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第3話 昨日捨てられた俺を、剣聖少女は三万人の前で専属と呼んだ

「私が一週間後に死ぬからよ」


……一週間。


聞こえた。

でも、意味がまだ頭に入ってこない。


目の前のアリアが、来週にはいない。


「きゃん」


足元で、くーちゃんがボーロ袋を前足で叩いた。


「今それどころじゃ――」


そこまで言って、手が止まった。


ボーロ。

白い光。

黒いラベル。


「……待て」


アステリアは戻せた。

なら、今回だってなんとかできるかもしれない。


「くーちゃん。もう一回、頼めるか?」


ボーロを一粒取り出す。


「きゅ!」


くーちゃんが食べる。

クリーム色の毛並みから、白い光が広がった。

俺の目を、腕を、視界のすべてを包み込む。


また、世界の表面が一枚めくれた。


「腕を見せてくれ」


アリアが左手の手袋を外した。

白い腕に、黒い模様が浮かんでいた。

細い蔓のような紋様が、手首から肘へ向かって伸びている。


俺は黒紋へ鑑定を向けた。


【血統呪詛:死蝕】

【対象:ヴァンレイス血統】

【進行率:九十二パーセント】

【余命推定:七日】

【剥離対象:なし】


……ない。


アステリアの時みたいな、剥がせる黒いラベルがどこにもない。


さっきは剥がせたのに。

肝心のアリアの呪いには、手が届かない。


白い光が消えていく。


「……剥がせない」


俺が言うと、アリアは自分の腕を見下ろした。


「やっぱり、私の死の呪いは外せないのね」


「すまない」


「あなたが謝ることではないわ」


アリアは手袋を戻した。


「それに、まだ終わったわけじゃない。カインが、黒幕への手がかりを持っているわ」


「カインが?」


「決闘を申し込んできた時、あいつは私の余命と、アステリアの呪いについてまで知っていたの」


……それは、確かに怪しい。


「明日、決闘で倒して、全部吐かせる」


アリアは、まるで明日の予定でも決めるように言った。


その目は、余命七日の少女のものじゃない。

獲物の逃げ道を数える、剣士の目だった。


***


翌日。


迷宮都市中央区、ダンジョンギルド本館前。

勇者認定広場は、朝から人で埋まっていた。窓や屋根にまで、見物人が並んでいる。


中央には巨大な魔導板。その上を三台の魔導カメラが飛び、同時視聴者数はすでに三万を超えている。


……聞いてない。いや、人集まりすぎだろ。


魔導板を二度見した。

俺の名前が、でかでかと載っている。


【勇者認定公開決闘】

【形式:二対二・脱落制】

【勇者側:勇者カイン/剣士リック】

【剣聖側:アリア・ヴァンレイス/鑑定士・星見透矢】

【勝者は敗者へ一つ要求できる】


右では、アリアが何事もない顔でアステリアを確認していた。


足元のくーちゃんに、思わず話しかける。


「俺たち、場所を間違えてないか?」


「きゅ?」


くーちゃんはボーロ袋を見ていた。

頼れる相棒は、観客数より朝のおやつを気にしているらしい。


《昨日追放されたFランクだ》

《二対二の一枠に犬付き鑑定士?》

《剣聖側、実質一人じゃないか》


……まあ、そう見えるよな。


向かいにはカインと、剣士リック。

昨日まで同じパーティーにいた魔法士イザベラが、配信担当として三台の魔導カメラを操っていた。


《カイン、昨日深層竜を倒したばっかだろ》

《今日もファイナルレイ、見られるのか?》


……俺を置いていったあと、深層竜まで倒してたのか。


カインが聖剣グランヴァルトへ手を置く。


「俺が勝てば、剣聖の称号はもらう」


「私が勝てば、その聖剣をあなたに与えた男について、知っていることを全部話してもらうわ」


「俺に勝てたらな」


双方の要求が、魔導板へ記録される。


カインが、改めて俺を見た。


「本当にそいつを二人目に入れるのか?」


その一言で、昨日までの俺が戻ってきた。


戦えない。役に立たない。

どうせ俺は、戦力外だ。


「ええ。当然でしょう」


アリアは迷わなかった。


「星見透矢は、私の専属鑑定士よ」


庇う声じゃなかった。

鑑定結果でも読み上げるように、迷いがない。


……アリアは、本気で俺を戦力外だと思っていない。

俺を、頼りにしてくれているのか。


コメントの流れが、一瞬だけ速くなった。


《専属!?》

《昨日捨てられたやつだよな》

《剣聖に拾われてるじゃん》


……まずい。


視界が滲んだ。

頬を何かが伝って、指で触れて初めて、涙だと気づいた。


「……透矢?」


アリアが目を見開く。


「あなた、泣いているの?」


言った本人の方が、驚いていた。


「悪い」


慌てて手の甲で拭う。


「皆の前で、必要だって言われたのは初めてだったから」


広場のどこかから、笑い声が上がった。


《え、泣いてる?》

《拾われて泣くFランクw》

《さすがに情けなくないか》


リックも腹を抱えて笑う。


「おいおい。決闘が始まる前から泣いてんのかよ」


カインも、口元だけで笑った。


「きゃん! きゃん!」


足元で、くーちゃんが激しく吠えた。

クリーム色の毛を膨らませ、二人を睨んでいる。


「くーちゃん、いい。俺は平気だ」


「きゃん!」


平気ではない、と言いたいらしい。


アリアは俺の顔をしばらく見ていた。

それから、カインたちへ視線を戻す。


「笑うところかしら」


声から、温度が消えていた。


カインの眉がわずかに動く。


「何?」


「必要だと言われて嬉しかった。それだけでしょう」


アリアの手が、アステリアの柄へ触れる。


「それを笑う理由が、私には分からないわ」


カインは肩をすくめた。


「くだらない。Fランク一人に、いつまで時間を使うつもりだ」


聖剣の柄へ手をかける。


「決闘を始めるぞ」


アリアの目が、わずかに細くなった。


「そうね」


アステリアの柄を握る。


「話はここまで。あとは、結果で証明するわ」


決闘開始を告げる鐘が鳴った。


だが、カインが動くより先に、リックが一歩前へ出た。


「カイン、お前が出るまでもねえよ」


剣を抜き、肩へ担ぐ。


「戦えない上に、必要だと言われただけで泣くFランクだぞ?」


リックが俺を指し、口元を歪めた。


「そんな奴を二人目に入れる剣聖なんて、大したことねえ。俺一人で証明してやるよ」


カインは止めなかった。


「好きにしろ。三十秒で終わらせろ」


「十五秒でいい」


リックが剣先をアリアへ向ける。


「まずは、その泣き虫を守りながら俺を倒してみろよ」


アリアの目が、細くなった。


「あなたの名前は?」


「……は?」


「倒したあとでは、聞けないでしょう」


「リックだ! 剣士リック・ハルト――」


「そう」


静かな声だった。


「相手が悪かったわね、リック」


「舐めんな――!」


リックが石畳を蹴る。

正面から、剣を振り下ろした。


その瞬間、奇妙な足音が響いた。


トン。タン。


拍子がずれる。

リックの視線が、音のした右へ流れた。

剣が、空を斬る。


アリアは、左にいた。


抜かれていないアステリアの鞘が、リックの顎を打つ。


乾いた音が一つ。


リックの体が、その場へ崩れ落ちた。


広場が静まり返る。


《一撃?》

《鞘で倒した?》

《十五秒どころか三秒だった》


リックは意識を失う直前、アリアの手元を見た。


「……鞘、かよ」


それだけ呟いて、動かなくなった。


守ると言った言葉に、嘘はなかったらしい。

……頼もしすぎるだろ、俺の雇い主。


アリアは倒れたリックを一瞥し、そのままカインを見る。


「最初に戦力外になったのは、あなたの剣士だったようだけれど」


《確かにw》

《三秒で一人減ったんだが》

《戦力外、そっちだった》


「きゅーん!」


くーちゃんが尻尾を振り、胸を張った。

自分がやりました、という顔だ。


……戦ったのはアリアだけどな。


カインは倒れた仲間へ、目も向けなかった。


「雑魚を一人倒した程度で、調子に乗るな」


「あなたの仲間でしょう」


「負けた時点で、足手まといだ」


昨日の俺と同じだった。

役に立たなくなれば、切り捨てる。


カインが前へ出る。

聖剣グランヴァルトを抜いた瞬間、濃い金色の光が刀身を包んだ。


《聖剣きた!》

《光の質が違う》

《これが本物の勇者か》


アリアも、白銀のアステリアを抜く。


金色と白銀。


昨日俺を捨てた勇者と、今日俺を専属と呼んだ剣聖が、広場の中央で向かい合った。


……ここだ。


俺は、ボーロ袋へ手を伸ばす。


「くーちゃん、いくぞ」

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