第5話 勇者様、聖剣以外もメッキでした
「……は?」
《……え?》
広場は、静まり返ったままだった。
《出てなくない?》
《ファイナルレイは?》
《技名だけだった?》
その向こうで、アリアが小さく肩を揺らした。
「……ずいぶん長い名前ね」
「今そこを拾うか?」
「技が出なかったもの。見るところは、名前くらいしかないわ」
剣聖少女は、意外と容赦がなかった。
俺の腕の中で、くーちゃんがもぞもぞと身をよじる。地面へ下ろすと、そのまま石畳へお腹をぺたんとつけた。
もう戦闘は終わったと思っているらしい。
「違う……」
カインがグランヴァルトを見つめた。
「昨日も使えたんだぞ!」
……そりゃ使えただろう。貼ってあったんだから。
剥がれた黒いラベルの下に、新しい文字が浮かんでいた。
【グランヴァルト】
【評価:上級量産剣】
【状態:良好】
ひとまず、俺の仕事は済んだ。
振り返ると、アリアは片膝をついたままだった。顔色が、さっきより悪い。
……まだ勝ったわけじゃない。
打てる手は打っておくか。
「俺に見えてるのは、これだ」
俺は鑑定結果を、魔導カメラへ共有する。
【評価:上級量産剣】
一瞬の沈黙。
直後、コメントがひっくり返った。
《聖剣じゃなくて量産品!?》
《ファイナルレイ出ないわけだw》
《それで勇者登録、通ったのか?》
カインの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「普通にいい剣だろ。聖剣じゃないだけで」
「ふざけるな!」
カインが剣を振り上げた。
「これはあの人に渡された聖剣だ! お前だって昨日は聖剣と鑑定――」
「ねえ、透矢」
背後から、アリアの声。
アステリアを支えに、どうにか立ち上がっている。
「今なら、私の剣は届くのね?」
「ああ。剣撃無効は、もうない」
アリアが白銀の剣を構える。
「なら、あとは私の仕事ね」
「まだ終わっていない!」
カインが先に踏み込んだ。
聖剣の加護はない。
それでも、速い。
金色の剣がアリアへ迫る。
トン。タン。
拍子のずれた足音。
カインの剣が右へ走る。
アリアは、左にいた。
「《白星一閃》」
白銀の線が、刻まれる。
金色の刀身が、根元から断ち切られた。
刀身が石畳へ落ち、乾いた音を立てる。
カインは折れた柄を握ったまま、片膝をついた。さっきまでのアリアと、同じ姿勢で。
【勇者認定公開決闘・終了】
【勝者:剣聖アリア・ヴァンレイス】
……なんとかなった。
《剣撃無効を消したの、あの鑑定士だぞ》
《昨日カインが捨てた奴じゃん》
アリアは白銀の剣を下ろす。
「結果で証明しろと言ったわね」
カインが顔を上げる。
「あなたが捨てた鑑定士が、私を勝たせたわ」
「Fランクごときに、俺が……」
カインの視線が俺へ向きかけて、すぐに逸れた。
胸の奥が、少しくすぐったい。
……そういうの、本人の前で言うのはやめてほしい。また泣いたらどうする。
アリアは、カインの前で足を止めた。アステリアの切っ先が、静かに喉元へ向けられる。
「約束よ」
これで、ようやく聞ける。
「私の一族を滅ぼし、アステリアを呪った黒幕の居場所を言いなさい」
カインの唇が震えた。
「居場所なんて知らない!」
アリアが、黙ってカインを睨む。
「なら、名前は?」
カインが言葉に詰まった。
「……評定師クロウ、だ」
アリアの目が細くなった。
「クロウ……」
「知っているのか?」
「ヴァンレイスを呪われた一族だと、最初に評定した男よ」
「俺はあいつからグランヴァルトを受け取っただけだ!」
カインが早口になる。
「向こうから接触してきた。今どこにいるかなんて、本当に知らない!」
アリアが一歩出る。
「アリア」
呼ぶと、その足が止まった。
まだこいつから聞けることはある。
「……分かってるわ」
そのとき。
くーちゃんの耳が、ぴくりと動いた。
「きゅ?」
鼻をひくひくさせながら、カインの腰の荷物袋を見る。そのまま近づき、前足で袋を叩いた。
「きゅ!」
カインの顔が、分かりやすく引きつった。
「……まだ何かあるな?」
「めざとい犬だな……」
アリアが無言でカインを見る。
「分かった。出すから睨むな!」
カインは荷物袋を開き、小さな魔導記録片を取り出した。
「クロウと接触した時、念のため記録しておいた。これで全部だ!」
……それを先に出せよ。
俺は記録片を受け取り、魔力を流した。
カインと、もう一人の男の声が再生される。
『……次は、どこへ行くんだ?』
『聖女港だ』
『何をしに?』
『次の評定がある』
短い雑音。
『聖女リリアナだ』
そこで記録は途切れた。
アリアの瞳が細くなる。
「聖女リリアナ……」
これで、次に向かう先は決まった。
俺たちには、それで十分だった。
ただ、三万人の観客はそうでもなかったらしい。
《全部クロウって奴からもらったのか》
《聖剣も偽物だったしな》
《こいつ、本当に勇者なの?》
広場のざわめきが、少しずつカインへの嘲りに変わっていく。
「剣が偽物だったから何だ!」
カインが観客席を睨みつけた。
「俺は、この剣が偽物だなんて知らなかった! 昨日まで俺の配信を見て騒いでたのは、お前らだろ!」
「カイン、取り乱さないで」
広場の端から、イザベラの声が飛んだ。
「偽物だったのは剣よ。実績じゃないわ。論点を切り分けなさい」
カインが顔を上げる。
その目に、わずかに力が戻った。
「昨日、私たちは深層を攻略し、深層竜を討伐した。その配信を見ていた人間は、大勢いるでしょう」
《まあ、それはそう》
《昨日の攻略は、確かに神回だった》
《イザベラ、火消しが上手すぎる》
コメントの空気が、少し戻った。
「……そうだ」
「あれをやったのは俺たちだ!」
折れた剣を握ったまま、立ち上がる。
「クロウだって、俺の強さを見込んだから接触してきたんだ。それに――」
カインの口元に、笑みが戻った。
「俺は、勇者認定局が認めたA級勇者だ!」
そのとき。
ピンポンパンポーン。
場違いなくらい澄んだ案内音が、広場に響く。
カインの笑みが、そのまま固まった。
巨大な魔導板へ、赤い紋章が割り込む。
【勇者認定局・緊急監査通知】
硬い女の声が続く。
『現在配信中の公開決闘において、勇者カイン氏の認定申請と、公開された鑑定結果に重大な不一致が確認されました』
『当局は、申請装備の緊急再鑑定を実施しました』
魔導板へ、二つの結果が並ぶ。
【申請装備:聖剣グランヴァルト】
【認定局再鑑定:上級量産剣・破損】
『再鑑定の結果は、剣聖アリア・ヴァンレイス氏の専属鑑定士、星見透矢氏が提示した評価と一致しています』
「……え?」
まさか、勇者認定局まで動くとは思ってなかった。
しかも今、俺の名前を出したよな。
人員整理。編成変更。
何度、必要ないと言われただろう。
その俺の鑑定に、勇者を認定する側が判を押した。
……なんだよ。そういう認められ方もあるのか。
《Fランクの鑑定のが正しかったのかよ》
《剣聖が専属にしたの正解じゃん》
アナウンスは淡々と続く。
『現在発行中のA級勇者ライセンスを、監査終了まで一時停止します』
【A級勇者ライセンス:一時停止】
……え、聖剣が偽物だと勇者資格まで止まるのか。
「待て!」
カインが魔導板へ叫ぶ。
『深層竜討伐をはじめとするこれまでの攻略実績、関連報酬についても、再審査を開始します』
……いや実績まで!?
《認定局、容赦ないな》
《資格止まったら勇者活動できなくね?》
《勇者様、剣以外もメッキでした》
「違う! 俺は聖剣だと聞かされていた! 騙されたのは俺だ!」
『その点も含め、監査にて確認いたします』
イザベラは、豪奢な金髪を片手で肩の後ろへ払い、赤い通知を見上げた。
「……実績まで再調査。配信記録も洗われるでしょうね」
「イザベラ、お前まで何を――」
「カイン。もう無理よ」
冷たい声だった。
「もう『いつも通り』には戻せないわ」
イザベラはそこで初めて、俺を見る。
「……星見透矢を切った判断。あれが最初の間違いだったのかもしれませんわね」
それだけ言って、イザベラは目を逸らした。
カインは、呆然とその横顔を見つめていた。
アリアが、アステリアを鞘へ戻す。
「もういいわ。この人から聞けることは、聞いた」
それきり、アリアはカインを見なかった。
「聖女港へ行くわ」
「クロウを追うのか?」
「ええ。それに、次は聖女リリアナが狙われている」
足元で、くーちゃんがむくりと立ち上がった。
「行く理由は十分だな」
「ええ。間に合わせるわ」
勇者のメッキは剥がせた。
けれど、アリアの残り時間は、一日減った。
アリアの命が尽きるまで、残り六日。
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次回、聖女港へ。
アリアの残り時間は六日。
ただし――次の船は、七日後。




