第7話 ブラックギルド潜入、黒い荷物は高級毛皮らしい
黒い倉庫街へ入る前から、音が聞こえた。
金属がぶつかる音。
木箱が崩れる音。
それから、黒服の男が短く叫ぶ声。
「もう始めてるのかよ!」
「きゃん!」
くーちゃんが速度を上げた。
正直、こういう連中とは一生関わらずに済ませたかった。
勇者との公開決闘だけでも、俺の人生には十分すぎる。その翌日にブラックギルドへ潜入する予定なんて、もちろん立てていない。
……雇い主が先に突っ込んでいなければ。
倉庫の入口へ着くと、黒服が五人、石畳に転がっていた。
……五人。
俺たち、けっこう全力で走ってきたんだけどな。
全員、生きている。
武器だけが刃元から斬られ、意識だけ綺麗に飛ばされていた。
「アリア!」
入口の奥で、アリアが壁へ手をついていた。
呼吸が荒い。袖口から覗く右腕には、黒い紋様が広がっている。
「……船に乗れと言ったはずよ」
「専属契約だからな。雇い主を置いていけないぞ」
「私は、ニナを取り戻してから戻るつもりだったのよ」
戻るといっても、白い船はもう出た頃だ。
次の便は七日後。別の足がいる。
そういえば、こいつらは人間まで商品として扱っている。
なら、それを運ぶ手段だってあるはずだ。
……この倉庫の中に、聖女港へ向かう次の足があるかもしれない。
アリアが一歩踏み出した。
その足が崩れた。
慌てて肩を支える。
「一旦、止まれって」
「……分かっているわ」
そう答えながらも、視線は倉庫の奥から動かない。
……分かってる人間の顔じゃないな。
足元では、くーちゃんが倒れた黒服の腹の上へ乗っていた。
「くーちゃん。そこに乗らなくても、しばらく起きないぞ」
「きゅ」
動く気はないらしい。
アリアが、わずかに口元を緩める。
「制圧役が板についているわね」
くーちゃんの尻尾が得意げに揺れる。
俺は倉庫の奥を見た。
「正面から突っ込んだら、今度こそニナを盾にされる」
「なら、どうするの?」
倒れている黒服へ目を落とす。
「正面から行くのをやめる」
「……服を借りるのね」
「返す予定はないけどな」
黒服たちを空き部屋へ縛り、黒い外套を二枚拝借した。
俺には少し大きい。
アリアは深紅の髪がまるで隠れていない。
「その見た目で黒服は無理がないか?」
「なら、あなたが前を歩きなさい」
「俺、黒服っぽく見えるか?」
アリアが俺を上から下まで見る。
「……下っ端には見えるわ」
「役職まで決めるなよ」
「幹部には見えないもの」
最後に、くーちゃんをどうするかという問題が残る。
「犬連れの黒服は、さすがにいないよな」
くーちゃんは倉庫の隅へ走り、黒い荷布を自分でくわえて戻ってきた。
「……お前、今の話分かってたのか?」
「きゅーん」
頭から荷布をかぶり、小さな黒い塊になる。
「荷物ということにしましょう」
「きゅ」
荷物が返事をした。
「返事する荷物は駄目だろ」
俺は黒い塊を抱え、倉庫の中へ入った。
通路を進むと、向こうから黒服が一人歩いてくる。
男は俺の腕の中を見て、眉を寄せた。
「おい。その荷物、毛が出てるぞ」
……うわ、やば。
布の隙間から、ふわふわの尻尾が少しはみ出していた。
「高級毛皮よ」
アリアが、一拍も置かずに答える。
「きゅ」
「今、鳴かなかったか?」
「高級だからよ」
……押し切る気だ。
「……そうか。傷つけるなよ。奥へ運べ」
男は納得して通り過ぎた。
案外いけたな。
俺は声を潜める。
「高級だと鳴くのか?」
「今、通れたでしょう」
生きている高級毛皮は、布の中で尻尾を振っていた。
通路が二つに分かれる。
足を止めると、腕の中の黒い荷物が右へ傾いた。
布の隙間から、小さな鼻が出る。
「そっちか?」
「きゅ」
「了解。今日のお前、ずいぶん頼もしいな」
犬ナビで進んでいくと、鉄格子の並ぶ区画へ出た。
その一番奥。
壁際に、小さな人影があった。
ニナだ。
首から黒い札を下げ、膝を抱えて座っている。
【出品番号七】
……は?
人を勝手に番号にするなよ。
アリアの手が、アステリアへ伸びる。その手の甲を、上から押さえた。
「だめだ」
「目の前にいるのよ」
「分かってる。でも、今はまずい」
格子の周囲には、黒服が四人。通路の先からも、何人もの足音が聞こえている。
「ここで暴れたら、出口を塞がれる。最初に盾にされるのはニナだ」
「なら、どうしろと言うの?」
アリアの声に、焦りがにじんだ。
「待つ」
「……待つ?」
「助けるためにだ。こいつらをひっくり返せるものを探す」
アリアは、少しだけ俺を見つめた。
「……今回は引かないのね」
「今日はちょっと腹が立ってるからな」
アリアは鉄格子の奥のニナを見る。
指が一本ずつ、アステリアの柄から離れた。
「……分かったわ」
「あなたのやり方で、助けてみせて」
***
しばらく、俺たちは積み上げられた木箱の陰から倉庫を見ていた。
黒服の人数。奥へ続く通路。外へ通じる扉。
一つずつ、頭へ入れていく。
……とは言ったものの。
ひっくり返せそうなものは、まだ何も見つからない。
アリアは何度も、ニナのいる区画を振り返った。
「いつまで待つの?」
「……もうちょっと」
「さっきはずいぶん自信ありそうだったけれど」
「あれは、その……勢いだ」
アリアが無言で俺を見る。格好つけるもんじゃないな。
その時だった。倉庫の大扉が開いた。
黒服たちが、豪奢な大盾を運び込んでくる。
黒い縁取り。中央には、白く輝く魔法紋。
「一番札は、中央へ置け!」
「客が入る前に、実演まで終わらせろ!」
木箱がどかされ、長椅子と番号札つきの武器や防具が並べられていく。
……競売?
ここ、ただの倉庫じゃないのか。
今夜、このまま競売場になるらしい。
「七番は盾の実演が終わってからだ! 傷もつけるなよ!」
ニナの首に下がっていた七番札――あれは、競売の出品番号だったのか。
少なくとも、今すぐ何かされるわけじゃなさそうだ。ニナの番は、あの盾のあとか。
黒服たちは、大盾を競売台の中央へ固定する。
「フェイクコートは塗ってあるか?」
「ああ。鑑定表示は特級。反射も三回分残ってる」
別の男が、盾の表面を覗き込む。
「競売には鑑定士もいるだろう。大丈夫なのか?」
男は鼻で笑った。
「クロウ様の【フェイクコート】なら、表示も能力も本物に変わる。鑑定士が見たって、特級としか読めねえよ」
クロウ。ここでその名前が出てくるのか。横を見ると、アリアの目が鋭くなっていた。
黒服の一人が盾の前へ立つ。
別の男が、火球を放った。
大盾が白く光り、火球を弾き返す。
壁へ逸れて爆ぜた。
「よし! 反射も問題なしだ!」
「これなら銀貨一万は固い!」
俺も盾へ鑑定を向ける。
【完全反射の盾】
【等級:特級】
【効果:魔法反射】
表示も、能力も、本物に見える。
だが、腕の中でくーちゃんが低く唸っている。
「うう……」
黒服たちが離れるのを待ち、木箱の陰で荷布を少し開く。
「よし、頼めるか?」
ボーロを一粒、差し入れる。
もぐ。
黒い荷物が、内側から白く光った。
……やばい、目立ちすぎるか。
アリアが慌てて、その上から外套を重ねる。
「高級だからよ」
「誰も聞いてないぞ」
アリアの手が、一瞬止まった。
「……先に答えただけ」
「その言い訳、気に入ってたのか?」
「一度は通ったもの」
くーちゃんの白い光の中で、視界が切り替わる。
盾の表面に、薄い黒色の膜が浮かび上がった。
【表面評価:完全反射の盾】
【偽装要因:フェイクコート】
【一時付与:魔法反射】
【本来評価:中古騎士盾】
【剥離可能】
「フェイクコート……」
本来は、中古の騎士盾だ。
悪い盾じゃない。ただ、特級じゃないだけだ。
その上に特級の評価と魔法反射を貼りつけ、銀貨一万で売る。
……そういうことか。
やっぱりこいつら嫌いだ。
中古の盾を特級にする。人間は七番にする。
何でも、自分たちの都合のいい値札に変えるのかよ。
視線を横へ滑らせる。
杖にも、鎧にも、短剣にも、同じ黒い膜が浮かんでいた。
……全部か。
さっきまで探しても見つからなかった穴が、商品として並んでいた。
「アリア、見つけた」
「ひっくり返せるもの」
「……さっきまでとは、ずいぶん違う顔をするのね」
「今度は勢いじゃないからな。こいつら、自分でひっくり返す舞台を用意してくれた」
アリアの視線が、俺から盾へ移る。
「……今夜の競売ね」
くーちゃんへ目を落とす。
「いけるよな?」
「きゅ!」
あいつらが勝手につけた値札だけは、俺が剥がしてやる。




