第24話 ダンジョン探索開始――ここ掘れポメラニアン
昼前。
俺たちは、白鐘の礼拝堂の裏手にある黒層ダンジョンの入口へ来ていた。
昔、黒層で負傷した探索者を礼拝堂へ運び込むために使われていた《旧救命口》。
今では、いわば裏口だ。
差し押さえまで、あと五日。
必要なのは銀貨二百枚。
「今日の予定を確認しておくぞ」
ここから第一層へ入って、昼過ぎまで売れる素材と食料を集める。
そのまま第一層を抜ければ、反対側にダンジョンギルドの正規出入口がある。
そこで素材を換金して、日が落ちる前には白鐘へ戻る。
「ずいぶん忙しいわね」
アリアが言った。
「五日しかないからな」
それに、潜る以上は《オラ・カリス》に繋がるものも見落としたくない。
「あと、食料ね」
ぐぅ。
小さな音がした。
アリアの頬が、ほんの少しだけ赤くなる。
「……何か言いたそうね」
「いや、何でもない」
アステリアの柄に手が乗った。
黙っておこう。
朝、食料棚に残っていたのは、少しのパンと干し肉だけだ。
くーちゃんのボーロだけは、一袋まるごと残っていたけど。
「きゅ?」
「お前だけ余裕ある顔するな」
そんなやり取りをしている間に、リリアナは入口脇へ移動していた。
「では、始めますね」
リリアナが小型魔導カメラを構えた。
「白猫ちゃんねる、本日は黒層ダンジョンの第一層を探索します」
少し緊張した声で、順番にカメラを向けていく。
「鑑定士の透矢さん。剣聖のアリアさん。それから――」
「きゅ!」
くーちゃんが画面の下から割り込んだ。
「ポメラニアンのくーちゃんです」
《メンバー豪華だな》
《固定パーティー?》
《もうクラン作れば?》
《犬が団長?》
……クランか。
考えたこともなかった。
まあ、今は銀貨二百枚が先だな。
画面の隅へ目をやる。
【白猫ちゃんねる】
【登録者:二十四人】
【同時視聴者:四人】
「四人です!」
「増えたな」
「登録者も二十四人になりました」
「元は二人だったっけ?」
「数日で、十二倍です」
妙に誇らしげだった。
そのままカメラを回しながら、俺たちは黒層第一層へ入った。
名前の通り、岩壁はほとんど黒い。
天井に埋まった青白い鉱石だけが細い通路を照らし、足音が妙に遠くまで響いた。
「低層とはいえ、油断はなしだぞ」
「久しぶりに暴れられるわね」
隣で、アリアがアステリアの柄へ手をかける。
妙に楽しそうだった。
「……今の聞いてたか?」
「聞いてたわよ。邪魔する魔物を倒せばいいんでしょう?」
その言い方が、すでに怖い。
一時間ほど歩いたところで、岩壁から黒い結晶を剥がす。
【黒鉄晶】
【用途:武器補強材】
【買取目安:銀貨三枚】
「売れそうですね」
「今はそれが一番ありがたい」
【同時視聴者:十三人】
「同接十三人です!」
「増えたな」
昨日までの白猫ちゃんねるを考えれば、かなりの伸びだ。
剣聖がいる。
聖女もいる。
くーちゃんも妙に人気がある。
……これ、配信だけでも少しは稼げるんじゃないか?
足元では、くーちゃんが岩の隙間へ鼻を突っ込んでいた。
「きゅ」
「そこには何もないぞ」
「きゅう」
その時、通路の奥から甲高い鳴き声が響いた。
黒い羽根の鳥型魔物が、五羽まとめて飛び出してくる。
【黒羽コッコ】
【危険度:E】
「アリア!」
「分かっているわ」
トン。
タン。
白銀の線が走る。
二羽。
返す刃でもう二羽。
最後の一羽が俺の頭上へ回り込んだ。
「きゃん!」
くーちゃんが吠える。
一瞬だけコッコの視線が逸れた。
「遅いわ」
アステリアの鞘が、その腹を打つ。
黒羽コッコが、俺の足元へ転がった。
アリアは少し満足そうだった。
《犬が囮した》
《連携うまくない?》
《剣聖つよ》
《コッコ食える?》
……そこは気になるな。
鑑定する。
【可食部:多】
【推奨調理:焼き/煮込み】
「食えるみたいだぞ」
「持って帰りましょう」
リリアナの返事が早かった。
アリアもコッコを見る。
「鶏肉に近いのかしら?」
「たぶんな」
「なら異論はないわ」
剣聖も空腹には勝てなかった。
そこでリリアナが止まる。
「……あ」
「今度はなんだ?」
「持ち帰っても、今の白鐘では焼けません」
「なんで?」
「炉が動かないんです」
……そういえば。
礼拝堂の奥にあった、煤だらけの古い炉。
【白鐘炉】
【状態:停止】
【欠損部位:蓄熱炉心】
「炉心がないのか」
俺が言うと、リリアナが少し考え込んだ。
「……一つ、心当たりがあります」
「何だ?」
「《黒層蓄熱晶》です。昔、白鐘の修繕記録で見たことがあります。加工すれば、古い炉の炉心として使えるはずです」
「この辺で採れるのか?」
「記録では、第一層でも採れたと」
晩飯を食うにも、炉心がいるらしい。
「見つけたら拾っていこう」
その後も第一層を回った。
何度か魔物にも出くわしたが、金になりそうな素材はほとんど残さなかった。
となれば、拾えるものを拾うしかない。
黒鉄晶。
薬草。
食べられる茸。
くーちゃんが鼻で見つけた迷宮芋。
《また犬》
《探索犬になってる》
《その鼻、便利すぎる》
「褒められてるぞ」
「きゅ!」
昼をだいぶ過ぎた頃、一度収穫を確認した。
食料は悪くない。
問題は金だ。
【換金見込:銀貨八枚】
【配信収益:銅貨五枚】
「……まず八枚か」
五日で銀貨二百枚。
まだ、かなり遠い。
配信も、あれだけ人が増えて銅貨五枚。
……思ったより、金にはならないんだな。
「でも、同時視聴は二人から十七人です」
リリアナは、少し嬉しそうだった。
「……そっちは順調だな」
「はい!」
リリアナが嬉しそうなら、まあ悪くない。
とはいえ、《黒層蓄熱晶》も見つからない。
アリアが、残った脇道を見る。
「もう少し探す?」
端末で時刻を確認する。
「いや。予定通りここまでだ。ギルドへ行こう」
「分かったわ」
配信を切ろうとして、画面を見る。
【同時視聴者:十七人】
……まだ結構残ってるな。
「くーちゃん。最後に芸でもやるか」
「きゅ?」
本人も初耳みたいな顔をした。
リリアナがカメラをくーちゃんへ向ける。
「では、くーちゃんの芸ですにゃん」
……今、言うのか。
《にゃん!?》
《聖女様がんばってる》
リリアナの顔が赤くなった。
「おすわり」
くーちゃんが、ちょこんと腰を下ろす。
「お手」
差し出した手に、小さな前足がぽす。
「伏せ」
ぺたん。
《かわいい》
《優勝》
《ボーロあげたい》
くーちゃんは褒められて上機嫌だった。
尻尾が忙しく左右へ揺れている。
「じゃあ最後に、あれやるか」
休憩地点の端にある、土がむき出しの場所を指す。
「ここ掘れ、くーちゃん」
「きゅ!」
三年一緒にいるが、くーちゃんは昔からこれが好きだった。
指さした場所をとりあえず掘る。そして大抵、何も出ない。
ざっ、ざっ。
《何か出たことある?》
「ない」
《ないのかよ》
俺だって、今日だけ何か出るとは思っていなかった。
ところが。
くーちゃんの鼻が、ぴたりと止まった。
くん、くんくん、と地面を嗅ぎながら少し場所を変えると、今度はさっきまでとは違う勢いで前足を動かし始める。
「……何かあるのか?」
「きゃん!」
ざっ、と土が飛ぶ。
次の瞬間、穴の底から煤けた黒い石が、ころんと転がり出た。
鑑定を向ける。
【煤晶】
【評価:低】
【用途:なし】
【買取価値:ほぼなし】
《クズ石w》
《ここ掘れ失敗》
《犬かわいいからヨシ》
「……三年やって、初めて出たのがクズ石か」
「きゅ?」
「残念だったな」
だが、くーちゃんは石から離れなかった。
ぺし、と前足で叩く。
もう一度叩いて、それから俺を見る。
「……まさか」
ボーロ袋を取り出した。
《ボーロ出た》
《待って》
《光るやつ?》
視聴者まで分かってきたらしい。
「これ、見ろってことか?」
「きゃん!」
一粒差し出す。
もぐ。
クリーム色の毛並みから白い光が広がり、煤晶の表示が揺れた。
【表面評価:煤晶】
【本来評価:黒層蓄熱晶】
【適合:白鐘炉・蓄熱炉心】
「……出た」
煤けた石の奥で、赤い熱がとくん、と脈打った。
第一層を回っても見つからなかった炉心。
誰も拾わないクズ石の中に、それは隠れていた。
「黒層蓄熱晶……!」
リリアナが、カメラごと身を乗り出す。
その横では、くーちゃんが掘った穴の前で、これでもかと胸を張っていた。
「きゅ!」
《ここ掘れガチ》
《犬また当てた》
《犬が本体説》
【同時視聴者:二十一人】
初めての黒層配信で一番盛り上がったのは、
剣聖の剣でも、聖女の「にゃん」でもない。
ポメラニアンが掘った、小さな穴だった。




