第8話 Fランク鑑定士、闇競売をひっくり返す
その夜。
昼間まで荷物だらけだった倉庫は、完全に競売場へ変わっていた。
天井には魔導照明。床には赤い敷物。仮面をつけた客たちが長椅子を埋め、空中には遠隔入札用の魔導カメラまで浮かんでいる。
壁のスクリーンには、会員限定配信のコメント。運び込まれる宝具へ、客たちの視線が集まっていた。
顔は仮面で隠している。
なのに、欲しいものを見る目だけは全然隠れていなかった。
会場の奥には、競売品の控え区画へ続く通路がある。
半開きの扉の向こうに、【出品番号七】の札をかけたニナが見えた。
……いた。
まだ、何かされた様子はない。
ニナの番は、あの盾のあと。
俺が盾の嘘を剥がして、競売を騒がせる。
その隙に、アリアがニナを連れ出す手はずだ。
俺の膝では、黒い荷物が小さくもぞもぞ動いた。
隣のアリアが、その上から指先で撫でている。
「……何してるんだ?」
「集中しているの」
「高級毛皮を撫でながら?」
「落ち着くのよ」
「きゅ」
高級毛皮も同意した。
その時、壇上へ男が現れた。
黒い礼服に、白い手袋。金縁眼鏡。
【黒帆ギルド競売責任者:プライス】
昼間、黒服たちが「支配人」と呼んでいた男だ。
……名前まで値段っぽいな。
「皆様、黒帆市へようこそ」
プライスは、値踏みするような笑顔で客席を見渡す。
「今宵も、価値あるものに正しい値をつける時間でございます」
壁のスクリーンにもコメントが流れる。
《始まった》
《いきなり今日の目玉らしい》
「価値とは、欲しがる者がいて初めて生まれるもの」
「そして、最も高い値をつけた者こそ、その価値を正しく理解した者でございます」
……高い値札がつけば、それが価値になる。
カインも、似たようなこと言ってたな。
「本日の一番札はこちら!」
壇上へ、大盾が運び込まれる。
黒い縁取り。
白く輝く反射紋。
表面には、特級らしい魔力が満ちていた。
「あらゆる魔法を完全に跳ね返す特級防具――《完全反射の盾》でございます」
隣に立つ男の胸には、Aランク鑑定士の銀章が光っていた。
「魔法反射効果、確認済み。Aランク鑑定士ロゼルが、本物と保証します」
《Aランク保証つきか》
《完全反射はレアだな》
プライスが片手を上げた。
「では、皆様の目でもご確認ください」
壇上の魔法使いが火球を放つ。
大盾が白く輝いた。
火球は正面から弾かれ、耐火壁へ飛び返して爆ぜる。
「おおっ!」
「本当に反射した!」
客席が沸く。白い反射光が消えた。
……反射は、あと一回。
黒い布の中で、くーちゃんが小さく唸った。
俺はその背中を、布の上から押さえる。
今、出るか?
いや、まだだ。
手のひらに、じっとり汗が滲む。
「銀貨五千!」
「七千!」
「一万!」
「一万二千!」
値段が跳ね上がるたび、プライスの笑みが深くなっていく。
「素晴らしい!」
壇上の盾を示す。
「価値とは、こうして証明されるのでございます」
ほかに手を上げる客はいない。
プライスが落札槌を持ち上げた。
「では、銀貨一万二千枚で――」
「待った!」
槌が止まった。
会場中の視線が、俺へ集まる。
俺は立ち上がり、壇上の盾を指した。
「その盾、本物の完全反射じゃないぞ」
プライスの笑みが、わずかに固まった。
……よし。止めた。
全員の目は、こっちを向いた。
問題はここからだ。
フェイクコートを剥がすには、あの盾に触らないといけない。
……どうやって壇上まで行く?
「……お客様。入札以外の発言はご遠慮ください」
「落札したあとに言っても遅いだろ。銀貨一万二千を払ったあとじゃな」
客席がざわつく。
「落札の邪魔をするなよ」
「……鑑定士か?」
プライスの視線が、俺の胸元へ落ちた。
鑑定士章を見て、金縁眼鏡の奥の目が細くなる。
「なるほど。お客様も鑑定士でいらっしゃいましたか」
「失礼ながら、その章は……Fランクでよろしいでしょうか?」
「そうだけど」
客席から笑いが漏れた。
昨日も、同じように笑われた。
でも今は、それより壇上へ上がる方法だ。
プライスは、わざと申し訳なさそうに頭を下げる。
「これは失礼。Aランクの保証に、Fランクが異議を唱えるとは」
……こいつ、俺を馬鹿にしたくて仕方ないらしい。
だったら。
「本物なんだろ?」
俺は壇上の盾を指す。
「なら、Fランクが近くで見たって困らないよな」
プライスが鼻で笑った。
「そこまで仰るなら、どうぞ直接お確かめください」
……よし。乗ってくれた。
俺はくーちゃんを抱き、壇上へ上がった。
そして、黒い布を開く。
「くーちゃん、いくぞ!」
くーちゃんが客席へ顔を出した。
「きゅーん!」
《犬!?》
《ポメラニアン?》
《なんで競売に犬w》
ボーロを一粒差し出す。
もぐ。
白い光が、競売場へ広がった。
《光った!?》
《待て、昨日の配信で見たやつじゃね?》
《……犬付きFランク鑑定士か?》
「何をしている!」
プライスの声が、初めて荒れた。
「鑑定だよ。Fランクのな」
俺は白い光の中で、盾を見る。
【表面評価:完全反射の盾】
【本来評価:中古騎士盾】
【偽装要因:フェイクコート】
【剥離可能】
「見えた」
盾を覆う薄い黒膜。
その上に、三枚の黒いラベルが貼りついていた。
【特級宝具】
【完全反射】
【魔法反射】
「剥がすぞ、くーちゃん」
「きゃん!」
盾へ手を置き、黒いラベルの端を掴む。
一気に引いた。
べりっ。
三枚のラベルが、フェイクコートごと剥がれ落ちた。白い光の中で砕け、黒い粒となって消える。
だが、盾の見た目は変わらなかった。
豪奢な外見も、そのままだ。
客席の何人かが、声を上げる。
「何が変わった?」
「盾は同じだぞ」
プライスの顔にも、余裕が戻る。
「犬まで光らせて、何をするのかと思えば……ただの演出ですか」
「なら、もう一度鑑定すればいい」
俺はロゼルを見る。
「あんたAランクなんだろ?」
客席の視線が、一斉に集まった。
ロゼルが盾へ鑑定光を向ける。
その目が、わずかに見開かれた。
「……これは」
「鑑定結果を言え」
「しかし、この表示は……」
ロゼルは口を開かない。
《言いよどんだ》
《どうしたん?》
……まずい。
これじゃ、まだ決定打にならない。
「くだらん!」
プライスが声を張り上げた。
「鑑定結果など、実物の性能の前では意味を持ちません!」
プライスが魔法使いへ視線を送った。
「そこまで疑うのであれば、もう一度お見せしましょう!」
盾役の男が大盾を構える。魔法使いが杖を向けた。
……そっちからやるのか?
「発射!」
火球が放たれ、盾へ迫る。
白い反射光は――出なかった。
……やっちまったな、プライス。
ドンッ!
火球が大盾へ直撃した。
爆炎が壇上を包み、盾役の男が大盾ごと後ろへ吹き飛ぶ。
《反射してないぞ!》
《え、偽物なん?》
客席がざわめく。
プライスは、口を開いたまま動かなかった。
「そんなはずは……」
プライスの顔が引きつる。
「今のは、何かの間違いです!」
客席のざわめきは収まらない。
プライスが振り返った。
「ロゼル! お前の鑑定ではどうなんだ!」
ロゼルの顔が強張る。
「先ほどの鑑定結果は……《中古騎士盾》でした」
会場から音が消えた。
「魔法反射能力は、ありません」
ロゼルが顔を伏せる。
《おいおい、まずいんじゃね》
《Fランクの言ったことが本当だった》
まだ足りない。
アリアが動けるくらい、客の目をこっちへ集める。
「この盾だけだと思わない方がいい」
俺は出品台を指した。
「その指輪も、鎧も、杖も。全部調べ直した方がいい」
客たちが、一斉に立ち上がった。
「俺が買った《雷帝の指輪》は!?」
「《竜鱗鎧》も鑑定し直せ!」
「過去の品物は大丈夫なのか?」
プライスが、客席から一歩退いた。
「配信を止めろ!」
黒服たちが魔導カメラへ走る。
だが、スクリーンのコメントは止まらない。
《黒帆市、全部怪しくね?》
《過去の商品も調べろ》
《これ過去分まで燃えるぞ》
客たちが黒服へ詰め寄り、会場中の視線が壇上へ集まった。
仮面の奥で、アリアと目が合った。
「今だ、アリア!」
アリアが仮面を外した。
黒い外套が足元へ落ち、深紅の髪が魔導照明の下へ広がる。
「値段だけは、特級だったわね」
アリアが笑い、アステリアの柄へ手をかけた。
今度は、離さなかった。




