第13話「ドワーフの鍛冶屋とダークエルフの薬師が仲間になるのはヌルゲーではありませんでした」
翌朝。
セロは、高熱を出して寝込んでいた。
温泉宿の布団の中で、汗びっしょりになっている。
その右側にはレベル5デス呪術師のミサキ。左側には踊り子魔族のアイ。
三人で、綺麗な川の字になっていた。
ただし、アイはセロの脚ごと抱きしめ、全身で絡みつくように眠っている。
反対側では、ミサキがセロの襟元から胸へ手を突っ込んだまま目を閉じていた。
「……何してんの、二人とも」
ギャル風水師のパルファが、布団の上から二人を見下ろす。
「体温確認です」
「アイは旦那様を温めています!」
「たぶん二人のせいで熱こもってんだけど!?」
セロは苦しそうに息をしていた。
普通なら、両側を美少女に挟まれたハーレムのご褒美である。
今は明らかに病人への追加ダメージだった。
「まず風邪薬ね」
参謀役のメアリーが眼鏡を押し上げた。
「ミーたちで街へ行くわ。ミサの字とアイの字は、セの字を看ていて」
「わかりました」
「お任せください!」
「看病だからね。添い寝の継続じゃないからね?」
◇
風邪薬を買う。
小さな子供でもできそうなおつかいに、メアリー、錬金術師のアニマ、お供の美女ゴーレム・T-ONE、パルファ、ネコミミ巫女のフレデリカの、総勢五人が出発した。
「まず要件を整理しましょう」
温泉街へ出た途端、メアリーが計画書を開く。
「ゴールは風邪薬の購入ではなく、セの字の風邪を治すこと。薬のコンバージョンはプロセスにすぎないわ」
「なるほど!」
アニマが、白衣のポケットから、透明な液体が入った瓶を取り出した。
「風邪薬とは、そもそも風邪を治す薬のことだ。では風邪を『治す』とはどういうことか? そう、風邪の原因を取り除けばいいんだよ」
[アニマ。それは爆発物です]
「些細な事を気にするなT-ONE! 錬金術の発展において、多少の尊い犠牲は避けて通れないものなのだよ!」
「アニマ、落ち着きなさい。まだ殺すには早いわ。彼の『のれん代』の償却時期はまだ先よ」
「メアっちも落ち着いて! 風邪薬買うだけだよね!?」
「ボク、帰っていい?」
「フレっちまで! 待って! なんであーしが一番まともなの!?」
パルファの叫びが、朝の温泉街へ響いた。
「朝から元気やなあ」
道端の露店から、呆れた声がした。
小瓶や薬包を並べていたのは、褐色肌のダークエルフだった。
白銀の長い髪。尖った耳。見た目は十八歳ほどだが、五人を見渡す目には落ち着きがある。
「風邪薬、探してんの?」
「そう! そうなの! 普通に風邪薬を探してんの!」
パルファが露店へ駆け寄った。
「患者は何歳くらい。熱はいつから。咳は? 水分と食事は取れてる?」
「二十三歳。発熱を確認したのは今朝。昨夜は温泉へ入ったあと、深夜まで起きていたわ。食事は昨夜、水分は今朝からほとんど取れてない」
メアリーが、計画書ではなく患者の情報を答えていく。
[最終計測時の体温は、平熱より三・八度高い状態でした]
「それ先に言ってや」
[質問されませんでした]
「ティーっちまで、いつもの感じ出さなくていいから!」
「なんでもいいから、もうちょい詳しく聞かせて。何ならウチも診にいこか?」
「……まともな人だぁ……!」
パルファはダークエルフの両手を取り、滂沱の涙を流した。
「なんやねん」
「話が通じる! 目的が風邪薬のまま進んでる!」
「風邪薬買いに来たんやろ?」
「そうなの! それだけなの!」
ダークエルフは、泣きじゃくるパルファから、残る四人へ目を移した。
「……ほんまに、ウチが直接診た方が早そうやな」
◇
「あかん。これ最悪、死ぬで」
宿へ戻ったダークエルフ――旅の薬売りのミナは、セロの額から手を離した。
脈を取り、瞼を開き、胸へ耳を当てて呼吸を確かめる。その間、さっきまで騒がしかった一同は誰も口を挟まなかった。
部屋の空気が止まった。
朝よりも顔色が悪い。呼吸は浅く、呼びかけても目を開けない。
ミサキとアイは、すでに布団から出ていた。ミサキは枕元へ座り、アイは何度も冷たい布を替えている。
「……それは、困ります」
ミサキの声から、いつもの殺人めいた軽さが消えていた。
アイの星の瞳からも、明るさが消える。
「助ける方法はありますか」
「ある。せやけど、ウチの手持ちだけやと足らん」
ミナは薬箱を閉じた。
「近くの洞窟に、熱冷ましに使える特殊なキノコが生えとる。それがあれば薬を作れる」
「取ってくるまで、どれくらい持ちますか」
「今すぐどうこうやない。せやけど、夜までに薬を飲ませたい」
「でしたら、話は早いです」
ミサキは即座に立ち上がった。
「場所は?」
「洞窟の奥や。枝道も多いし、崩れやすい。地下に詳しいドワーフがおったらええんやけど」
「探しましょう」
「アイも行きます」
二人とも、セロのそばへ残るとは言わなかった。
今は、そばにいることより、助けることを選んだ。
宿の者へ水と冷却用の布を託し、容態が変わればすぐ知らせるよう頼む。
そして九人は、ドワーフを探しに街へ出た。
◇
「洞窟なのだ? 任せるのだ!」
ドワーフは、驚くほど簡単に見つかった。
市場の隅で修理屋兼アクセサリー売りをしていた、小柄なドワーフのメーガンだった。
小柄でがっしりした身体。銅色の髪は、足元近くまで届く巨大なドリルツインテール。そばかすの浮いた顔で、工具箱を背負っている。
露店には、金属の留め具、革紐、宝石の飾り、修理済みの鍋まで並んでいた。ちょうど客から預かった壊れたランタンへ、新しい蝶番を取りつけているところだった。
派手な魔法の光はない。小さな金槌を二度振るうと、歪んでいた蓋がぴたりと閉じる。
「直ったのだ! 次から無理やり閉めたらダメなのだ!」
客を送り出したメーガンへ、メアリーが事情を説明した。
「人命がかかってる。案内と安全確認を頼める?」
「メーガンにおまかせなのだ! 洞窟は岩と風を見れば、だいたいわかるのだ!」
メアリーが報酬条件を説明し終えるより早く、メーガンは露店を畳み始めた。
こうして、セロを除く九人の女たちが洞窟へ向かうことになった。
「旦那様が待ってます! 急ぎましょう!」
「患者を旦那様呼びするん、やめーや。話がややこしなる」
「アイさんの配偶者ではありません。私の扶養者です」
「ミサキ、それ後でええやろ。結婚する前に後家になってまうで」
ミナは二人をまとめて、面倒くさそうに見た。
その後ろで、パルファが再び涙を流し、頷いていた。
◇
洞窟の中は、冷たく湿っていた。
先頭を歩くメーガンが、時々ランタンの火を止め、流れる風を頬で確かめる。
「右なのだ。左は奥で行き止まりになってるのだ」
「見ただけでわかるん?」
「風が戻ってこないのだ!」
パルファの問いへ答えながら、岩壁の亀裂も一つずつ確認していく。
「ふむ。分岐が多いなら、壁を爆破して最短経路を――」
「ここで爆発させたら崩れるのだ!」
メーガンがアニマの瓶を両手で押し戻した。
「見たまえ。この量なら、壁だけを除去できる」
「天井も一緒に落ちるのだ!」
[メーガン様の判断を支持します]
「二対一だね、アニマ」
「多数決は科学ではないぞ!」
フレデリカは欠伸をしながら、T-ONEの後ろを歩いていた。
さらに奥へ進むほど、洞窟は広くなった。
メアリーが帰路を見失わないよう壁へ印を残し、パルファは崩れそうな足場へ護符を貼る。T-ONEはアニマの手から危険な瓶を回収しながら、最後尾のフレデリカまで全員がいることを確かめていた。
セロの指示はない。
それでも九人は、止まらず洞窟の奥へ進んだ。
「あったで!」
ミナが足を止めた。
洞窟の奥。青白く光るキノコが、岩の隙間へ群生している。
「これでセロっち助かる!?」
「これだけあれば十分や。袋あるか? これは日光を当てるとすぐダメに――」
地面が、揺れた。
群生していたキノコが、まとめて持ち上がる。
岩だと思っていた塊が立ち上がり、巨大な菌傘が洞窟の天井近くまで開いた。
その下から、太い二本の脚が生える。
巨大なキノコ型の魔物が、九人を見下ろした。
「マタンゴや」
ミナが低く言った。
「殺りますか?」
ミサキは呪術人形を持ち上げた。
けれど、敵のレベルを五の倍数へ動かすセロの歌は、ここにはない。
「――ええ」
メアリーがナイフを抜いた。
「キノコを回収して、全員で帰るわよ」
◇
そのころ宿では、セロが一人、布団の中でうなされていた。
「――あれ?」
「今回……俺、一言も話してなくない?」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話はここまでです。初の三人称。主人公不在で進むお話でした。
次の話も、セロはお休みです。ヒロインズが挑む、絶対に負けられない戦い。どうぞお楽しみに!
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