第14話「俺の周りはみんな美少女なのに全然ハーレム展開になってくれないんだけど」
マタンゴが、太い脚を持ち上げた。
巨大な菌傘が洞窟の天井を擦り、岩の欠片が降ってくる。
[ドームモードでバリアを展開します]
T-ONEを中心に、青白いドームが広がった。
九人を内側へ包み、振り下ろされた脚も、落石も、まとめて弾き返す。
まず、全員が安全になった。
「さて! 安全圏を確保したところで、爆破といこう!」
「雑に爆破したら天井まで崩れるのだ!」
「《五刻殺》なら殺せますが、レベルがわかりません」
「アイが気を引きます!」
「待って。敵のサイズ、洞窟の強度、キノコの回収――先にリスクを整理するわよ」
「ボク、帰っていい?」
全員が、違う方向を見ていた。
「ねえ」
ギャル風水師のパルファが、両手を叩いた。
「倒すこと考える前に、キノコ持って帰ること考えよ?」
バリアの外で、マタンゴが何度も脚を叩きつける。
青白い光が揺れる中、パルファは群生する薬用キノコを指した。
「だってさ。うちら、セロっち助けに来たんじゃん」
「せやな」
最初に答えたのは、薬師のミナだった。
「欲しいんは、あいつの首やない。薬にするキノコや」
「その通りなのだ! キノコを持って帰れば、戦う必要もないのだ!」
鍛冶師のメーガンが大きくうなずく。
メアリーも、コンサルらしく眼鏡を押し上げた。
「……目的と手段を取り違えていたわね。パルの字、グッドリマインドよ」
「ねえミナっち。さっき、このキノコ、日光でダメになるって言ってたよね?」
「言うたで。光に弱いから、薬にするなら遮光せなあかん」
「なら、あのデカいのもキノコじゃね?」
全員が、マタンゴを見た。
巨大な菌傘。
どう見ても、キノコだった。
「日光に弱い可能性はあるわね」
「でも、ここ洞窟じゃん」
「天井を壊せばいいのだ!」
メーガンが、天井を指した。
「この亀裂の真上は地表に近いのだ。ここだけ落とせば、洞窟全体は崩れないはずなのだ!」
「仮説が二つあるわね」
メアリーが、YES/NOの神託を使う巫女のフレデリカを見た。
「フレデリカ。二つ聞くわ」
フレデリカは、帰りたそうな顔のまま視線を返した。
「一つ。ここの天井を壊すと日光は入ってくる?」
サファイアブルーの瞳が、真紅に染まる。
「YES」
「二つ。洞窟全体が崩れる?」
「NO」
「OK、グッドガール」
拒まなかった。
理由は、誰も聞かなかった。
「これで決まり。みんな! 作戦開始よ!」
◇
「マタンゴを、真下へ固定する必要があるわ」
「ちょうどいい呪術があります」
呪術師のミサキが、小さな呪術人形を取り出した。今回使うのは、レベル5デスではないらしい。
「北を向いているときだけ、背中がかゆくなる呪いです」
「どうやったらそれで、あれを固定できるの」
「今から考えます」
「はいはいはーい! 北、どっちですか?!」
「アイっち、北はあっち!」
パルファが羅盤を見て、マタンゴの向こう側を指す。
「わかりました! Tさん! いちにのさんでお願いします!」
「あーしも行く!」
T-ONEが一瞬だけバリアを開き、アイとパルファが外へ飛び出した。
アイがマタンゴの北、パルファが南へ。挟み撃ちの形になった。
「はーい☆ アイのこと、見ててね☆」
魔族の踊り娘、アイ。彼女が妖艶に踊り始めた。
鈴が鳴る。
巨大な目が、ぎょろりとアイへ向いた。
マタンゴが、北を向く。
バリアの中で、ミサキの両目が真っ黒に染まった。
呪術人形を、胸の前へ静かに構える。
「背中が、かゆくなります」
マタンゴの巨体が跳ねた。
短い腕を背中へ伸ばそうとして、届かない。
身をよじる。それでも、アイから目を離せず、北を向いたまま背中を掻こうとする。
「苦しんでます!」
「効いてますね」
踊りと痒み。ここに永久機関が完成した。
「足元、固めるよ! ――急急如律令!」
パルファの護符が地面へ貼りつき、マタンゴの脚が岩へ沈み込む。
[バリアを解除します]
青白い光が、Tの周囲から消えた。
「爆破地点は、あそこなのだ!」
メーガンが天井の亀裂を指さした。
「あの亀裂だけを壊すのだ! ずれたら生き埋めなのだ!」
「待っていたぞ! ニトログリセリンだ!!」
錬金術師のアニマが、白衣から透明の液体が入った瓶を取り出し、掲げた。
「念のために聞くけど、アニっち。セロっちに飲ませようとしてた薬って」
「ん? これだが?」
[アニマ。それを実行していたら、ワタシはアニマを置いて旅立っていたかもしれません]
「T!?」
「ニトログリセリン飲ませて、何を治す気だったの!?」
「風邪の原因ごと除去する予定だった!」
「患者も除去されるわ!」
「話は後なのだ! 早くするのだ!」
「では、点火!」
アニマが瓶を投げた。
メーガンの指した亀裂に、正確にぶつかる。
ドン!!
天井の一部が吹き飛んだ。
[バリアを再展開します]
岩が降る。T-ONEの障壁が、薬用キノコを一つ残らず守る。
洞窟全体は崩れない。
開いた穴から、真昼の光が差し込んだ。
マタンゴの菌傘へ、日光が落ちる。
じゅうっ、と表面が焼けた。
巨体がしぼみ、短い腕をばたつかせ、その場へ倒れる。
地面が、一度だけ大きく揺れた。
[生命反応の停止を確認。薬用キノコも無事です]
バリアを解除したT-ONEが、穏やかな声で勝利を告げた。
「勝ったー!」
パルファが両手を上げた。
歓声が洞窟へ響く。
「やりましたね! ミサキさん!」
アイがミサキに向かって歩きながら、満面の笑みで手を上げる。
ミサキは、自分の右手を一度見た。
少し迷ってから、おずおずと同じ高さへ上げた。
ぱちん!
「痛いんですけど」
「あは☆ ごめんなさい! でもミサキさんとは、いいコンビになれるかもしれませんね!」
「はあ」
「それに……もしかしたら、あっちの相性もいいのかも。今度、旦那様に内緒で……試してみませんか?♡」
ミサキの目が、わずかに見開かれた。
「なーんちゃって☆ 冗談だよ☆」
「……そうですか」
「…………」
「ミサキさん?」
「なんですか」
「なんでもないです♡」
その横では、メーガンとアニマが、もう爆破位置について言い争っている。
ミナが薬用キノコを袋へ詰め、メアリーが数を確認する。
少し離れたところで、フレデリカの黒い尻尾が、機嫌よさそうに揺れていた。
◇
目を開けると、アイの顔が目の前にあった。
「よかった! 目を覚ました!」
「うわっ!?」
抱きつかれる。
反対側では、T-ONEが俺の手を握っていた。
[マスター・セロ。覚醒を確認しました]
ミサキは少し離れたところに立っている。安心したように見えるのに、どうしたらいいかわからない顔をしていた。
「ほら! ミサキも!」
アイが、ミサキの腕を引く。
ミサキ?
なんか俺が寝てる間に、関係性変わってない?
「起きたなら、薬や。はい、口あーん」
褐色肌の見知らぬ美人が、匙を口へ突っ込んできた。
「あーん……って、ほのひほはへ(この人誰)?」
「ミナよ。ユーが死にかけてる間、薬を調合してくれたの。感謝した方がいいわ」
「え! 俺そんなことになってたの?」
「呑気なモンやな。あんたのために、こいつらがどんだけ頑張ったか。ちゃんと感謝した方がええで」
「あとメーガンにも感謝するのだ! メーガンがいなかったら、今頃全員生き埋めなのだ!」
今度は、小柄なドワーフが胸を張った。
「あ、ありがとう。てか生き埋め!? 本当に何があったの!?」
「マタンゴです!」
「北向けた!」
「ニトログリセリンだ!」
[その説明には語弊があります]
「天井を落としたのだ!」
「薬用キノコは取れたで」
「背中をかゆくしました」
「待って。最後の何!?」
全員が、自分の印象に残ったところだけを好き勝手に話している。
何ひとつわからない。
ただ、俺の知らないところで、こいつらが一緒に戦ったことだけは伝わってきた。
アイとミサキの距離が、妙に近い。
パルはミナの隣で、まともな人が増えたと喜んでいる。
アニマとメーガンは、爆破についてまだ喧嘩していた。T-ONEはその間に立ち、どちらの主張も訂正している。
俺の周りは、みんな美少女だ。だいたいのメンバーは、俺が集めたようなものだと思う。
なのに、なんで俺が一番話についていけてないんだ?
「ミナとメーガンも、しばらく一緒に来るって」
「病み上がりを放っといたら、また死にかねんからな」
「メーガンも旅の修理屋なのだ! 行き先が同じなら問題ないのだ!」
こうして、また仲間が増えたらしい。
俺がいなくても、こいつらは大丈夫だったんだな。
安心した。
でも、ほんの少しだけ、胸の奥が寂しくなった。
この子たちの中にも、俺はいなくてもいいのかもしれない――なんて。
まだ熱が残っているせいで、変なことを考えたらしい。
「みんな、ありがとう」
一人ずつ顔を見る。みんな、それぞれの笑顔で、頷いてくれた。
最後に、後ろを振り返った。少し離れたところで、黒いネコミミが、こちらを向いた。
「フレデリカも、ありがとな」
「……別に」
フレデリカは目だけを逸らした。
黒い尻尾の先が、布団の上で小さく揺れていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
本日の更新はここまでです!
温泉回のはずがセロは乙女になり、そのまま風邪で戦線離脱。
残された九人は、踊りと背中のかゆみでマタンゴを固定し、薬を持って帰りました。主人公抜きでも連携が成立してしまい、ハーレムより先に軍団が育っています。
これで第一部も折り返しを越え、明日から後半戦です。
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