第29話 今日クランを作った。明日、解散するかもしれない
支払期限まで、あと二日。
【現在資金:銀貨五十一枚/銅貨五枚】
昨日はイザベラのおかげで三十枚まで伸びた。それでも、あと二回繰り返したところで届かない。
朝食の席で、イザベラが言った。
「今日は探索しません。明日の客を作る日ですわ」
……客?
「明日の告知と準備に、手持ちの銀貨を使います」
「どれくらい?」
「全部ですわ」
「全部?」
匙が止まった。
止まったのは、俺の匙だけだった。
「背水の陣ね。嫌いじゃないわ」
アリアは、パンをちぎりながら言った。
「お前まで?」
「ここまで来て、半端に残す意味がある?」
ない。
ないけど、もう少しくらい迷ってくれてもいいと思う。
「私も賛成です。ガイを守れるなら、賭けます」
リリアナまで頷いた。
「明日の配信で届かせるんですよね?」
「そのつもりですわ」
……女性陣、思ったより攻めるな。
「きゅ!」
くーちゃんは、たぶん何も分かっていない。でも、元気のいい賛成票だった。
四対一になった。
「……分かった。ただし、明日の客を呼ぶ使い方だけだぞ」
イザベラが笑った。
「もちろんですわ」
「で、何をするんだ?」
「では、まず明日の告知映像を撮ります」
***
最初に向かったのは、聖都の仕立て屋だった。
「……告知映像を撮るのに、まず服なのか?」
「見に来てもらえなければ、何も始まりませんもの」
アリアには、赤と黒の剣姫風の装束。リリアナには、白と淡い金の聖女礼装。俺には、濃紺のコート。
胸元のFランク鑑定士章を外そうとしたら、イザベラに手を止められた。
「『秘密を暴くFランク鑑定士』として売ります。その方が、何者なのか気になるでしょう?」
……俺の一番の弱点が、一番の売り文句になるらしい。
試着室のカーテンが開く。
赤と黒をまとったアリアが、アステリアを腰に下げて立っていた。
普段より、ずっと華やかだ。
「……趣味じゃないわ」
袖を見ながら、露骨に嫌そうな顔をしている。
「似合ってるぞ。こういう格好も、普通に可愛いな」
思ったまま言うと、アリアの手が止まった。
「……可愛い?」
「え? ああ、そうだな」
鏡へ向き直り、襟元を直す。
それから裾を整えて、もう一度こちらを見た。
「そう……」
それ以上、脱ごうとは言わなくなった。
隣からは、白い礼装のリリアナが出てくる。
目だけが、少し笑っていた。
「……久しぶりに、こういう格好をしました」
「本当に聖女みたいだな」
「透矢さん。私、本当に聖女です」
「……そうだったな」
少し悲しそうな顔をされた。
最後は、くーちゃんだった。
首に銀色の小さなリボンをつける。それだけ。
「終わりか?」
「完成しているものに、余計なものを足す必要がありますの?」
「きゅ!」
また犬だけ評価が高かった。
***
撮影は、白鐘の礼拝堂の前で行った。
「アリア、殺気を三割ほど下げてくださいな」
「下げてるわ」
「それで下げているなら、元が高すぎますわ」
次はリリアナ。
「笑顔でお願いしますわ」
「はいっ」
「にゃん、はいりませんから」
「まだ何も言ってませんが……」
「言いそうな顔をしていましたわ」
俺の番では、さらにひどかった。
「透矢。右手と右足が、一緒に出ています」
十回を超えても、人間三人の撮り直しは終わらなかった。
最後にくーちゃんが座る。
「きゅ?」
銀のリボンを揺らし、首を傾げた。
「完璧。一発ですわ」
三人で顔を見合わせた。
この中で一番の役者は、犬だった。
***
撮影を終えると、その足で探索者ギルドへ向かった。
イザベラが申請書を受付へ出す。
【クラン名:白鐘もふもふ団】
「……『もふもふ』、いるか?」
「一番数字を持っているメンバーを、名前から外せるわけがないでしょう」
「きゅ!」
くーちゃんが、褒められたと思って胸を張った。たぶん、合っている。
【クラン登録:完了】
登録証を受け取ったイザベラが、ようやく朝からの仕込みの答えを口にした。
「明日は、《白鐘もふもふ団》の結成初配信です」
仕立て屋も、撮影も、このクラン名も、全部そのためだったのか。
「配信って、どこでやるんだ?」
「黒層第二層。中ボスを討伐します」
「いきなり二層か。まだ道も分からないぞ」
「昨日の続きを見せるだけでは、わざわざ明日まで見に来ませんわ」
イザベラが登録証を指先で叩く。
「だから明日は、見届ける理由を作ります」
「見届ける理由?」
「銀貨二百枚。届かなければ――」
イザベラは、作ったばかりの登録証を、ひらりと振った。
「《白鐘もふもふ団》は、結成初日で解散ですわ」
「……今日作ったばかりだぞ?」
「白鐘を残すためのクランでしょう。白鐘を失ったのに、名前だけ残してどうしますの」
一日。一回。やり直しなし、か。
その時、隣にいたリリアナが口を開いた。
「届かなかったら、白猫ちゃんねるも終わりにします」
全員が、リリアナを見た。
「そこまでやるのか?」
リリアナは、まっすぐ俺を見る。
「このチャンネルの最初の視聴者は、ガイなんです」
三人だった頃の、一人目。
「だから明日は、たくさんの人に見てもらいます。ガイが起きた時に、自慢できるくらい」
くーちゃんもつられたように吠えた。
「きゃん!」
***
編集と告知のため、イザベラはギルドの作業室に残った。俺たちは、先に白鐘へ戻る。
夕食は、エルマとニナも一緒だった。
「アリアお姉ちゃん、その服すっごくきれい!」
「……そう? ありがと」
ニナが楽しそうに身を乗り出す。
「透矢お兄ちゃんに似合うって言われたら、鏡の前でもう一回くるって回ったんでしょ?」
アリアの匙が、空中で止まった。
「……誰に聞いたのかしら」
ニナが指さした先で、リリアナが頬に手を当てた。
「だって、透矢さんに褒められた時のアリアさん、とても可愛らしくて」
「リリアナ」
「はい。黙ります」
俺は何も聞かなかったことにして、迷宮芋を食べる。
笑い声の向こうで、救命結界の光が揺れている。ガイは今日も、眠ったままだ。
この炉も、この食卓も。
守れるかどうかは、明日で決まる。
その時、扉が開いた。
「お待たせしましたわ」
編集を終えたイザベラだった。
椅子へ座るより先に、魔導端末を卓上へ置く。
「完成しました。公開前に確認してくださいな」
画面に映像が流れる。
【紅の剣姫――アリア】
【奇跡を取り戻した聖女――リリアナ】
【秘密を暴くFランク鑑定士――星見透矢】
そして最後に、銀のリボンをつけたくーちゃんが首を傾げる。
【そして――ポメラニアンくーちゃん】
ニナが一番嬉しそうに笑った。
画面が暗くなる。
【白鐘もふもふ団・結成初配信】
【明日、黒層第二層・中ボス討伐】
【目標:銀貨二百枚】
【届かなければ――初日解散】
【白猫ちゃんねる・配信終了】
誰も、しばらく喋らなかった。
「……明日なんだね」
ニナが、ぽつりと言った。それからエルマの袖を引いて、小さな布袋を持ってくる。
「これ、くーちゃんに! お母さんと作ったの」
中には、手作りのボーロがぎっしり詰まっていた。
くーちゃんが、迷わず袋へ顔を突っ込もうとする。
「明日の分だ」
「きゅう……」
今日いちばん深刻な顔をしていた。
イザベラが、公開の印へ触れる。
ほどなくコメントが流れ始めた。
《白鐘もふもふ団ってなんだよ》
《犬が団長?》
最初は、それだけ。それから、少しずつ増えていく。
《初日に解散?》
《白猫ちゃんねる終わるの?》
《明日見ようかな》
《最後かもしれないなら、見とく》
「明日の朝には、もっと増えていますわ」
結末の分からない一日を、見届けに来る人がいる。
【支払期限:あと一日】
【必要額:銀貨二百枚】
【現在資金:銅貨五枚】
今日は一枚も稼いでいない。
むしろ、昨日までの銀貨は全部使った。
その代わりに、明日を見に来る客を作った。
届かなければ、白鐘も、今日できたクランも、白猫ちゃんねるも終わる。
もう、明日に使える銀貨は一枚もない。
あとは、明日だ。
白鐘もふもふ団、最初の仕事が始まる。
【白鐘もふもふボード】
支払期限:あと一日
必要額:銀貨二百枚
現在資金:銅貨五枚
クラン:白鐘もふもふ団
明日:結成初配信
失敗時:初日解散/白猫ちゃんねる終了
くーちゃん「きょうできたのに、あしたなくなるかもしれないわん!?」




