第30話 白鐘を守るか、三人の命か
黒層第一層の入口。
俺は、みんなを振り返った。
「今日で全部決まる。白鐘も、クランも、白猫ちゃんねるも。……絶対に、銀貨二百枚まで届かせるぞ」
言い切った。
たぶん、今までで一番決まった。
「はい。いい顔でしたわ」
背後で、イザベラが魔導カメラを下ろす。
「……回してたのか」
「最初からですわ」
……やめてくれ。今のは仲間内だけで決めたかった。
配信開始直後、コメントは正直だった。
《紅の剣姫、本物?》
《聖女までいる》
《で、このFランク何するんだ?》
くーちゃんが銀のリボンを揺らして、カメラの前へ顔を出す。
「きゅ!」
《いた》
《かわいい》
《団長きた》
一番人気は、間違いなく犬だった。
入口の石段を下りかけたところで、大きな採集籠を背負った三人組とすれ違った。
鉱石袋に、小さな鶴嘴。戦うというより、拾って稼ぐ連中らしい。
「あ、白猫ちゃんねるの! 芋掘りの子だ!」
籠を背負った少女が、くーちゃんを見て目を丸くする。
「うちら、《灰籠》ってクラン。今日は第二層の西坑道で煤晶拾い。そっちも頑張って!」
「きゅ!」
くーちゃんが尻尾で返事をした。
……俺たちの配信も見てくれていいんだぞ。
三人は笑いながら、先に階段を下りていった。
***
第一層は順調だった。
くーちゃんが鼻で道を選び、俺が罠と素材を鑑定する。魔物が出ればアリアが斬り、傷を負えばリリアナが塞いだ。
途中、くーちゃんが三回地面を掘った。
三回とも迷宮芋だった。
《Fランク普通に仕事してる》
《罠が先に分かるの便利だな》
《犬の芋率100%で草》
……最後のは褒めてない。
第二層へ降りると、魔物の手応えが変わった。
壁を突き破って、《黒殻モール》が飛び出してくる。
アリアの白銀の刃が甲殻を捉えた。
ガキンッ!
弾かれた。
「硬いわね」
すぐに鑑定を向ける。
【黒殻モール】
【背甲:高硬度】
【腹部:防御薄弱】
「腹だ!」
「分かったわ」
黒殻モールが飛びかかる。
アリアは半歩かわし、その勢いのまま巨体をひっくり返した。
露出した腹へ、白銀の線が走る。
「アリア。今の一撃、画角の外でしたわ」
「……敵に言ってよ」
その先では、《灰膜蛾》の群れが薄い鱗粉を撒いていた。
【灰膜蛾】
【鱗粉:魔力遮断膜】
イザベラの火球が、鱗粉へ触れた途端に勢いを失う。
「魔力を遮ってる。風上から回ろう」
回り込めば、対処は難しくなかった。
第一層みたいに、ただ前へ進めばいいわけじゃない。
それでも、一つずつ見れば攻略できる。
《ちゃんと二層攻略してる》
《Fランクの鑑定、かなり便利じゃね?》
《犬はまだ芋探してて草》
素材袋も、少しずつ重くなっていった。
【現在換算:銀貨六十七枚】
……あれ。
これ、本当にいけるんじゃないか?
そのまま第二層の最奥まで進み、広い窪地へ出た。
中央には、黒い泥の山が沈んでいる。
一瞬、ただの地形かと思った。
泥の山が、ゆっくりと起き上がる。
【黒泥王スライム】
【危険度:B】
……あれが、第二層の中ボスか。
アリアが踏み込む。
トン。タン。
白銀の線が、黒い巨体を横切った。
だが、斬れない。
刃が触れた瞬間、泥そのものが左右へ流れ、剣の通り道だけを空けた。
通過したあとには、傷一つ残っていない。
アリアが、一歩下がる。
「……手応えがないわ」
「でしたら、私が」
イザベラの火球が直撃する。黒泥が弾け、表面が焦げた。
「魔法は通りますわね。このまま削れば――」
「どれくらいかかる?」
「……日が傾く頃には、ですわね」
それじゃ遅い。
「俺にやらせてくれ、試したいことがある」
一歩前に出て、短弓を構える。
《鑑定士が弓?》
《無理じゃねww》
「くーちゃん、これでいくぞ」
ニナとエルマの手作りボーロを、くーちゃんへ差し出した。
「きゅ!」
もぐ。
白い光が広がる。
いつもより強い気がしたが、考えるのは後だ。
弓を構え、矢じりへ意識を集める。何度も的へ向けて練習した、あの感覚。
視界が切り替わった。
【偽装評価:黒泥王スライム(融合体)】
【本来評価:黒泥スライム×十七】
【融合固定:剥離可能】
王なんていない。
小さいのが無理やり一つになっているだけだ。
「……お前、本当は一体じゃないだろ」
黒いラベルへ狙いを定め、弦を引く。
光を矢に乗せるんじゃない。
この矢は、俺の指だ。
放った。
白い線が、黒泥王の中心を貫いた。
べり、と。
黒いラベルが剥がれる。
巨体が崩れ、十七体の黒泥スライムへ散った。
「アリア!」
「見えてるわ」
白銀の線が、窪地を走る。
十七体の黒泥スライムが、一息に沈んだ。
俺が剥がして、アリアが斬る。
それで倒せるなら、それが俺の戦い方でいい。
《今何した?》
《Fランクが中ボス攻略したぞ》
《こんな倒し方見たことない》
直後、投げ銭の通知が立て続けに鳴った。
【投げ銭:銀貨一枚】
《今の連携すごかった》
【投げ銭:銀貨二枚】
《Fランク、やるじゃん》
「きゅ!」
くーちゃんが通知音に合わせて尻尾を振る。
リリアナも、流れるコメントを見て嬉しそうに笑った。
「透矢さん、すごく褒められています」
アリアが俺の短弓を見る。
「……隠れて、ちゃんと努力していたのね」
「ガイが倒れてから。見えても届かないの、嫌だったからな」
「……そう」
アリアが少しだけ目を細めた。
なぜか、さっきより機嫌がいい。
「浮かれるのはそこまでですわ」
イザベラが魔導端末を操作した。
「数字を確認します」
【素材換算:銀貨八十四枚】
【配信収益:銀貨四十四枚】
【合計:銀貨百二十八枚】
中ボスまで倒した。
配信も今日が一番伸びている。
それでも、まだ届かない。
「まだ手はありますわ」
イザベラが、第三層へ続く階段を指した。
「下へ行けば素材の単価も討伐報酬も上がります。危険ですが、今からならまだ届かせられる」
残りは七十二枚。
……それなら、本当にいけるかもしれない。
「行くしかないわね」
アリアが柄へ手をかけ、俺も階段へ向かった。
その時、全員の魔導端末が一斉に鳴った。
「……嘘だろ」
こういう時に限って、嫌な音はよく響く。
【緊急救難信号】
【第二層・西坑道】
【探索者三名・負傷】
【所属クラン:灰籠】
朝の三人だ。
「放ってはおけません。助けに行きましょう」
リリアナが迷わず言った。
「待ってください」
イザベラが止める。
「西坑道は反対側です。救援へ向かえば、第三層へ降りる時間はなくなる。二百枚には届かない。白鐘を失いますわ」
「でも――」
「信号は広域に出ています。他の探索者も気づくはず。私たちが行かなければ必ず死ぬと、決まったわけではありません」
冷たいわけじゃない。
契約通り、白鐘を残すための一番正しい道を言っている。
「それでも、私は助けたいです」
リリアナも引かなかった。
アリアが二人を見比べる。
「イザベラの言ってることは正しいわ」
リリアナへ視線を移す。
「でも、助けに行きたい気持ちも分かる」
そして、俺を見る。
「……決め手がないわね。透矢、どうする?」
胸元から、ガイの焦げた櫛を取り出した。
――俺が止める。お前は、見ろ。
あいつはそう言って、俺の前に立った。
盾が砕けても、最後まで退かなかった。
……ガイならどうする。
いや、考えるまでもない。
もう盾を持って、走ってる。
「救援に行こう」
イザベラが俺をまっすぐ見た。
「三層へ行かなければ、銀貨二百枚は厳しいですわ。それでも?」
「ああ。分かってる」
全部分かった上で、こっちだ。
「悪い、イザベラ。ここから先は契約で付き合わせる仕事じゃない。ここまで、本当に助かった。あとは俺たちで行く」
イザベラは答えなかった。
《え、三層行かないの!?》
《白鐘なくなるぞ》
《白猫ちゃんねるも終わるんだろ》
《……それでも行くのか》
第三層への階段は、すぐそこにある。
銀貨二百枚へ届く、最後の道。
俺は、それに背を向けた。
「くーちゃん、西坑道だ!」
「きゃん!」
白鐘を守るために作ったクランが、白鐘を失う方へ走り出した。




