第2話 一週間契約の雇い主は、一週間後に死ぬ
「あなたも来なさい」
そう言われてから、十分後。
ダンジョン第七層の無人補給所で、俺は丸テーブルを挟んで剣聖少女と向かい合っていた。
深紅の髪に、澄んだ瞳。こうして落ち着いて見ると、驚くほど整った顔をしている。
話題は、たぶんさっきの鑑定だ。
くーちゃんが光って、俺には黒いラベルが見えて、アステリアが元に戻った。
正直、俺だって何が起きたのか知りたい。
……できれば、その話が次の仕事にでもつながれば、もっとありがたい。
アリアがコーヒーへ口をつけ、わずかに眉根を寄せる。
苦かったようだ。それでも平然とカップを置くあたり、剣聖にも見栄はあるらしかった。
壁の飲料機へ目をやる。
【ミルク:品切れ】
……ということは、最後の一杯は。
ぺろぺろ。ぺろぺろ。
足元では、くーちゃんが温めたミルクを一心不乱に舐めている。
……お前は気楽でいいな。
「じゃあ、さっきの鑑定について、分かることを全部話しなさい」
やっぱり、その話か。
そんなに睨まなくても逃げないぞ。
「私の剣を、元に戻した方法よ。あれが何なのかは、私の今後にも関わるわ」
「方法と言われてもな」
指を三本立てる。
「一、くーちゃんがボーロを食べて光った。二、黒いラベルが見えた。三、剥がせそうだったから剥がした。以上」
「……本当に、それだけ?」
「それだけだ」
アリアが黙り込んだ。
眉を寄せ、今度はくーちゃんをじっと見る。
……なんか、難しいことを考えてそうな顔だな。
残念ながら、俺の能力の取扱説明書は、
【ポメラニアンにボーロを与えてください】
の一行で終わっている。
「もう一度、何か見えないの?」
試しに、飲料機へ鑑定を向ける。
【魔導式飲料機】
【状態:ミルク切れ】
【提供可能:薄いコーヒー】
……あれで苦かったのか。
「今は、いつもの鑑定しか出ないな」
「くーちゃんが光に包まれたとき、黒いラベルが見えたのよね?」
「ああ。たぶん、そのタイミングだ」
くーちゃんは器の底を真剣に舐め続けていた。
アリアが、その小さな背中を見つめる。
深紅の髪を、指先で耳へかけた。
「……もしかして。あの光、古い言い伝えにある神獣との共鳴かもしれないわ」
「神獣?」
いや、普通の犬だと思うけどな。
くーちゃんとは、もう三年一緒にいるが、あんなふうに光ったのは初めてだ。
「ええ。神獣と主が同じものを願ったとき、その祈りが光となって形を持つ――そんな言い伝えがあるの」
俺たちは、くーちゃんを見る。
「……きゅーん」
くーちゃんは空になった器へ、名残惜しげに前足をかけていた。
「おかわり要求中のポメラニアンにしか見えないけどな」
「神獣にも食欲はあるでしょう」
共鳴、か。
そう言われて、改めてくーちゃんへ意識を向けた。
その瞬間、視界の隅に白い文字が浮かんだ。
【共鳴スキル:本来評価】
「……出た」
「何が?」
「さっきのは、共鳴スキルみたいだな。名前は《本来評価》」
アリアが白銀のアステリアを見る。
「《本来評価》……。神獣との共鳴で、偽りの評価に隠された本来の姿が見える、ということかしら」
「たぶん、そういうことだと思う」
アステリアでは、偽りを見抜いて剥がせた。
他にも同じものがあるなら、《本来評価》で見えるのかもしれない。
「きゅ」
くーちゃんが顔を上げた。 口元には、白いミルクの髭。誇らしげな顔だが、威厳は欠片もない。
アリアの目元が、わずかに緩む。
「なら、神獣の状態も確認しておく必要があるわね」
「単に撫でたいだけじゃないのか」
アリアは答えず、くーちゃんへ手を差し出した。
くーちゃんは、ぷいと顔を背ける。
「……私、嫌われた?」
「ボーロ待ちだよ、それ」
アリアが一粒差し出す。
「きゅっ!」
即座に食いつき、そのまま手のひらへもふっと顔を埋めた。
「……柔らかい」
撫でる手はそのまま止まらず、くーちゃんはアリアの膝で丸くなった。
出会って十五分。剣聖少女は、すっかり神獣側だった。
その膝の向こうに、白銀へ戻ったアステリアが見える。
「で、俺の《本来評価》が、アリアの今後にどう関わるんだ?」
アリアはくーちゃんの背を撫でながら、アステリアへ視線を移した。
「私たちの一族が、どうして次々に死んでいったのか。その真相に辿り着きたいの」
アリアは剣聖一族、最後の生き残り。
そう資料に書いてあった。
「ヴァンレイスは、ある日から“呪われた一族”と呼ばれるようになった」
くーちゃんの毛の中で、アリアの指が止まる。
「最初は、ただそう呼ばれていただけ。でも、やがて身体に黒い紋が現れて、本当に一族は次々と死んでいった」
「……呼び名に、現実が追いついたみたいだな」
「ええ」
アリアが白銀のアステリアを見る。
「この剣も、本来は人の命を喰う剣ではなかった。それなのに本当に私の命を喰うようになった」
「……似てるな」
「でしょう?」
アリアが俺を見る。
「あなたの《本来評価》なら、私たちに何が起きたのか、その真相を追えるかもしれない」
そして、まっすぐこちらを見た。
「星見透矢。私の専属鑑定士になりなさい」
「……専属?」
思わず聞き返した。
専属。いい響きだった。
「俺でいいのか?」
「あなたがいいのよ」
アリアは白銀のアステリアへ目を向けた。
「この剣の本来の姿を見抜けたのは、あなただけだもの」
「もう必要ない」なら、何度も聞いた。
あなたが必要だ、と言われたのは、初めてだった。
……待て。もしかして俺の時代、来たか?
次の仕事探しもいらない。宿代も安定する。くーちゃんのボーロも――
「それで、契約期間は?」
「契約期間は一週間よ」
「……一週間?」
来てなかった。
前に受けた臨時鑑定より短い。
「また短期契約か……」
くーちゃんが、アリアの膝から俺を見た。
「きゅ?」
「大丈夫だ。短期の仕事は慣れてる」
気を取り直す。
アリアは、くーちゃんを撫でながら言った。
「あなたは、見えたものを教えて。あなたとその子は、私が守るから」
「きゅ」
くーちゃんは契約内容に異議なし、らしい。
「それで、報酬は?」
アリアが目を丸くした。
「命を守るだけでは不足なの?」
「短期とはいえ、専属契約なら、条件のすり合わせは基本だろ。こいつの食費もある」
くーちゃんの耳が動く。
「……確かに、一理あるわね」
アリアは姿勢を正した。
「契約を完遂したら、ヴァンレイスの名において、あなたの願いを一つ叶えるわ」
「私にできることなら、何でも」
「……何でも?」
思わず聞き返した。
一週間の専属鑑定で、願いごと一つ。
ずいぶん大盤振る舞いだ。
金貨。長く住める部屋。安定した仕事。ボーロ貯蔵庫。
それから、目の前の深紅の髪へ吸い寄せられかけて――アステリアの柄が視界に入り、思考を強制終了させた。
剣呑な願いは、命に関わる。
「今、何を考えていたの?」
「願いの安全な範囲を確認してた」
「私にできることなら、何でもよ」
その言い方の方が、よっぽど危ういと思う。
アリアが右手を差し出した。
「契約成立でいいかしら」
握り返そうとして、手が止まった。
……そういえば。
「なんで一週間なんだ?」
アリアは、間を置かずに答えた。
「私が、一週間後に死ぬからよ」
「……はい?」
それしか出てこなかった。
冗談には見えない。
嘘をついている目にも見えなかった。
また、必要な間だけ使われると思った。
違った。
アリアには、俺を雇い続ける来週がない。
「じゃあ、契約成立ね」
気づけば、俺はその手を握っていた。
そして俺の雇い主は、一週間後に死ぬ。




