第15話 聖女様、その奇跡では誰も治ってません
翌日。
中央広場は、昨日よりひどいことになっていた。
白い壇上。三台の魔導カメラ。舞い続ける花びら。聖歌まで流れている。
救済というより、完全に興行だ。
でも、見物に来たんじゃない。
アリアを救う手がかりを、セラフィナから剥がしに来た。
クロウが次に評定すると言っていたリリアナは、一か月前に奇跡を失った。
その頃、セラフィナが現れ、入れ替わるように聖女になった。
そして昨日、そのセラフィナの救済から黒いラベルが出た。
……偶然とは思えない。
なら、今日やることは一つだ。
あの救済を、みんなの前で剥がす。
段取りは、昨夜のうちに決めてある。 うまく運ぶ保証も、その先に何が出るかも分からない。
それでも――もう、立ち止まっている時間はない。
壇上のリリアナは、今日も地味な巡礼服のままだった。 白い聖女服さえ着れば、誰より聖女らしく見えるはずなのに。花びらと聖歌に飾られた舞台の中で、嫌になるくらい目立たない。
隣にはアリア。
今朝、作戦を話すと「私も行く」の一点張りで、結局折れたのはこっちだった。
顔色は白い。立っているだけでも、昨日より辛そうだ。
【余命推定:二日】
……数字だけは、待ってくれない。
くーちゃんが、アリアの足元で不安そうに見上げる。
「きゅ……」
アリアは屈むこともできず、指先だけを伸ばした。くーちゃんが、そこへ鼻先を押しつける。
その腕を見て、息が詰まった。 黒紋は両腕を覆い尽くし、脚にまで這い上がっている。
これでは、さすがのアリアでも戦えない。
「……あと少しだけ耐えてくれ」
「今日、セラフィナから何か掴む」
アリアが、苦しそうに息を吐きながら、それでも小さく笑う。
「……あなたを頼もしいと思う日が来るなんてね」
「Fランクにも、やる時くらいある」
アリアは俺を見たまま、ゆっくり頷いた。
広場が、一気に沸いた。
セラフィナが壇上へ現れる。 金色の髪に、純白の聖女衣――花びらも、聖歌も、三台の魔導カメラも、全部が彼女一人のために用意されたようだった。
《セラフィナ様きた!》
《ガチ対決》
《リリアナ、勝てるの?》
歓声を受け止めてから、セラフィナがリリアナへ微笑んだ。
「お越しいただき、ありがとうございます」
昨日と同じ、柔らかい声だった。
「ですが、ひとつだけ困りました」
首を傾げる。
「リリアナ様は、どなたを救済なさるおつもりですか?」
広場がざわめいた。
「聖女は、救いを求める方がいて初めて聖女たりえます」
セラフィナが、誰もいないリリアナの後ろへ視線を向ける。
「救済対象がいらっしゃらないのでしたら――本日は不戦敗、ということでよろしいでしょうか」
《不戦敗w》
《誰も頼まないだろ》
《これもう終わってね?》
ガイが懐から櫛を取り出し、リーゼントの前髪に一度だけ入れた。
「……患者がいねえ相手を負けにするのが、救済かよ」
隣で、アリアが浅く息を吸う。
「なら、私が救いを求めるわ」
一歩、前へ出た。 ふらつく。それでも、もう一歩。
「私はアリア・ヴァンレイス」
黒紋に侵された腕を、突き出すように見せる。
「二日後に死ぬ呪いを受けているわ」
コメントが止まり、一拍遅れて爆発した。
《剣聖アリア!?》
《余命二日!?》
《これ救えたら本物だろ》
「私を救いなさい、聖女リリアナ」
リリアナの瞳が揺れた。
「……はい」
セラフィナは一瞬だけ黙った。
「そうですか。救済を求める方がいらっしゃるのでしたら」
すぐに、いつもの柔らかな微笑みに戻る。
「救済対決をお受けしましょう」
「ただし、敗れた方は今後、この聖都で救済活動を行わない。それでよろしいですね?」
広場がざわめいた。
リリアナは唇を結び、頷く。
「……分かりました」
セラフィナが、観衆へ向き直る。
「では、始めましょう。まずは私の救済からです」
背後から、三人の患者が壇上へ上がった。
杖に体重を預けた老人。黒い呪傷の走る腕を抱えた女性。息をするたび、胸を押さえる男。
セラフィナが、三人の前へ進み出た。
「苦しみは、私が引き受けます」
白金のヴェールが広がり、三人をまとめて包む。
昨日、あの少女を包んでいたのと同じ光だ。
光が消えた。
老人が、恐る恐る杖から手を離す。
「……歩ける」
女性も腕を持ち上げた。
「動く……痛くない……!」
男が深く息を吸う。
「苦しくない……!」
三人の目から、涙がこぼれた。
《三人まとめてとか》
《これぞ聖女》
《勝負ついたわこれ》
やっぱり、セラフィナ様の救済は本物だ。
これほど慈悲深い方なら――
……くそ、まただ。
頭の中に、俺じゃない言葉が混ざっている。
もう一度、三人へ目を凝らす。
老人の膝は、まだ揺れている。女性の腕には、黒い呪傷が残ったまま。男の顔色も青白い。
……これ、本当に治ってるのか?
セラフィナは、満足そうに三人を見渡した。
「では、リリアナ様。次はあなたの番です」
その口元には、もう勝ったつもりの笑みが張りついていた。
リリアナが一歩出る。
「その前に、お願いがあります」
「何でしょう?」
「救済の前後に、鑑定を入れてほしいのです」
セラフィナは、一度だけ目を瞬いた。
「アリア様の呪いは複雑です。本当に状態が変わったのか、確認できる方がいた方がいいと思います」
《それはそう》
《ビフォーアフターで見れば早い》
……さあ、どうする。セラフィナ。
セラフィナは、広場へ一度だけ視線を巡らせた。それから、柔らかな微笑みを浮かべる。
「もちろん構いません」
「ですが、急な催しでしたので、鑑定士までは用意しておりません」
観衆を見渡す。
「この中に、鑑定のできる方はいらっしゃいますか?」
誰も手を上げない。
……まあ、名乗り出たい役でもないか。
なら、空いてる席はもらう。
俺は手を上げた。
「一応、できます」
セラフィナの視線が、俺を捉える。
「鑑定士です。Fランクですが」
わざと先に言ってやると、広場になんとも言えない間が落ちた。
《Fランクw》
《それ大丈夫なん》
《いないよりはマシか》
セラフィナは困ったように笑った。
「まあ……救済前後の状態を確認する程度でしたら、Fランクの方でも問題ないでしょう。どうぞ、壇上へ」
横で、ガイが櫛を懐へしまい、顔を伏せた。
……笑うなって。
俺が歩き出すと、くーちゃんも当然のようについてきた。
セラフィナが目を瞬く。
「……その犬も?」
「俺の鑑定に必要なんで」
「きゅ!」
くーちゃんが、なぜか得意そうに胸を張った。
セラフィナは、そんなくーちゃんをしばらく見つめる。
「……ふふ。まあ、構いません」
よし、通った。
振り返ると、ガイがこっちへ親指を立てていた。
……楽しんでるだろ、お前。
くーちゃんと壇上へ上がる。
「では、まずアリア様の状態を鑑定してください」
アリアへ鑑定を向ける。
【対象:アリア・ヴァンレイス】
【血統呪詛:死蝕】
【余命推定:二日】
……何度見ても、嫌な数字だ。
鑑定結果を壇上の魔導端末へ送ると、広場の巨大画面にも同じ文字が浮かんだ。
【余命推定:二日】
《本当に二日だ》
《これ治せたら本物》
リリアナがアリアの前へ進み、黒紋の浮いた腕を両手でそっと包んだ。
「アリア様。あなたが私を聖女と呼び、救いを求めてくださった」
まっすぐ、アリアを見る。
「なら、今度は私が応えます」
「奇跡がなくても、今の私にできるすべてで、あなたを救います」
一度だけ息を吸った。
「救済を始めます」
広場中の視線が、二人へ集まる。
セラフィナも、信者も、三台の魔導カメラも。
人の目も、レンズも、全部。
……よし。今だ。
「くーちゃん、行くぞ!」
ボーロを一粒差し出す。
「きゅ!」
もぐ、と食べた。
クリーム色の毛並みから、白い光が広がる。
視界が切り替わった。
世界の表面が、また一枚めくれる。
俺が見たのは、アリアじゃない。
さっき救済された、あの三人だった。
老人の脚、呪傷の残る女性の腕、男の胸元。
そこに、同じ黒いラベルが浮かんでいる。
【貼付効果:痛覚遮断】
【貼付効果:危機認識鈍化】
【認識誘導:救済済み】
【剥離可能】
三人ともだ。
……やっぱり、治してなんかいない。
セラフィナが、白い光に気づいて振り向く。
だが、遅い。
老人の脚へ手を伸ばし、黒いラベルを掴む。
べりっ。
「っ……!」
痛みが戻った老人の膝が崩れかける。
そのまま、隣の女性へ走る。
「何をしているの!」
セラフィナの声が飛ぶより早く、呪傷に貼りついたラベルを引き剥がす。
べりっ。
女性の顔から笑みが消えた。
あと一人。
胸を押さえた男へ向かう。
「止めろ!」
横から信者が飛び込んできた。
ごっ。
俺と信者の間へ、傷だらけの大盾が滑り込む。
「邪魔すんな」
ガイだった。
……来ると思ってた。
盾の横を抜け、最後のラベルを掴んだ。
べりっ。
……俺たちを通したのが、間違いだったな。セラフィナ。
広場から、歓声が消えた。
セラフィナの微笑みが、初めて固まる。
そして、救済されたはずの三人の顔からも、同時に笑みが消えた。




