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第27話 昨日はいらないと言った魔法使いに、今日は仕事を頼む

翌朝。


取り立てまで、あと四日。


白鐘の礼拝堂に、いい匂いが漂っていた。


黒羽コッコの香草焼き。迷宮芋の潰し焼き。茸のスープ。

昨日と同じ素材のはずなのに、アリアが作った黒い何かとは別の料理に見える。


「……同じ肉だよな、これ」


「炉の機嫌がいいのね」


アリアは真顔だった。


炉の機嫌を損ねた張本人が、何を言っているんだ。


「あるものを、おいしくしただけですよ」


エルマが笑う。


「きゅ……」


くーちゃんは、エルマの足元から一歩も離れない。 朝ごはんを作る人の位置を、もう完全に覚えたらしい。


「お前の分もあるぞ」


「きゃん!」


現金な犬だった。


食事を終えると、リリアナが奥の寝室へ向かう。

救命結界の中で、ガイはまだ眠っている。


【状態:聖眠】

【聖眠状態:安定】

【覚醒:不可】


今日も変わらない。


「透矢さんたちが戻るまで、ガイさんは見ておきます」


エルマが言った。


「わたしも、お留守番できるよ!」


ニナが胸を張る。


おかげで今日は初めて、朝から夕方まで丸一日、探索に使える。


一日全部使って、どこまで稼げるか試す。


***


黒層ダンジョン第一層を、昨日より奥まで進んだ。


黒層ハウンドの群れはアリアが片づけ、毛皮を剥ぐ。 黒鉄晶を掘り、薬草と茸を摘む。


「きゅ!」


《また芋だ》 《芋の嗅覚だけ一級》 《この犬、芋専門の鑑定士では》


……専門分野を取られた気がする。


途中で昼食を挟み、夕方まで潜る。

採れるものは採った。倒せる魔物は倒した。


初めて、一日を丸ごと稼ぐために使った。


そして、夕方。


素材をギルドの査定台へ積み上げる。


【本日の買取額:銀貨二十一枚】


「二十一枚……!」


リリアナの顔が明るくなった。

一日分の稼ぎとして考えれば、悪くないはずだ。


それに、今日は払える。


昨日見た、銀貨百枚のクラン共同依頼。

登録料の十枚を払っても、まだ十一枚残る。


ギルドの掲示板へ向かう。


【クラン共同依頼:黒層第二層・西坑道再開通】

【報酬:銀貨百枚】


「クランを作れば、これを――」


依頼札の上に、赤い印が押されている。


【受注済】


「……え?」


受付で確認すると、答えはすぐ返ってきた。


「西坑道再開通でしたら、本日の午前中に受注枠が埋まりました」


「午前中……」


受付の職員が、申し訳なさそうに頭を下げた。


同じくらいの高額依頼は、今はないらしい。


昨日は、依頼があって金がなかった。

今日は、金があって依頼がない。


一日だけ、ずれていた。


帰り道、銀貨の袋は、昨日よりずっと重かった。

それでも、足取りは軽くならなかった。


***


翌朝。


【支払期限:あと三日】

【必要額:銀貨二百枚】

【現在資金:銀貨二十一枚+銅貨五枚】


卓の上に並べた銀貨を、全員で見ていた。


足りないのは、約百八十枚。

一日全力で潜って、二十一枚。 同じことを三日続けても、六十三枚。


届かない。どう計算しても。


「もっと深く潜る?」


「高額素材は増えると思います。でも危険度も上がります」


「昨日以上に稼げたとしても、百八十枚は厳しいわね」


アリアが腕を組む。


深く潜る。希少素材を狙う。討伐依頼を探す。

思いつく案は、一通り出した。

どれも三日で百八十枚を埋めるには弱い。


くーちゃんが卓へ前足をかけた。


「きゅ」


銀貨を鼻先で押す。


「増えないぞ」


もう一枚、ずらす。


増えなかった。


「きゅう……」


今までと同じことを続けても、間に合わない。


「今日は黒層ダンジョンへ行くのをやめよう」


アリアが俺を見る。


「潜らないの?」


「ああ。闇雲に同じことをやっても追いつかない」


銀貨を袋へ戻す。


「ギルドへ行こう。高額依頼でも、別の稼ぎ方でもいい。俺たちがまだ知らない手札を探す」


残り三日。


もう、同じやり方を続けている時間はなかった。


***


エルマに礼拝堂を頼み、俺たちはギルドへ向かった。


依頼板。

素材情報。

臨時募集。


見られるものは全部見る。

だが、都合よく銀貨百八十枚をくれる仕事なんてない。


期限が長すぎる。条件が合わない。報酬が足りない。


依頼板を離れながら、昨日の配信を思い出した。


一日潜って、最高同接は二十人台。 戦っても、芋を掘っても、大きくは伸びなかった。


――もったいないわね。


昨日のイザベラの声が、また引っかかる。

あいつは、何を見てそう言ったんだ?


その時、くーちゃんの耳がぴくりと動いた。


「きゅ?」


求人区画の方を向く。

そのまま人混みの隙間へ、小走りで入っていった。


「おい、くーちゃん」


慌てて追いかける。


「ですから、その条件では契約しないと言っていますわ」


聞き覚えのある声だった。


人垣の向こうに、イザベラがいた。

三人の探索者に囲まれている。


「元勇者パーティーだろ。今のお前なら雇ってもらえるだけありがたいと思えよ」


「分かっていますわ。だから、条件は譲りません」


イザベラは、男の手にある依頼書を指先で叩いた。


「この書面。危険区域の記載が抜けていますわ。書き直していただけます?」


イザベラは一歩も引かなかった。


昨日、俺たちはこいつを雇わなかった。

でも、もしこいつが、俺たちの見落としている何かに気づいているなら。


残り三日。銀貨百八十枚。

好き嫌いで、打てる手を捨てている場合じゃない。


「くーちゃん。行くぞ」


「きゅ?」


男たちの間へ入った。


「その人、断ってるだろ」


「あ?」


一人が俺の探索者札を見る。


「鑑定士? しかもFランクじゃねえか」


二人が顔を見合わせて笑った。


「Fランクが俺たちにケチつけんのか?」


「契約条件が違うなら、話は終わりだろ」


男が一歩近づく。


でかい。

もう一人も横へ並んだ。


「二人相手に勝てると思ってんのか?」


思ってない。俺はFランク鑑定士だ。

こういう時に、急に腕力が増えたりはしない。


それでも退かなかった。


「こいつ――」


男が詰め寄った、その時。


「そこで、何をしているの」


男たちの背後から、静かな声がした。


「なんだよ。こっちは取り込み中なんだよ」


一人は振り返りもしない。


もう一人が、ちらりと後ろを見る。


「お、今度は女か。綺麗な赤髪じゃねえか、嬢ちゃん」


「……おい」


三人目だけ、声が違った。


「あの女……紅の死線、アリアだぞ」


二人の笑みが消えた。


「……は?」


「聖女港で、剣も当てずに石床を割ったっていう」


「目が合っただけで、神官が腰を抜かしたって……!」


「竜も、線の手前で引き返すらしいぞ……!」


話がだいぶ育っていた。


いつの間に紅の死線なんて物騒な名前がついたんだ。


……まあ、分からないでもない。


アリアは無表情のまま、アステリアの柄へ手を置く。


カチリ。


鯉口が、ほんの少し切れた。


「その二人、私の知り合いなのだけど」


「そ、そうでしたか」


「いやあ、仲良くしたいって話してたところで――」


「さっきまで報酬を半分にすると言っていましたけれど」


イザベラが冷たく言う。


「親睦の取り方が独特ですわね」


「いや、それは……」


カチ。


「失礼しました!」


三人揃って頭を下げ、そのまま人混みへ消えた。


アリアはまだ、剣を一センチも抜いていない。


……最初から後ろにいてくれれば、もう少し心臓に優しかった。


「きゃん! きゃん!」


くーちゃんが、逃げていく男たちの背中へ勇ましく吠える。


「お前、今からなのか」


「きゃん!」


勝ってから強気になる犬だった。


イザベラが腕を組む。


「助けを頼んだ覚えはありませんけれど」


「助けに来たんじゃない」


「では、何?」


昨日、アリアはこいつを普通の魔法使いと言った。

たぶん、俺も似たような見方をしていた。


でも、こいつの価値をまだ全部見たわけじゃない。


「イザベラ、話がある」


イザベラが首を傾げた。


「……普通の魔法使いは、要らないのではなくて?」


「魔法使いなら、な」


組んでいた腕が、わずかにほどける。


「俺が頼みたいのは、そっちじゃない」


【白鐘もふもふボード】


支払期限:あと三日

必要額:銀貨二百枚

現在資金:銀貨二十一枚+銅貨五枚

配信の助っ人候補:イザベラ?


くーちゃん「おかねは、おしてもふえなかったわん!」


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