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第4話 借り物の評価を剥がしたら、勇者の必殺技が出なくなった

「くーちゃん、いくぞ」


ボーロを一粒差し出す。


「きゅ!」


もぐ。


クリーム色の毛並みから、白い光が広がった。


昨日、俺がグランヴァルトを鑑定した時は、特級の聖剣としか見えなかった。

だが今日は、《本来評価》がある。


白い光が、俺の身体まで包み込む。


「……犬が、光った?」


カインの視線が、くーちゃんへ落ちた。


その瞬間。


トン。

タン。


拍子のずれた足音が二つ鳴った時には、アリアはもうカインの死角にいた。


「《白星一閃》」


カインが振り向く。

遅い。


白銀の刃が、目前まで迫る。


だが、届く直前。

刃が見えない何かに払われたように、外へ滑った。


「……弾かれた?」


アリアは止まらない。

右、左、右。

斬るたびに、刃だけがカインの手前で逸れていく。


《攻撃が通らない!?》

《今の絶対入ってただろ》

《聖剣の加護か?》


「無駄だ」


カインは、一歩も動いていなかった。口元だけで笑う。


「言っただろう。お前の剣じゃ、俺には届かない」


アリアが距離を取る。


「……何かに弾かれているわ」


俺も、グランヴァルトを見る。

くーちゃんの白い光の中、金色の刀身に文字が浮かぶ。


【効果:剣撃無効】


「分かったの?」


「ああ。あいつの剣、剣撃そのものを無効化してる」


カインの笑みが深くなった。


「ようやく気づいたか」


金色の光が、グランヴァルトから溢れ出す。


「お前の剣を退け、竜さえ屠る。これが俺を選んだ聖剣だ!」


「その身で思い知れ!」


横薙ぎの一閃。


金色の衝撃波が広場を走り、アリアの身体が吹き飛んだ。


「くっ……!」


石畳を転がり、片膝をつく。


アステリアは、白銀のままだった。けれど、手袋の隙間から黒い紋様が伸びている。


【進行率:九十三パーセント】


昨日より、また進んでいる。


アリアは立ち上がろうとしたが、腕が震えていた。


《やっぱカイン強え》

《剣聖でも攻撃通らないのか》

《昨日深層竜倒したの伊達じゃないな》


カインが黄金の刀身を、見せつけるように掲げる。


「お前たちは、この聖剣の前じゃ何もできない」


……本当に、そうか?


俺はもう一度、グランヴァルトを見る。


剣撃無効。竜殺し。しかも特級。


三か月前まで、カインはこんな剣を持っていなかった。

ある日突然、「聖剣に選ばれた」と言い出して、そこから急に強くなった。


……出来すぎてないか?


「……待て」


【効果:剣撃無効】の文字の縁が、黒い。


黒いラベルだ。


一枚だけじゃない。

金色の聖剣を覆うように、何重もの黒いラベルが貼りついている。


【偽装評価:聖剣】

【貼付効果:剣撃無効】

【貼付効果:竜殺し】

【剥離可能】


「……なんだよ、それ」


どれも、黒いラベルだ。


「あの聖剣、全部貼り物だ」


アリアの瞳が細くなる。


「剥がせるの?」


「触れられれば」


「私が引きつける。あなたは側面から近づいて」


「いけるのか?」


「今日死ぬ予定はないもの」


アリアが震える腕で、アステリアを構え直した。


カインが鼻で笑う。


「その剣、呪いだけは解けたようだな」


グランヴァルトを肩へ担ぎ、白銀の刀身を見下ろす。


「だが、俺の前じゃただのなまくらだ。何度斬っても届かない剣に、何ができる?」


「そうかしら」


アリアは、アステリアへ一度だけ目を落とした。


「あなたはまだ、この剣が何のために剣聖へ受け継がれてきたのか知らない」


白銀の刀身に、小さな光が灯る。

一つ、二つ。

星屑のような光が、アリアの周囲へ浮かび始めた。


「見せてあげるわ。アステリアの本当の力を」


アリアが、一歩踏み出す。


「《白星・星隠し(アステリア・ミラージュ)》」


トン。

アリアが右へ走った。


タン。

足音は、左から響いた。


「なに?」


カインの視線が、足音のした左へ流れる。

その間に、白銀の剣閃は正面まで来ていた。


グランヴァルトが、それを弾く。

その向こうで、アリアが星屑になって消えた。


その光の一部が、グランヴァルトの鍔へ残る。


「幻影、だと……?」


背後で、また足音が響く。


カインが振り返りざまに聖剣を薙いだ。

金色の刃がアリアの胴を捉える。けれど、その姿も白い光となってほどけた。


《二人いる!?》

《いや、三人!?》

《どれが本物だよ》


右に剣閃。

左に足音。

正面には、アステリアを構えるアリア。


……味方の俺にも、区別がつかない。


「小細工を……!」


聖剣を振るう。

斬るたびに、白銀の残像が星屑へほどけていく。


「馬鹿な……どれが本物だ!」


アリアは答えない。


トン。タン。


拍子のずれた足音と白銀の残像だけが、カインの周囲を巡っていく。


その隙に、くーちゃんを抱えたまま側面へ回る。


「……くだらん」


カインの剣が、ぴたりと止まった。


幻影ばかり追っていた視線が、ゆっくりと俺へ向く。


……俺か。


「本物が分からないなら、守らせればいい」


グランヴァルトを俺へ向けて振り抜く。


金色の衝撃波が、一直線に走った。


「透矢!」


アリアが俺の前へ飛び込む。

白銀の刃が、衝撃波を受け止めた。


今度は、消えなかった。


「見つけたぞ」


カインが踏み込む。


ガキン――!


グランヴァルトがアステリアを押し込み、刃先がアリアの肩を浅く裂いた。

赤い血が落ちる。


「やはりな。ここは守りに来たか」


アリアは、笑った。


「あなたなら、そうすると思ったわ」


「何――?」


鍔に残った星屑が、アステリアの光と繋がった。

白い糸となって、グランヴァルトごとカインの腕へ絡みつく。


一瞬だけ、カインの動きが止まった。


「今よ、透矢!」


叫んだ直後、アリアの膝が石畳へ落ちた。

手袋の隙間から、黒い紋様が伸びている。


【進行率:九十四パーセント】


また、進んだ。


《星隠し》で無茶をしてまで、俺を聖剣の懐へ通した。

戦えない俺に、勝ち筋を預けて。


……失敗しました、じゃ済まないだろ。


「行くぞ、くーちゃん!」


「きゅ!」


くーちゃんを抱えたまま、石畳を蹴った。


Fランク鑑定士が、ポメラニアンを抱えて聖剣の間合いへ突っ込む。

……我ながら、だいぶ無茶な絵面だ。


「貴様――!」


カインが俺に気づいた。

星屑に絡め取られた腕を、力任せに引く。


星屑の糸は、まだアステリアと繋がっている。

引かれたアリアが、石畳を滑った。


「くっ……!」


拘束が、ほどける。


間に合え。


黒いラベルは、もう目の前だった。


カインがグランヴァルトを振り上げる。


「危ない、透矢!」


背後で、アリアが叫んだ。


俺は止まらなかった。


指を伸ばす。

黒いラベルの端を、つまんだ。


「借り物の評価は、返してもらう!」


べり、と。


黒いラベルが剥がれ、聖剣を包んでいた黄金の光が、一瞬だけ揺らいだ。


「貴様、何をした!」


カインが剣を振り払う。

俺はくーちゃんを抱えたまま、どうにか後ろへ飛び退いた。


見た目は、まだ金色の剣だった。でも、黒いラベルはもうない。


……剥がれてる。よな?


カインは、それに気づいていない。


「ちょこまかと、小細工ばかり……!」


カインがグランヴァルトを頭上へ掲げる。


「面倒だ。これで終わらせる」


《あの構え――!》

《出るぞファイナルレイ》

《深層竜をまとめて消したやつだ!》


イザベラが中央の魔導カメラをカインへ寄せる。


「カイン。決めてください」


レンズが自分へ向くのを見て、カインの口角が上がる。


「見届けろ! これが真の勇者の一撃だ!」


グランヴァルトが振り下ろされる。


「《聖剣最終解放――ドラゴンスレイヤー・ファイナルレイ》!」


しん、と。


広場が静まり返った。


極光は、やっぱり出なかった。

光の一粒さえ、浮かばない。


カインは、振り下ろした姿勢のまま固まっている。


……やっちまったな、カイン。

俺なら、今すぐ帰りたい。


カインは、帰らなかった。


グランヴァルトを二度見して、柄を握り直す。

三万人の前で、もう一度、振った。


ぶん、と。


普通の剣が、空を切る。


……せめて、一回目でやめとけばよかったのにな。


「……は?」


《……あれ?》


俺の腕の中で、くーちゃんが退屈そうに小さなあくびをした。

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