第25話 今日の稼ぎを全部、矢に変えた
黒層第一層の正規出口を抜けると、《聖女港探索者ギルド》の建物が目の前にあった。
夕方には、まだ少し早い。
素材買取の窓口に、大きな依頼板。奥からは工房の槌の音が響き、装備区画には武器が並んでいる。資料区画の書架は、見上げるほど高い。
金も、仕事も、装備も、情報も。
探索者が欲しいものは、だいたいここに集まっているらしい。
残り五日で、銀貨二百枚。
……今の俺たちには、ちょうどいい場所だった。
まずは、今日拾った素材を買取窓口へ出す。
黒鉄晶を二つ。薬草。黒羽コッコの羽根。
茸と迷宮芋、それから肉は持ち帰ることにした。
「査定に少しかかります」
待っている間に、依頼板を見て回る。
【駆除依頼:黒歯ネズミ・五体】
【報酬:銀貨一枚】
【納品依頼:迷宮芋・十個】
【報酬:銀貨二枚】
「きゅ!」
くーちゃんが、芋の札にだけ反応した。
「今日掘った分は、うちの夕飯だぞ」
一個しかない。十個には遠かった。
……地道だな。
二百枚稼ぐなら、ネズミを千体倒す計算になる。
その中に、一枚だけ桁の違う札があった。
【クラン共同依頼:黒層第二層・西坑道再開通】
【報酬:銀貨百枚】
【受注条件:登録クラン】
「……百枚」
これ一つで、必要額の半分。
依頼番号を控えて受付へ持っていくと、職員は申し訳なさそうに首を振った。
「登録クラン限定です。クランの結成には、登録料が銀貨十枚かかります」
「十枚か……」
ちょうどそこで、査定終了の声がかかった。
【素材買取額:銀貨八枚】
【所持金:銀貨八枚/銅貨五枚】
「……あと二枚」
「惜しいわね」
アリアの視線も、百枚の依頼札からなかなか離れなかった。
続けて工房へ、くーちゃんが掘り当てた煤けた石を持ち込む。
【黒層蓄熱晶】
【状態:未精錬】
【炉心加工:必要】
職人が石を確かめ、指を四本立てた。
「精錬と炉心加工で、銀貨四枚ですね」
「高いわ」
アリアが即答する。
「でも、炉がないとコッコも焼けません」
リリアナの一言で、アリアが黙った。
「……払いましょう」
こっちも早かった。
銀貨四枚を渡す。
【所持金:銀貨四枚/銅貨五枚】
職人いわく、黒層蓄熱晶は古式炉にしか使えず、今の魔導炉にはほとんど需要がないらしい。
外ではクズ石。白鐘では、炉の心臓だ。
「精錬には二時間ほどかかります」
「では、私はここに残りますね。白鐘炉は古い型なので、規格を直接説明した方が早いと思います」
リリアナが工房へ残り、アリアは資料区画へ向かう。
「《オラ・カリス》と白鐘の記録を探してみるわ」
「分かった。頼む」
アリアが俺を見る。
「あなたは?」
「俺も、少し見て回る」
「くーちゃんも?」
「きゅ!」
本人が先に返事をした。
***
装備区画の隅で、弓と矢が並ぶ棚に足が止まった。
剣や鎧に比べれば地味な場所に、中古の短弓が掛かっている。
俺の《本来評価》は、黒いラベルを見つけても、最後は近づいて端をつままなければ剥がせない。
アステリアの時も、グランヴァルトの時も、俺は誰かに道を開けてもらって、そこまで走った。
……なら、俺が近づくんじゃなくて、この力を矢に乗せて飛ばせないか。
【中古短弓・矢五本】
【価格:銀貨四枚】
残った銀貨、全部か。
弦を軽く引くと、ぴんと張った重みが指へ返ってくる。
届く保証はない。
さっき、クラン登録に十枚必要だと分かったばかりだ。
Fランクの金銭感覚が、全力で止めに来る。
「くーちゃん。どう思う?」
「きゅ!」
くーちゃんは、俺じゃなくボーロ袋を見ていた。
……相談相手を間違えた。
銀貨四枚は、明日また稼げばいい。
次に間に合わなかったら、それは稼ぎ直せない。
「これ、ください」
【所持金:銀貨〇枚/銅貨五枚】
***
弓を買ったその足で、ギルド裏の簡易射場を借りた。
「くーちゃん、いくぞ」
ボーロを一粒差し出す。
「きゅ!」
もぐ。
クリーム色の毛並みから白い光が広がった。その光を矢じりへ集め、弦を引く。
放つ。
矢は的に刺さったが、白い光は途中でほどけて消えた。
「……駄目か」
二本目は、矢じりへ無理やり押し込むように光を集める。
もう一度放つと、白い軌跡が一瞬だけ伸びて――また消えた。
「……っ」
残り、三本。
胸ポケットへ手をやると、焦げた小さな櫛が指に触れた。
石畳に倒れたガイの姿が浮かぶ。
焼けた黒い詰襟と、リリアナが何度名前を呼んでも返事をしなかった横顔。
あの時、弓があれば救えた――なんて思わない。
サンクトイーターは、そんな簡単な相手じゃなかった。
この力が少し遠くまで届いたところで、結果が変わったかなんて分からない。
ただ、あの時の俺には、できることが少なすぎた。
剣聖になりたいわけじゃない。勇者になりたいわけでもない。
それでも、次に誰かが命を賭ける時、俺にも使える手が一つでも多い方がいい。
「くーちゃん」
足元を見ると、くーちゃんも俺を見ていた。
「もう一回、力を貸してくれ」
「きゅ!」
一粒差し出す。
もぐ。
白い光が広がった。
いつもと同じはずなのに、今日は少しだけ強く見える。
……気のせいかもしれない。
三本目をつがえる。
光を、矢に乗せるんじゃない。
黒いラベルを見つけ、端をつまんで剥がす。
何度も繰り返した指先の感覚を、そのまま矢じりまで伸ばす。
三本目をつがえる。
光を、矢に乗せるんじゃない。
黒いラベルを見つけ、端をつまんで剥がす。
何度も繰り返した指先の感覚を、そのまま矢じりまで伸ばしていく。
この矢は、俺の指だ。
そう思って弦を引き、放つ。
「行け!」
白い線が射場を走り、矢は中心から少し外れた藁の的へ突き立った。
上手くはない。
それでも、矢じりには白い光が残っている。
「……残った」
手から離れても、消えていない。
これで本当に黒いラベルを剥がせるかは分からない。実戦で使えるかも、まだ分からない。
それでも、触れなければ届かなかった指先が、今、初めて俺の手を離れた。
「きゃん!」
くーちゃんが的へ向かって全力で走っていく。
「おい、それ取ってこなくていいぞ」
たぶん、取ってこいだと思っている。
***
二時間後。
待ち合わせの広間へ戻ると、リリアナが布に包んだ炉心を抱えていた。
【黒層蓄熱晶】
【状態:精錬済】
【適合:白鐘炉・蓄熱炉心】
「無事に終わりました。これで白鐘炉が使えます」
「こっちも、少し収穫があった」
背負った弓を見せると、リリアナが目を瞬かせた。
「……弓、ですか?」
「ちょっと試したいことがあってな」
「買ったんですか?」
「詳しくは帰ってから話す」
「おいくらでした?」
「詳しくは帰ってから話す」
二回言った。
リリアナは笑顔のまま首を傾げた。
察しのいい聖女が、察してしまった顔だった。
炉心は手に入ったし、俺も《本来評価》の新しい使い方を一つ掴んだ。
あとはアリアが、《オラ・カリス》の手掛かりを拾っていれば――。
資料区画の方から、足音が近づいてくる。
アリアだった。
ただし、一人じゃない。
その後ろに、見覚えのある金髪の女がいた。
俺を追放した勇者カインのパーティーにいた魔法士。
イザベラだった。
足元で、くーちゃんの尻尾がぴたりと止まる。
「きゅ……」
アリアは、見るからに嫌そうな顔をしていた。
「……何があった?」
「私に聞かないで」
アリアが一歩横へずれる。
「あなたに話があるそうよ」
【白鐘もふもふボード】
支払期限:あと五日
必要額:銀貨二百枚
現在資金:銅貨五枚
くーちゃん「炉心と矢が手に入ったわん! おかねはなくなったわん!」




