い髪を少し乱し、寝台へ腰かけて、ぐったりと背中を丸めている。
部屋には俺とメローの二人だけだ。
「今日もよく頑張ったな」
「もっと褒めてください」
「えらいえらい」
「心がこもってません」
「注文が多いな」
「肩もみも」
「揉ませるんだ」
「セロだけですよ」
「はいはい」
背後へ回り、両肩へ手を置く。
指に力を入れると、メローは気持ちよさそうに息を吐いた。
「……他の女の子には?」
「へ?」
「したんですか、してないんですか」
「何を」
「肩を揉んだり、二人きりの部屋へ入ったり……いろいろです!」
「いろいろって?」
「言わせんなー!」
さっきまで力の抜けていた背中が、急に伸びた。
「二週間ですよ。女の子九人と、二週間」
「数え方に悪意ない?」
「アイさんには旦那様と呼ばせていましたね」
「俺が呼ばせたわけじゃないよ!」
「ミサキさんは、最期の女になるそうです」
「そっちは漢字が怖いんだよ!」
「フレデリカさんは、セロが身請けしたと」
「必要だったから!」
「あの子が必要だった……?」
「その言い方やめて!」
この三日間、表では全部、涼しい顔で処理していたくせに。
覚えていたらしい。
「……本当に、心配してたんですよ」
声の温度が変わった。
「うん」
「あの子はいいですよ。だって強いですもん。でも、セロは違うでしょ」
「……うん」
「剣も使えない。魔法も使えない。歌だって敵にしか効かないのに、無理してついて行って」
俺は、肩を揉んでいた手を、止めた。
「あたし、帰ってこなかったらって、本当に心配で――」
「――ごめん。もういい。その話はやめよう」
「あ……待って。そうじゃないの」
「また後で」
肩から手を離す。
「メロー、ありがとう。何もかもよくしてくれて。感謝するよ」
「そうじゃないの。待って、セロ。謝るから」
「――何の、話?」
メローの顔から、表情が消えた。
「――ごめん、なさい」
俺は部屋を出た。
◇
――王都に着いて、三日。
メローは毎日、俺たちの用事と商会の仕事を、朝から夜まで片づけ続けていた。
初日は、全員がその仕事ぶりに感心していた。
二日目になると、パルは彼女が休んでいるところを見ていないと言い出した。
そして三日後の昼。メアは、メローが俺たちの予定ばかりを先へ進め、自分の予定だけを後回しにしていることに気づいた。
メローは、商会の応接室で三つの仕事を同時に進めていた。
右手で宿の追加契約を書き、左手でミナの薬品販売許可へ印を押し、口ではメーガンに貸す工房の責任者と話している。
「メロっち、さすがに働きすぎじゃね?」
「ご心配には及びません。わたくしは大丈夫です」
パルが休憩を勧めても、完璧な笑顔でそう答える。
「メローの字。ミーたちの案件は全部今日中なのに、自分の縁談だけ明日以降へ送っているわね」
「緊急性の高いものから処理しているだけです」
「あなた自身の人生は、プライオリティが低いの?」
「問題ありません」
メアの指摘にも、同じ笑顔で返した。
俺も何度か休むように言った。
そのたびに「大丈夫です」と言われた。
昔から、役目を渡されたメローは、完璧にやろうとする。
だから俺は、本当に大丈夫なんだと思ってしまった。
そして、その夜。
限界まで疲れたメローは俺を部屋へ呼び、甘えて、心配していたことを話して――言葉を間違えた。
◇
セロが部屋を後にする、ほんの少し前。
メローの部屋の扉の外で、パルファたちが、壁際へ身を寄せ合っていた。
「メアっち。今の、聞こえた?」
「盗賊なめないで。ほぼ全部聞こえたわよ」
メアリーは扉から離れ、得意げに胸を張った。
[盗聴は推奨されない行為です]
「じゃあ帰りなさい」
[記録は継続します]
「ティーっちも大概じゃん」
がちゃり。ノブが回る音。部屋からセロが出てきた。
全員が、蜘蛛の子を散らすように廊下の左右へ消える。
セロは俯いたまま、自分の部屋へ戻っていった。
その背中が見えなくなると、パルファがメローの部屋へ飛び込んだ。
「メロっち!」
「……聞いていたんですか」
「ごめん。でもさ、仕事じゃないんだから、失敗してよくね?」
「よくありません。セロを傷つけました」
「なら話してきなよ。今度は、商人じゃなくてさ」
続いて、メアリーが部屋へ入る。
「謝罪して自分の罪悪感を消したいの? それとも、セの字と話したいの?」
「……話したい、です」
「なら、完璧な謝罪文は必要ないわね」
「でも、何を言えば」
「それをミーたちに聞いたら、また他人の言葉になるわよ」
最後に、ミサキが小さな呪術人形を取り出した。
「殺りますか?」
「誰をですか?」
「とりあえず、縁談のお相手を」
「殺りません!」
「では、ご自分でどうぞ」
「何をですか!?」
誰も答えは教えなかった。
ただ、メローが立ち上がるまで、誰も部屋を出なかった。
◇
自分の部屋へ戻った俺は、寝台の端へ座っていた。
何もする気になれず、壁へ立てかけたリュートを見ていると、扉が叩かれた。
「……セロ。入ってもいいですか」
メローだった。
「どうぞ」
扉が開く。
営業用の笑顔はない。かといって、さっきまでの甘えた顔でもなかった。
「わたし、ちゃんと話したくて来ました」
「うん」
「あたし、セロが弱いって言いたかったんじゃない」
「うん」
「怖かったの。帰ってこなかったらって」
「……うん」
「だから、あんな言い方になった。ごめんなさい」
俺の前まで来て、頭を下げる。
「わかってるよ。メローが心配してくれてたことは」
「じゃあ、どうして」
「俺も、ちょっと気にしてたから」
「何を?」
「俺がいなくても、みんな大丈夫なんだなって」
マタンゴを倒し、薬を持ち帰り、俺を助けた九人。
「安心したんだ。でも、少しだけ寂しかった。だったら俺はいなくてもいいのかもって」
「そんなわけ――」
「ないって、今なら思える。でも、メローの言葉が、そこに刺さった」
メローは、しばらく何も言わなかった。
「……ばか」
やがて、俺の隣へ腰を下ろす。
「セロは昔から、自分のことだけ数に入れないんです」
「そうかな」
「……今なら、理解りますよ。メローだけは――って言いたいところですけど」
少しだけ、困ったように笑った。
「今日は、間違えましたね」
「俺にもわかるよ、メローのこと」
「…………え?」
「無理してる時ほど、大丈夫って言う。役目をもらうと、全部一人で完璧にやろうとする」
「大商人の跡取りですから。それくらいは――」
「それ。今のそれ」
メローが口を閉じた。
「メローは、どうしたい?」
「……ずるい」
膝の上で、両手が強く握られる。
「ずるいよ、セロ。そんなこと言われたら、あたし、昔のメローに戻っちゃうじゃん」
「泣き虫メローに?」
「言うなー……」
声が震えた。
昔から、メローは泣き出すと止まらなかった。
俺は壁へ立てかけていたリュートを取る。
「……それも、ずるい」
「昔から、メローが泣くと、これ弾いてたから」
「覚えてるに決まってるでしょ」
弦をつま弾く。
子供の頃と同じ、ゆっくりした曲を歌った。
歌い終わる頃には、メローの涙は止まっていた。
「……やっぱり、セロの歌、好き」
「昔から?」
「……昔から」
そのまま、少しだけ静かな時間が流れた。
ばたん!
「旦那様! アイも歌います!☆」
「セロっちライブ!?」
「私も聞きます」
三人が部屋へなだれ込んできた。
「いや、もう終わっ――」
「あーあーあー!☆」
「うぇーい!」
「…………らー」
終わっていなかった。
アイは最初から音を外し、パルは勢いだけで別の曲を歌い、ミサキは低い声で一音を伸ばし続ける。
廊下から、さらに何人分もの音痴が加わった。
「台無しだよ!」
「……ふふっ」
隣で、メローが笑った。
泣き虫だった頃の、営業用ではない笑い方だった。
◇
「で、メロっち」
大合唱がようやく終わると、パルがメローの前へしゃがみ込んだ。
「結局、結婚したいの? したくないの?」
「商会としては、今回の縁談に――」
「商会じゃなくて」
メアリーが遮る。
「メローの字は、どうしたいの?」
メローは、俺を見た。
それから、部屋に集まったみんなを見る。
「…………したく、ないです」
「聞こえなーい」
「…………」
「したくないよお……!」
「では」
ミサキが、呪術人形を胸の前へ構えた。
「殺っちゃいますか。政略結婚」
「待って。何を殺すの?」
「今回は比喩でしょう。ね、ミの字」
メアリーが眼鏡を押し上げる。
「?」
ミサキが、首を傾げた。
「比喩じゃないんだ?!」
こうして、翌日の予定に『政略結婚を殺す』が追加された。
――さあ、俺たちの腕の見せ所だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話はここまでです。メローは登場が遅いぶん、ヒロインレースで大きく出遅れるのではないか。そんなふうに心配していました。
けれど書いてみると意外なほどの貫禄と弱さを発揮し、とても好きなキャラになったな。そんなふうに思っています。
それでは引き続き、夜の更新もお楽しみに!
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