↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/33

第7話 ブラックギルド潜入、黒い荷物は高級毛皮らしい

黒い倉庫街へ入る前から、音が聞こえた。


金属がぶつかる音。

木箱が崩れる音。

それから、黒服の男が短く叫ぶ声。


「もう始めてるのかよ!」


「きゃん!」


くーちゃんが速度を上げた。


正直、こういう連中とは一生関わらずに済ませたかった。


勇者との公開決闘だけでも、俺の人生には十分すぎる。その翌日にブラックギルドへ潜入する予定なんて、もちろん立てていない。


……雇い主が先に突っ込んでいなければ。


倉庫の入口へ着くと、黒服が五人、石畳に転がっていた。


……五人。


俺たち、けっこう全力で走ってきたんだけどな。


全員、生きている。

武器だけが刃元から斬られ、意識だけ綺麗に飛ばされていた。


「アリア!」


入口の奥で、アリアが壁へ手をついていた。

呼吸が荒い。袖口から覗く右腕には、黒い紋様が広がっている。


「……船に乗れと言ったはずよ」


「専属契約だからな。雇い主を置いていけないぞ」


「私は、ニナを取り戻してから戻るつもりだったのよ」


戻るといっても、白い船はもう出た頃だ。

次の便は七日後。別の足がいる。


そういえば、こいつらは人間まで商品として扱っている。

なら、それを運ぶ手段だってあるはずだ。


……この倉庫の中に、聖女港へ向かう次の足があるかもしれない。


アリアが一歩踏み出した。

その足が崩れた。


慌てて肩を支える。


「一旦、止まれって」


「……分かっているわ」


そう答えながらも、視線は倉庫の奥から動かない。


……分かってる人間の顔じゃないな。


足元では、くーちゃんが倒れた黒服の腹の上へ乗っていた。


「くーちゃん。そこに乗らなくても、しばらく起きないぞ」


「きゅ」


動く気はないらしい。


アリアが、わずかに口元を緩める。


「制圧役が板についているわね」


くーちゃんの尻尾が得意げに揺れる。


俺は倉庫の奥を見た。


「正面から突っ込んだら、今度こそニナを盾にされる」


「なら、どうするの?」


倒れている黒服へ目を落とす。


「正面から行くのをやめる」


「……服を借りるのね」


「返す予定はないけどな」


黒服たちを空き部屋へ縛り、黒い外套を二枚拝借した。


俺には少し大きい。

アリアは深紅の髪がまるで隠れていない。


「その見た目で黒服は無理がないか?」


「なら、あなたが前を歩きなさい」


「俺、黒服っぽく見えるか?」


アリアが俺を上から下まで見る。


「……下っ端には見えるわ」


「役職まで決めるなよ」


「幹部には見えないもの」


最後に、くーちゃんをどうするかという問題が残る。


「犬連れの黒服は、さすがにいないよな」


くーちゃんは倉庫の隅へ走り、黒い荷布を自分でくわえて戻ってきた。


「……お前、今の話分かってたのか?」


「きゅーん」


頭から荷布をかぶり、小さな黒い塊になる。


「荷物ということにしましょう」


「きゅ」


荷物が返事をした。


「返事する荷物は駄目だろ」


俺は黒い塊を抱え、倉庫の中へ入った。


通路を進むと、向こうから黒服が一人歩いてくる。

男は俺の腕の中を見て、眉を寄せた。


「おい。その荷物、毛が出てるぞ」


……うわ、やば。


布の隙間から、ふわふわの尻尾が少しはみ出していた。


「高級毛皮よ」


アリアが、一拍も置かずに答える。


「きゅ」


「今、鳴かなかったか?」


「高級だからよ」


……押し切る気だ。


「……そうか。傷つけるなよ。奥へ運べ」


男は納得して通り過ぎた。

案外いけたな。


俺は声を潜める。


「高級だと鳴くのか?」


「今、通れたでしょう」


生きている高級毛皮は、布の中で尻尾を振っていた。


通路が二つに分かれる。


足を止めると、腕の中の黒い荷物が右へ傾いた。

布の隙間から、小さな鼻が出る。


「そっちか?」


「きゅ」


「了解。今日のお前、ずいぶん頼もしいな」


犬ナビで進んでいくと、鉄格子の並ぶ区画へ出た。


その一番奥。

壁際に、小さな人影があった。


ニナだ。


首から黒い札を下げ、膝を抱えて座っている。


【出品番号七】


……は?


人を勝手に番号にするなよ。


アリアの手が、アステリアへ伸びる。その手の甲を、上から押さえた。


「だめだ」


「目の前にいるのよ」


「分かってる。でも、今はまずい」


格子の周囲には、黒服が四人。通路の先からも、何人もの足音が聞こえている。


「ここで暴れたら、出口を塞がれる。最初に盾にされるのはニナだ」


「なら、どうしろと言うの?」


アリアの声に、焦りがにじんだ。


「待つ」


「……待つ?」


「助けるためにだ。こいつらをひっくり返せるものを探す」


アリアは、少しだけ俺を見つめた。


「……今回は引かないのね」


「今日はちょっと腹が立ってるからな」


アリアは鉄格子の奥のニナを見る。

指が一本ずつ、アステリアの柄から離れた。


「……分かったわ」


「あなたのやり方で、助けてみせて」


***


しばらく、俺たちは積み上げられた木箱の陰から倉庫を見ていた。


黒服の人数。奥へ続く通路。外へ通じる扉。

一つずつ、頭へ入れていく。


……とは言ったものの。


ひっくり返せそうなものは、まだ何も見つからない。


アリアは何度も、ニナのいる区画を振り返った。


「いつまで待つの?」


「……もうちょっと」


「さっきはずいぶん自信ありそうだったけれど」


「あれは、その……勢いだ」


アリアが無言で俺を見る。格好つけるもんじゃないな。


その時だった。倉庫の大扉が開いた。


黒服たちが、豪奢な大盾を運び込んでくる。


黒い縁取り。中央には、白く輝く魔法紋。


「一番札は、中央へ置け!」

「客が入る前に、実演まで終わらせろ!」


木箱がどかされ、長椅子と番号札つきの武器や防具が並べられていく。


……競売?


ここ、ただの倉庫じゃないのか。

今夜、このまま競売場になるらしい。


「七番は盾の実演が終わってからだ! 傷もつけるなよ!」


ニナの首に下がっていた七番札――あれは、競売の出品番号だったのか。


少なくとも、今すぐ何かされるわけじゃなさそうだ。ニナの番は、あの盾のあとか。


黒服たちは、大盾を競売台の中央へ固定する。


「フェイクコートは塗ってあるか?」


「ああ。鑑定表示は特級。反射も三回分残ってる」


別の男が、盾の表面を覗き込む。


「競売には鑑定士もいるだろう。大丈夫なのか?」


男は鼻で笑った。


「クロウ様の【フェイクコート】なら、表示も能力も本物に変わる。鑑定士が見たって、特級としか読めねえよ」


クロウ。ここでその名前が出てくるのか。横を見ると、アリアの目が鋭くなっていた。


黒服の一人が盾の前へ立つ。


別の男が、火球を放った。


大盾が白く光り、火球を弾き返す。

壁へ逸れて爆ぜた。


「よし! 反射も問題なしだ!」

「これなら銀貨一万は固い!」


俺も盾へ鑑定を向ける。


【完全反射の盾】

【等級:特級】

【効果:魔法反射】


表示も、能力も、本物に見える。

だが、腕の中でくーちゃんが低く唸っている。


「うう……」


黒服たちが離れるのを待ち、木箱の陰で荷布を少し開く。


「よし、頼めるか?」


ボーロを一粒、差し入れる。


もぐ。


黒い荷物が、内側から白く光った。

……やばい、目立ちすぎるか。


アリアが慌てて、その上から外套を重ねる。


「高級だからよ」


「誰も聞いてないぞ」


アリアの手が、一瞬止まった。


「……先に答えただけ」


「その言い訳、気に入ってたのか?」


「一度は通ったもの」


くーちゃんの白い光の中で、視界が切り替わる。


盾の表面に、薄い黒色の膜が浮かび上がった。


【表面評価:完全反射の盾】

【偽装要因:フェイクコート】

【一時付与:魔法反射】

【本来評価:中古騎士盾】

【剥離可能】


「フェイクコート……」


本来は、中古の騎士盾だ。

悪い盾じゃない。ただ、特級じゃないだけだ。


その上に特級の評価と魔法反射を貼りつけ、銀貨一万で売る。


……そういうことか。

やっぱりこいつら嫌いだ。


中古の盾を特級にする。人間は七番にする。

何でも、自分たちの都合のいい値札に変えるのかよ。


視線を横へ滑らせる。

杖にも、鎧にも、短剣にも、同じ黒い膜が浮かんでいた。


……全部か。


さっきまで探しても見つからなかった穴が、商品として並んでいた。


「アリア、見つけた」


「ひっくり返せるもの」


「……さっきまでとは、ずいぶん違う顔をするのね」


「今度は勢いじゃないからな。こいつら、自分でひっくり返す舞台を用意してくれた」


アリアの視線が、俺から盾へ移る。


「……今夜の競売ね」


くーちゃんへ目を落とす。


「いけるよな?」


「きゅ!」


あいつらが勝手につけた値札だけは、俺が剥がしてやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。