第26話 剣聖の料理配信、物理的に炎上する
「あなたに話があるそうよ」
アリアが一歩横へずれる。
イザベラは、記憶より少し痩せて見えた。
それでも、完璧に整えられた金髪も、隙のない立ち姿も変わっていない。
俺と目が合うと、口元に薄い笑みを浮かべた。
「久しぶりね、星見透矢」
「……何の用だ?」
「人が真面目に挨拶しているのに、相変わらずね」
足元では、くーちゃんが俺の後ろから半分だけ顔を出している。
「きゅ……」
こいつも覚えているらしい。
「カインのパーティーはどうなったんだ?」
「解散したわ。当然でしょう」
聖剣が量産剣だと知れ渡り、勇者資格まで停止。残った連中も散り散りになったらしい。
「おまけに、今は《元勇者パーティー》の肩書きまで逆効果。どこへ行っても色眼鏡で見られるわ」
「……大変なんだな」
「誰のせいだと思ってるの?」
指を突きつけられた。
「慰謝料でも請求したいくらいよ」
「冗談だよな?」
「半分はね」
半分、本気らしい。
イザベラは腕を組んだ。
「それで今は、新しい仕事を探してるの。そこであなたの剣聖様と会ったから、ついでに聞きに来たわ」
一拍置いて、俺を見る。
「私を雇う気はない?」
少し意外だった。
魔法の腕が悪くないことは知っている。
カインが取り乱した時、配信の空気を立て直したのも彼女だった。
ただ。
財布を開く。
銅貨が五枚。
閉じた。
「無理だな」
「判断が早すぎないかしら?」
「今の全財産、銅貨五枚だぞ」
イザベラが黙った。
リリアナまで気まずそうに視線を逸らす。
「……聞いていて悲しくなるわね」
「お互い様だろ」
そこで、アリアが口を挟んだ。
「それに、戦力としても今は必要ないわ。前衛は私。治療はリリアナ。探索と鑑定は透矢がいる」
「私は上級魔法を複数使えるけれど?」
「普通の魔法使いを一人増やしても、食費が増えるだけでしょう」
イザベラの片眉が、ぴくりと動いた。
「……普通?」
「何よ。その通りでしょう」
アリアはまったく悪びれない。
「まあ、剣聖様の基準なら、大半の人間は普通以下でしょうから」
金髪を肩の後ろへ払う。
「そこまで言うなら、無理に売り込むつもりはないわ」
踵を返しかけたイザベラの視線が、ふと止まった。
リリアナが抱えている、小型魔導カメラ。
「……それ、配信用?」
「はい。白猫ちゃんねるです。今日も黒層から配信していました」
イザベラの目つきが少し変わる。
「最高同時視聴は?」
「二十一人です。最初は四人でしたけど」
「二十一?」
剣聖アリア。
元聖女リリアナ。
くーちゃん。
それから、俺。
順番に見てから、もう一度カメラを見る。
「……もったいないわね」
「何が?」
「別に」
「気になる言い方するなよ」
「気のせいよ」
結局、それ以上は教えてくれなかった。
***
白鐘の礼拝堂へ戻ると、精錬済みの黒層蓄熱晶を炉の中央へはめ込んだ。
かちり。
今度は、ぴったり収まる。
リリアナが慎重に魔力を通すと、一拍遅れて炉の奥に橙色の火が灯った。
【白鐘炉】
【炉心:復旧】
【状態:稼働】
「……ついた」
何年も冷えきっていた石造りの炉に、火が揺れている。
リリアナが手をかざし、そのまま奥の寝室を見た。
ガイは今日も眠っている。
【状態:聖眠】
【聖眠状態:安定】
変わらない。
それでも今夜からは、冷えきった礼拝堂で眠らなくていい。
「きゅ!」
一番得意げなのは、炉心を掘り当てた本人だった。
「よし。飯にしよう」
持ち帰った黒羽コッコ、迷宮芋、茸を卓へ並べる。
せっかく炉も直ったので、夕飯を作りながら復旧報告をすることになった。
リリアナが小型魔導カメラを置く。
【白猫ちゃんねる】
【同時視聴者:九人】
「こんばんは。白猫ちゃんねるです」
リリアナがカメラへ頭を下げた。
「今日は白鐘炉の復旧記念に、黒層で採ってきた食材を使って料理します……にゃん」
《にゃん来た》
《料理配信!?》
《犬なのににゃん》
……最後につければいいと思ってないか?
最初はリリアナだった。
療養食なら何度も作ったことがあるらしく、包丁の扱いには迷いがない。
完成したスープを一口。
アリアの匙が止まった。
「どうでしょう?」
「体には良さそうだな」
「ありがとうございます」
塩気が、ほとんどない。
「過剰な塩分は身体によくありませんから」
「俺たち全員を患者にするなよ」
《病人食で草》
《味にも奇跡を》
【同時視聴者:十三人】
「増えました」
「料理が評価されたわけじゃないと思うぞ」
次はアリア。
「切る作業なら任せて」
そこは本当に強かった。
迷宮芋も茸もコッコ肉も、恐ろしく均等な大きさに揃っていく。
《包丁うま》
《さすが剣聖》
《これは期待》
「要するに、火を通せばいいんでしょう?」
アリアが鍋へ油を落とした。
ぽた。
ぽたぽた。
「……ちょっと多くないか?」
「なら、短時間で一気に火を通せばいいわ」
「待て。それは違――」
がこん。
炉のつまみが端まで回った。
ぼうっ!!
橙色の炎が噴き上がる。
「アリア!」
《うわ》
《火力ww》
《さっき直した炉!?》
俺とリリアナが慌てて下がる。
くーちゃんだけは、炎が上がるより早く救命結界の向こうへ避難していた。
「きゅ」
……判断が早い。
アリアだけが真剣な顔で炎を見ている。
「これなら早いわ」
数分後。
肉の外側は真っ黒。
切れば、中は赤い。
「なんで外が炭で中が生なんだよ」
「おかしいわね。火力が足りなかったのかしら?」
……いや逆だろ。
《炎上した》
《物理的に》
《剣聖に料理させるなw》
【同時視聴者:十八人】
「増えたわ」
「火事を見に来てるだけだ」
残った肉と芋を回収し、焦げたところを削って弱火で焼き直す。
俺にできるのは、そのくらいだ。
「……できたぞ」
アリアが一口食べる。
「普通ね」
「普通に食えるだろ」
リリアナも頷く。
「はい。普通においしいです」
【同時視聴者:十一人】
七人帰った。
火事を消した途端に。
美味い飯より、燃える飯の方が伸びる。
配信とは、なんて理不尽な世界なんだ。
***
食器を片づけながら、ふと港の屋台を思い出した。
――安いものを、どうおいしくするか。それが港の料理なんです。
あの薄焼きパンは、安い材料ばかりだった。
それでも、ちゃんとうまかった。
「……料理って、難しいんだな」
「今さら?」
アリアが焦げた肉を食べながら言う。
「主にお前のせいだよ」
炉に火があるだけで、昨日までより礼拝堂の夜はずいぶん暖かい。
俺が買ったばかりの弓を壁へ立てかけた、その時。
くーちゃんの鼻が、ぴくりと動いた。
「きゅ?」
こんこん。
礼拝堂の扉が鳴る。
扉を開けると、籠を抱えた小さな女の子が立っていた。
「お兄ちゃん!」
「……ニナ?」
その後ろには、大きな包みを抱えたエルマもいる。
「急にすみません。ずっとお礼に伺いたかったんです」
白猫ちゃんねるで白鐘にいることを知り、何日かかけて聖女港まで来たらしい。
「今日の配信も見たよ!」
ニナが言った。
「お料理、燃えてた!」
「そこ見てたのか」
アリアがそっと目を逸らす。
「わんちゃん!」
「きゃん!」
くーちゃんが俺の横をすり抜け、ニナの胸へ飛び込んだ。
ひとしきり撫でてから、ニナが籠の一番上にあるパンを取り出す。
「約束の、わんちゃんの分!」
「きゅーん!」
「それとね、今日は少しだけじゃないよ。いっぱい!」
あの日、割れたパンを少しだけ分けてくれた子が。
今日は、籠いっぱいのパンを抱えて来てくれた。
エルマが、煤けた炉と荒れた台所を見回す。
それから、卓に残った焦げた肉で目を止めた。
「……火加減が、少し強すぎましたね」
アリアが、そっと皿を背中へ隠した。
「あの。何か、手伝えることがあれば」
料理人がいないと分かった、その日の夜。
白鐘には、温かいパンがやってきた。
【白鐘もふもふボード】
支払期限:あと五日
必要額:銀貨二百枚
現在資金:銅貨五枚
白鐘炉:復旧
くーちゃん「炉が直ったわん! 料理が燃えたわん! パンが来たわん!」




