第11話「踊り子魔族にいきなり求婚された件について。ボロンもあるよ!」
ぱち。
ぱち、ぱち、ぱち。
六人分の抗議が雪山へ響いた直後、暗闇から拍手が聞こえた。
俺たちは、一斉にそちらを見る。
「こんにちはー☆」
雪原から、少女が歩いてきた。
十八歳くらいに見える、中性的な顔立ち。細身で、胸元がわずかに膨らんでいる。短い髪が冷たい風に揺れ、その奥で、星を浮かべたような瞳がきらきらと輝いている。
色鮮やかな布を重ねた踊り子らしい衣装に、白い毛皮の短い外套。その頭には、羊を思わせる角が二本、ゆるく湾曲して伸びていた。
――魔族。
ミサキが小さな呪術人形を取り出す。得意の呪術《五刻殺》の構えだ。
風水師のパルが、護符を派手なネイルのついた指に挟む。参謀役のメアリーは、立ち上がりながらナイフへ手をかけた。
美女ゴーレムのT-ONEが、生みの親の錬金術・アニマの前に立つ。両手を広げ、バリアを展開しようとした。
「待ってください! 物騒ですね!」
「魔族が夜の野営地へ拍手しながら出てきたんだぞ!」
「歌、よかったですよ! 一人を除いて、みんな個性的で!」
「その一人って、俺だよね?!」
リュートを構え、弦を鳴らす。
足を滑らせることを狙った、速度上昇の歌。
相手が敵なら、抵抗できない強化だ。歌い始めた瞬間から、必ずかかる。
けれど。
歌の魔力は、少女へ引っかからなかった。
外した?
いや、違う。敵へのバフは、確実にかかる。
「……敵じゃ、ない?」
「もー! 最初からそうですよ! アイはセロくんの敵じゃありません!」
「俺の名前を知ってるのか?」
「もちろんです! アイです! 踊り子をしています! 魔族です! パパはバアルです!」
明るい調子で、一気に言った。
「バアルって」
「魔王バアルです!」
「魔王の娘!?」
「はい!」
全員が、もう一度身構えた。
「だから、待ってください! アイはパパに言われて来たんじゃありません!」
「じゃあ、なんで俺を知ってるんだよ」
「パパたちが、勇者パーティの情報を集めてたんです。敵にしか歌が効かない黒髪の吟遊詩人がいたけど、今は追放されてるって聞いて――」
アイは、星の瞳をさらに輝かせた。
「好みかもって思いました! しかも、もう勇者パーティじゃないなら、フリーじゃん☆」
「フリーって、『所属してない』って方の意味だけだよね?!」
「違いますよ! だから探しに来ました!」
「魔王の命令は?」
「ないです!」
「魔王軍の作戦は?」
「関係ありません!」
「完全に私用!?」
「はい!」
迷いがなかった。
……でも、俺の歌で証明できたのは、敵じゃないってところまでだよな。
「じゃあ、なんなんだよ。敵じゃないなら」
「お嫁さんです!」
「え?」
「セロの、お嫁さんになりに来ました!」
「どこから出てきた!?」
アイが、まっすぐ俺へ駆けてきた。
止める間もなく、腕へぎゅっと抱きつかれる。
「会いたかった、旦那様♡」
「誰が旦那様だ! あと近い!」
「アイ、セロくんのこと、今までで一番好み♡」
「実物を見てからまだ一分も経ってないよ!?」
「じゅーぶんです!」
「何で!?」
「二百年の経験です!」
「二百歳!?」
「まだ若いですよ?」
「レベルはいくつですか?」
ミサキが呪術人形を持ったまま聞いた。
「ミサキ!?」
「確認です」
「何の!?」
「五の倍数かどうかの」
「呪殺の確認じゃないか!」
その横で、パルがアイを熱心に眺めながら、何度もうなずいていた。
「あーし、アイっちけっこう好きかも。パパの命令じゃなくて、自分の好みだけでここまで来るの、ギャルマインドあるじゃん!」
「ありがとうございます!」
[アニマ。Dモード――Destroy Tへの移行を提案します]
「待ちたまえT-ONE! 敵性反応はないんだろう!?」
[はい。しかし、マスター・セロへの接触が過剰です]
「その理由でデストロイTを出すな!」
「そうよ。現時点であの子がセロの配偶者であるエビデンスがないわ」
メアが眼鏡を押し上げた。そういう話はしていないと思う。
ふと、反対側の腕に何かが触れた。
フレデリカが、さっきまでより少しだけ近くに座っている。
黒い猫耳は横を向き、尻尾が雪を、ぱし、ぱし、と叩いていた。
「……他の女のにおいがする」
「今、目の前にいるからね! 周りにも何人もいるし!」
「あれっ☆ この子もセロくんのお嫁さんですか?」
「違う!」
「違う」
俺とフレデリカの声が重なった。
「ほら、本人も――痛っ!?」
フレデリカの尻尾が、俺の脛を叩いた。
「なんで!?」
「別に」
その間も、アイは俺の腕へぴったり身体を寄せていた。
「だから、近いって。あと……なんか当たってる」
「?」
むく。
むくむくむく。
「…………」
「…………」
腰布の隙間から、
ボロン。
「そっちかよ!!!!」
星空の下、誰も動かなかった。
メアリーの顔が、耳まで真っ赤になる。眼鏡を直そうとして、二度も指を空振りした。
フレデリカの尻尾が止まった。
パルは口を開けたまま固まり、ミサキだけが、いつもと同じ顔で見ている。
「ほほう!!」
アニマの眼鏡が、焚き火を反射して光った。
「男女双方の形質を備えているのか! 実に興味深い! 観察させてくれたまえ!」
「いいですよ!」
「触診は!?」
「それは相談です!」
「解剖は!?」
「ダメです! 死んじゃいます!」
「そこは普通なんだな!」
アイは俺の腕を離し、何事もなかったように腰布を直した。
「お、お前……女の子じゃなかったのか?」
「女の子です!」
「でも今、明らかに――」
「男の子でもあるんです!」
「どっち!?」
「アイはアイです!」
両手を腰へ当て、胸を張る。
あまりにも堂々としていて、混乱している俺の方が間違っている気がしてきた。
「もう! アイは本当に女の子でもあるんですよ! そんなに信じられないなら……」
アイが、俺の手を取る。
自分の腰へ引こうとしながら、星の瞳を細めた。
「……確認、しちゃいますか?♡」
「しないしないしない!!」
全力で手を引いた。
「えー☆」
「会ったばかりだぞ!」
「じゃあ、まずはお試しでもいいですよ!」
「何を試すんだよ」
「アイ、経験あるので、ちゃんとリードできます!」
「安心できる要素が一つもない!」
アイは、にっこり笑った。
「セロくん☆ 結婚を前提に――同衾しよ♡」
「順番!!!!」
そのとき。
ざばああああああん!!
凍った湖が、内側から爆発した。
氷の破片が夜空へ舞う。
割れた湖面から、巨大な魚影が飛び出した。
昨日――いや、ほんの数時間前にミサキが殺したサーモンとは、比べものにならない。頭だけで俺の背丈ほどある。銀色の巨体が月明かりを弾き、氷の上へ落ちるたび、岸まで地面が揺れた。
「なんだ、あれ……」
メアリーが、荷物の中から周辺の生態資料を引っ張り出す。
「湖の主よ」
「主?」
「――スーパーアトランティックサーモン」
「スーパー」
「昨日殺した鮭の弔い合戦でしょうか」
「数時間前だし、魚にそういうのあるの!?」
スーパーアトランティックサーモンの巨大な目が、ぎょろりと動いた。
俺たちの前を通り過ぎる。
そして、アイを見た。
「アイも手伝いますね☆」
アイが外套を脱ぎ捨てる。
薄い布が、夜風に広がった。
一歩、雪を踏む。
腕を広げ、腰をひねる。
鈴の音とともに踊り始めた瞬間、俺たちの視線まで、吸い寄せられるようにアイへ集まった。
魚も同じだった。
その大きな目が、アイの動きだけを追う。
巨体が跳ねた。
真っ直ぐ、アイへ向かってくる。
「なるほど。狙いを自分へ固定できるのね」
メアリーが一瞬で周囲を見回した。
「パルの字、進路を一本に絞って! ティーの字は、その先へ障壁! セの字は速度を上げる!」
「敵を速くするの!?」
「曲がれないくらい速くするのよ!」
「それなら得意だ!」
「アイっち、そのままこっち!」
パルが雪へ二枚の護符を貼った。
「――急急如律令!」
地面がうねり、左右の雪が盛り上がる。
湖から岸へ、二本の雪壁に挟まれた真っ直ぐな道ができた。
その突き当たりに、T-ONEが立つ。
[絶対障壁を展開します]
青白い壁が、T-ONEの周囲に展開された。
アイは踊りながら、障壁の前へ下がっていく。
スーパーアトランティックサーモンが、雪の道へ飛び込んだ。
俺はリュートをかき鳴らす。
敵の速度を上げる、即効の歌。
銀色の巨体が、一気に加速した。
「アイ!」
「はーい☆」
衝突の寸前。
アイがくるりと回り、横へ跳ぶ。
鮮やかな布だけが残像のように宙へ残った。
魚は、もう止まれない。
どごおおおおおん!!
頭から、絶対障壁へ激突した。
青白い光が大きく揺れる。
スーパーアトランティックサーモンは雪原を跳ね、腹を上にして転がった。
びたん。
一度だけ尻尾を動かし、そのまま止まる。
[生命反応の停止を確認]
「勝った!」
「やりましたね、セロくん!」
アイが駆け戻ってくる。
その場にいたから一緒に戦い、まるで最初から仲間だったみたいに、俺たちの連携へ混ざっていた。
「アイっち、マジやば! あれ、全員アイっち見ちゃうやつ?」
「見てほしい相手には、だいたい見てもらえます!」
「踊り子の能力って、そういう使い方するものだっけ」
「知りません! でも勝ったので大丈夫です!」
「セロさん」
ミサキが、倒れた巨大魚を見た。
「これ、食べきれますか?」
「そこ!?」
そのとき。
ずしん。
雪原が揺れた。
ずしん。
森の奥で、何本もの木が倒れる。
黒い塊が、月明かりの下へ姿を現した。
熊だった。
ただし、立ち上がれば十八メートルはある。
「……メア」
「――ウルトラグリズリー」
「ウルトラ」
熊の視線は、倒れたスーパーアトランティックサーモンへ向いていた。
鮭が死んだ。
熊が食べに来た。
ただそれだけのはずなのに、大自然の規模がおかしい。
「逃げろ!」
「賛成!」
全員で走った。
◇
どれだけ走っただろう。
森を抜け、岩陰まで逃げ込んだところで、ようやく地面の揺れが遠ざかった。
「ぜえ……全員、いる?」
「います!」
真っ先に答えたのはアイだった。
当たり前のように、俺の隣にいる。
「お前も来たの!?」
「一緒に逃げたので!」
「いや、そうだけど!」
「ところでセロくん、次はどこへ行くんですか?」
「山を越えた先の街だけど」
「じゃ、アイも行きます!」
アイがぴょんと跳ね、元気良く右腕を挙げた。腰の鈴が、しゃらんと鳴った。
「決定事項なの!?」
「はい! 旦那様についていくのは、お嫁さんの役目です!」
「結婚してない!」
「これからします♡」
誰も、仲間になれとは言っていない。
勝手に来た。
勝手に戦った。
勝手に逃げた。
そして、勝手についてくることにしたらしい。
もしかすると、旅の仲間というのは……こうやって、勝手に増えていくものなのかもしれない。
「そうそう、旦那様♡ いいこと教えてあげますね☆」
アイが両手を合わせ、星の瞳を輝かせた。
「次の街は――温泉で有名なんですよ♨」
……なんだろう。次回は温泉回なのに、どうしようもなく悪い予感しかしない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
本日の更新はここまでです!
奴隷市場から猫耳巫女を連れ出し、凍った湖を割り、全員音痴が判明し、最後は魔王の娘に求婚されてボロン。三話分のはずなのに、情報量と人数がだいぶおかしくなってきました。まだ増えるのか、と感じた方――たぶん正常です。
明日も3話更新します。面白かったら、ブックマーク・評価・フォローなどで応援していただけると嬉しいです! 感想・コメントも大歓迎です!
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