第15話「大商人の跡取り娘はめちゃくちゃ仕事ができるので、俺の軍団の顔役になってもらいたい」
あれから二週間。
王都への旅は、にぎやかだった。
ミナは毎朝俺の額へ手を当て、メーガンは馬車が揺れるたびにどこかを直した。
博士がその馬車へ勝手に新機能を追加し、T-ONEが外し、メアリーが追加と撤去にかかった費用を記録する。
パルとアイはよく踊り、ミサキはたまに賭けを持ちかけ、フレデリカは一番日当たりのいい場所で寝ていた。
旅を始めた時は、俺とミサキの二人だけだった。
それが今では、十人になっている。
「着いたー!」
パルが両手を上げた。
その向こうには、王都を囲む白い城壁がそびえていた。
大きな門を、馬車と人がひっきりなしに出入りしている。二週間ぶりに見る人混みだった。
「セロさん」
聞き覚えのある声がした。
門の脇に、一人の女が立っていた。
艶のある茶色い髪を、肩につかない長さで綺麗に揃えている。質のいい商人服は身体の線に沿って仕立てられ、腰には帳面や財布を収めた小さな鞄。昔から整った顔立ちではあったけれど、今はそこへ大人の落ち着きまで加わっていた。
そして何より、笑顔が完璧だった。
「お久しぶりです」
「え、メロー? ……ずいぶん、きれいに、なったね」
「そうですか? うふふ、ありがとうございます」
照れも謙遜もせず、メローは素直に受け取った。
こういうところは、昔から変わっていない。
「なるほど、あれがセロさんの初めての女ですか」
「なんの話?!」
「でも大丈夫ですよ。私があなたの最期の女になりますから」
「なんか、漢字間違えてるよね?!」
「初めまして。メローと申します」
メローは、何事もなかったように頭を下げた。
「セロさんから、よくお話は伺って――」
「ないよね!?」
「では、これから伺います」
「修正が速いな!」
メローは顔を上げると、俺の後ろに並ぶ面々を見渡した。
「皆さん。いつもセロさんがお世話になっております」
「なんでお前が家族代表みたいに挨拶するの?!」
「メロっち、めっちゃちゃんとしてんじゃん!」
「パルファさんですね。よろしくお願いいたします」
「何で名前知ってるの?」
「大切な客人ですから。わが商会には、多少の情報網があります。それだけですよ」
それだけで、九人分の名前と顔が揃うものなんだろうか。
「ところで、なんで俺が来るって知ってたの?」
「あの人から聞いたんです」
「……ああ、そうか」
「鳩を飛ばして、たぶんそちらにセロが行くから、面倒をみてやってくれ、と」
誰のことかは、すぐにわかった。
勇者だ。
「あいつ……そんなことまでしてる場合かよ」
今頃は、魔王城へ向かっているはずだ。
俺の心配なんかしてないで、世界を救うことだけ考えていればいいのに。
「"俺の心配はするな。世界のことだけ考えてほしい。もう王都にいて、安全だよ"――お返事には、そう書いておきますね」
「あ、ありがとう。というか、なんで――」
俺の気持ちが、わかったんだ?
「セロとは、昔からの仲じゃないですか。さて、立ち話はここまでにしましょう」
メローが、ぱん、と手を叩いた。
それを合図に、揃いの腕章をつけた運搬人たちがこちらへ駆けてきた。
「お荷物をお預かりします。宿は確保済みですので、皆さんはこのままお進みください」
「ちょっと待って。俺たち、何人で来るか伝えてないよね?」
「人数の増減へ対応できる宿を選びました。十名でよろしいですか?」
[訂正します。メロー様を含め、今後行動をともにする場合は十一名です]
「わたくしを、もう数えてくださるんですね」
[はい]
「うふふ。ありがとうございます、T-ONEさん」
あっという間に、一台目の荷車から荷物が消えていく。
ただし、博士の木箱へ手をかけた運搬人だけは、T-ONEが止めた。
[その箱には爆発物、強酸、可燃性液体、用途不明の紫色の粉末が入っています]
「用途不明ではない! 複数の用途を検証中なだけだ!」
「では、一般のお荷物とは分けましょう。石造りの倉庫を手配しています」
メローは笑顔のまま、運搬人へ別の札を渡した。
「危険物の持ち込みには許可が必要だぞ」
門の係官が、慌てて割って入る。
「申請書はこちらです。品目一覧はT-ONEさんの申告を基に、入庫前に確定します。保管責任者の署名もいただけますか?」
「いや、前例のない量でな……」
「前例は作るものです」
笑顔のまま、分厚い書類を差し出す。
係官は書類とメローを何度も見比べ、最後には黙って署名した。
「話が通じる相手がいる……」
メアリーが、小さくつぶやいた。
「メアリーさん。こちらが倉庫の契約書です。責任範囲について、一度ご確認をお願いできますか?」
「もう修正案まで付いてるのね」
「ええ。爆発した場合と、溶けた場合と、正体不明の何かが生まれた場合で分けています」
「パーフェクトよ。ミーから追加はないわ」
「待ちたまえ! なぜ爆発する前提なんだ!」
アニマ以外の全員が、アニマを見た。
「なぜ全員こっちを見る!?」
◇
王都へ入ってからも、俺たちは止まれなかった。
「ミナさん。薬師組合へ仮販売の届けを出しておきました。薬草の仕入れ先はこちらの三軒です」
「仕事早すぎへん? ほんま助かるわ」
「メーガンさんには、工房を一角お借りしています。修理品の持ち込みも、明日の朝から始まります」
「もう仕事があるのだ!?」
「アイさん。宿はお一人部屋です」
「旦那様と夫婦部屋がいいです!」
「現時点で婚姻関係を確認できませんので、お一人部屋です」
「確認できたら夫婦部屋ですか?♡」
「宿の規約上は可能です」
「余計な道を残さないで!」
「フレデリカさん。夕食のご希望は?」
「海藻のサラダ」
「魚介料理のお店を押さえています。海藻のサラダもございますよ」
フレデリカが、少しだけ顔を上げた。
「……メロー、わかってる」
こいつら……もう懐柔されかけてない?
宿に着く頃には、部屋割りも、荷物の行き先も、明日からの仕事も、夕食も、全部決まっていた。
俺たち、王都に着いてまだ一時間くらいだよな?
「メロっち、神じゃん」
「商人です」
メローは即答した。
俺が二週間かけて一緒に旅してきた連中の扱いを、なんでこいつは一時間で把握してるんだ。
◇
夕方。
宿の食堂では、全員が希望通りの料理を食べていた。
そしてメローは、いつの間にか明日の日程をまとめている。
「……メロー」
「はい?」
「メローが、俺たちの顔役だったらなあ」
「え?」
初めて、完璧な笑顔が少しだけ止まった。
「いや。なんでもない。もうやってもらってるし」
「代表窓口が必要でしたので、わたくしが担当していただけですよ」
「セの字が人と能力をつなぐ。ミーが手順とリスクを整理する。外との交渉はメローの字がやる」
メアリーが眼鏡を押し上げた。
「合理的な分担ね」
「メローに字をつけると、ちょっと長いですね」
「そこ?」
メローは、俺たちの顔を一人ずつ見た。
それから、また完璧な笑顔を浮かべる。
「王都にいる間は、引き続きわたくしが窓口を務めます」
「やった! しばらくメロっちに任せられるじゃん!」
「これもう、全員買収されてない?」
「失礼ですね。まだ一枚も請求書を出していませんよ」
「これから出すんだ……」
その時、昼間の運搬人をまとめていた年配の男が、食堂へ入ってきた。
「お嬢様。こちら、本日の受領証です」
「ありがとうございます」
「しかし、お嬢様も大変ですな。こちらのお仕事に、ご結婚のお話まで」
「何が?」
思わず聞き返した。
男が、きょとんと俺を見る。
「ご結婚のお話ですよ」
「……メロー、結婚するの?」
「ああ。そのお話ですか」
メローは、少しも動じなかった。
「まだ決まったわけではありませんよ。大商人の跡取りですから、よくある話です」
その笑顔は、さっきまでと同じくらい完璧だった。
だから俺には、それが本当に平気な時の笑顔なのか、わからなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話はここまでです。
ついに王都に到着した一行。主人公の幼馴染、メローは、ものすごく有能です。有能ですが――
第一部も佳境に向かう本日の更新。この後も引き続き、どうぞお楽しみに!
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