↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/33

第1話 犬のおやつを拾ったら、剣聖少女に拾われた

「悪いな、透矢。今日でお前はクビだ」


勇者カインが、高級ワインのグラスを傾けながら言った。


「……勇者パーティーからか?」


「ああ。お前とその犬は、ここに置いていく」


またか、と思った。

前のパーティーでは編成変更。その前は、人員整理。理由は違っても、最後はいつも同じだった。


もう、お前は必要ない。


足元で、相棒のクリーム色のポメラニアン――くーちゃんが俺を見上げた。


ダンジョン第七層、深部手前。

俺が一週間かけて周囲の危険を調べ、安全を確保した休息ポイントで、仲間だった三人は俺の追放に祝杯をあげていた。


魔導カメラの一台が、その光景を正面から映している。


「俺も、魔物の危険度を調べてきただろ」


「それが何になる?」


カインは笑った。


「危険度が分かっても、魔物の牙は止められない」


仲間の魔法士がカメラの角度を直す。


「少し下がってくださる? 画面が安っぽくなるの」


カインが聖剣を得て配信が伸びてから、俺とくーちゃんは画面の端へ追いやられていった。


「最後の仕事だ。鑑定しろ」


カインが腰の聖剣を抜くと、金色の光が広がった。

言われるまま、剣へ鑑定を向ける。


【聖剣グランヴァルト】

【等級:特級】

【効果:竜殺し】


「特級の聖剣。竜殺しの効果がある」


「見れば分かることを読むだけか」


カインは笑った。


……最後にやらせた仕事で、それを言うのか。


「やっぱり、お前の鑑定は必要ない」


聖剣を鞘へ戻し、得意げに顎を上げる。


「呪われた剣聖を討てば、俺たちは正式にS級勇者だ。晴れ舞台に、Fランク鑑定士と犬を連れていたら、格が落ちる」


配信コメントが流れる。


《次は剣聖討伐!》

《勇者カインなら余裕っしょ》


「餞別だ」


布の袋が足元へ落ち、中から丸い粒が転がる。


ボーロだった。


くーちゃんの耳がぴくりと反応する。それでも駆け寄らず、先に俺を見上げた。


「犬のおやつでも食ってろ」


仲間たちの笑い声に、投げ銭の通知が重なる。


《退職金がボーロ一袋w》

《Fランクにはお似合い》


腹は立った。

だが、次に買える保証は、どこにもない。


ボーロを拾った。くーちゃんの好きなものだから。


***


勇者パーティーは笑いながら奥へ消えた。


「……また駄目だったな」


今度こそ長く働けると思っていた。

次の報酬で、くーちゃんのフードも少し良くするつもりだった。


「俺みたいなFランクは、必要な間だけってことか」


くーちゃんが俺の膝へ前足を乗せた。ぽこん、と一度。


「きゃん」


「分かってる。落ち込んでても、明日の飯は出てこないもんな」


頭を撫でる。くーちゃんの尻尾が揺れた。


「しょうがない。また一からやり直すか」


拾ったボーロを一粒差し出す。


「ありがとな、くーちゃん」


「きゅーん」


くーちゃんは小さな尻尾を一度だけ大きく振ると、ボーロをぱくりと食べた。


その瞬間。

クリーム色の毛並みが白くひらめき、視界の隅に残っていた鑑定表示が揺らいだ。


「……今、光ったか?」


「きゅ?」


光はもう消えていた。

ただ、ポメラニアンは普通、ボーロを食べても光らない。たぶん。


俺は荷物を背負い直した。


「じゃあ、地上へ戻ろう。帰還路は調べてある」


くーちゃんが隣に並ぶ。壁に残した目印を確かめながら、しばらく通路を進んだ。

サブカメラも、少し遅れてついてくる。


……俺への追尾設定だけは、律儀に残ってるらしい。


そのまま次の分岐へ差しかかったとき、暗がりから黒い影が滑り出た。


痩せた巨体に、異様に長い四肢。

裂けた口元から、細い牙が覗いている。


【裂牙ウルフ】

【危険度:B】

【推奨戦力:Bランク前衛二名以上】


鑑定は、こちらの戦力まで親切に並べてくれた。


【現在戦力:Fランク鑑定士一名】

【随伴:ポメラニアン一匹】


「……無理だろ、これ」


危険度も、必要な戦力も分かる。

だが、分かったところで牙は止まらない。


――カインの言った通りだ。


俺の鑑定は、死ぬ理由まで正確に教えてくれるだけだった。


裂牙ウルフが地面を蹴る。


牙が、目の前まで迫った。

考えるより先に、くーちゃんを抱えて横へ転がっていた。


魔物がこちらへ向き直る。


「ギィィ……」


後ろ脚が、ぐっと沈んだ。


……まずい。次は避けられない。


クビになった日にこれかよ。せめて、こいつだけでも。


くーちゃんを床へ下ろし、その前に立つ。


「くーちゃん、逃げろ!」


だが、くーちゃんは動かなかった。

俺の足元へ寄り、ぴたりと身体を押しつけてくる。


「きゅうん」


このままじゃ、二人とも――


トン。タン。


不意に、拍子のずれた足音が響いた。


魔物の耳がぴくりと動く。

音に誘われるように、首が右へ向いた。


「《白星一閃》」


反対側から白銀の線が走った。


魔物は、そのまま一歩だけ踏み出した。

そこで、首が落ちた。


一瞬、何が起きたのか分からなかった。

……助かった、のか。


振り返ると、深紅の髪の少女が立っていた。

静かな眼差しと、漆黒の剣。


「……間に合った」


少女の足元が、わずかにふらついた。


目が合った。配信資料で見た顔だ。


アリア・ヴァンレイス。

黒い魔剣に呪われた危険人物で、カインたちの討伐対象。


勇者に捨てられた直後、俺たちを助けたのは、危険人物と呼ばれた少女だった。


「動けるなら離れて。この剣は、近くにいるものまで巻き込む」


アリアの膝が崩れた。

黒い魔剣から濁った気配が流れ込み、腕を黒い紋様が這っていく。


「……来ないで」


……助けてもらったばかりだ。このまま置いていけるか?


気づけば、魔剣へ鑑定を向けていた。


【魔剣アステリア】

【効果:使用者生命力を消費】


……本当に、持ち主の命を喰う剣なのか。


「うう……」


くーちゃんが魔剣へ唸っている。

こんな声を出すのは、初めてだった。


それから振り返り、俺の脚を前足で叩く。

鼻先は、ボーロ袋を指している。


「きゃん!」


「ボーロ? そういえば、さっきも……」


一粒つまんで差し出す。


「これでいいか?」


「きゅ!」


もぐ、と食べた。


くーちゃんが、光った。


……今度は、見間違いじゃない。


白い光が広がり、俺の胸の奥へ温かいものが流れ込んでくる。

視界が、切り替わった。


世界の表面が、一枚めくれるような感覚だった。


「……なんだ、これ」


アリアの腕を這う黒い紋様。魔剣から流れ込む濁った線。そのすべてが、薄い膜の向こうに見える。


そして、魔剣には黒いラベルが貼りついていた。


【偽装評価:魔剣アステリア】

【貼付:使用者生命力を消費】


見たことのない表示だ。

まるで、本物の上から別の評価を貼りつけたようだった。


黒い文字の奥に、別の評価が滲む。


【本来評価:継承剣アステリア】


「この剣は、呪われた剣じゃない」


アリアが顔を上げる。


「……あなた、何が見えているの」


「下に、本物がある」


黒いラベルの端が、かすかに浮いて見えた。


これ、もしかして剥がせるんじゃないか。


指先を伸ばす。


「触らないで!」


構わず、ラベルの端をつまむ。

薄紙のような感触なのに、指先が焼けるように熱い。


命を喰う剣。危険人物。Fランクの役立たず。

誰かが貼った評価が、頭に並ぶ。


……勝手に、評価を決めるなよ。


「戻れよ」


黒いラベルを引っ張る。


「お前、本当はこんな剣じゃないだろ」


べり、と。


確かな手応えがあった。


黒いラベルが剥がれ、黒かった刀身に白銀の光が走る。

夜のような黒がほどけ、剣の奥から澄んだ輝きが戻ってきた。


アリアの腕を這っていた黒い紋様が、ぴたりと止まった。

苦しそうだった呼吸も、少しずつ落ち着いていく。


……よかった。間に合った。

指先には、まだ焼けるような熱が残っている。


いや、待て。呪われた魔剣を、俺が元に戻したのか?

これ、かなりすごいことをしたんじゃないか?


くーちゃんが、俺の脚に前足を乗せてきた。


「きゅ!」


褒めろ、という顔だった。


「分かってる。共同実績だ」


頭を撫でると、尻尾が勢いよく揺れる。


《魔剣、白くなったんだが》

《あのFランク何した?》

《ポメが光ったら剣が戻った件》


アリアは、白銀に戻った剣を呆然と見つめていた。


「アステリアが……私を喰うのを、やめた」


アリアの視線が、剣からくーちゃん、俺へと動き――そのまま俺の後ろで止まった。

浮かんでいるサブカメラを見ている。


「……それ、まだ映しているの?」


「たぶん。切り忘れられたみたいで――」


白銀の光が、一瞬だけ視界を横切った。


ぱきん。

何かが、床へ落ちる。


《え》

《ちょ》

《カメラ!?》


……何が起きた?

足元を見ると、サブカメラのレンズだけが転がっていた。


「あなたのその力、これ以上は映さない方がいいわ」


……判断が早い。というか、ちょっと怖い。


アリアはふらつきながら立ち上がると、俺の袖を掴んだ。


「さっきの。詳しく聞かせなさい」


「ここでか?」


「安全な場所へ移るわ。あなたも来なさい」


袖は離してもらえなかった。


「……分かった」


勇者に捨てられて、一時間。


次の仕事を探す前に、俺は勇者が討つはずだった剣聖少女に拾われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
追放されても愛犬だけはついて来てくれる。 そしてそこから予想外の展開。 鑑定士って重要な役割と思うけどな。 何とか一矢報いて欲しいものです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。