第12話 見てるだけの奴は、漢じゃねえ
傷だらけの大盾が、俺たちと聖務官たちの間を塞いでいた。
くーちゃんが、その陰へ回り込む。
「きゅう」
ガイは盾を下ろさない。
「ガイ……来てくれたのですね」
リリアナの声に、初めて安堵が滲んだ。
「勘違いすんな。俺は――」
「セラフィナ様の名において、裁く!」
言い終わる前に、先頭の男が杖を掲げた。続けて二人。
光弾。炎。風刃。
三つの魔法が、ほとんど同時にガイへ殺到する。
「……話の途中だろうが」
ガイは避けなかった。
傷だらけの大盾だけを、半歩前へ出す。
光弾がぶつかり、炎が広がり、風刃が表面を叩いた。
砕ける――
そう思った次の瞬間、盾を白い光が走った。
三つの魔法が、一斉に逆流する。
「なっ!?」
聖務官たちがまとめて吹き飛んだ。
三つとも、返した。
「そんな……ボロ盾で……」
倒れた男が呻く。
ガイは盾を下ろした。
「何でも返す盾じゃねえ」
背後の俺たちに視線を移す。
「守るもんが後ろにいる時だけ、こいつは仕事する」
黒帆市の《完全反射の盾》が頭をよぎった。
あっちは、何でも返すと飾り立てた偽物だった。
こっちは傷だらけで、守る時にしか働かない。
……なのに、本物に見えるのは、こっちだった。
聖務官たちが呻きながら立ち上がる。
「セラフィナ様に逆らったこと、後悔するぞ……!」
「誰の名を出そうが関係ねえ。犬を蹴ろうとした時点で、お前らは俺の敵だ」
三人は、その声を背に逃げていった。
……ひとまず、この場はなんとかなった。
リリアナが小さく息を吐く。
「助かりました、ガイ」
「包帯を届けに来ただけだ」
ガイが、片手の薬箱を持ち上げてみせた。
くーちゃんが、ガイの足元からひょこっと顔を出す。
ガイが、その小さな頭へ視線を落とした。
「お前、さっきは無茶しすぎだ」
声が、少しだけ柔らかい。
「きゅ?」
くーちゃんが首をかしげる。
「説教じゃねえ。危ねえって言ってんだ」
くーちゃんの頭を軽く撫でて、ガイが顔を上げる。
視線がリリアナへ――いや、その肩を借りるアリアへ流れた。
「そっちの姉ちゃん、立つのもやっとじゃねえか」
ガイの目が、俺で止まった。
「お前、この姉ちゃんの連れか?」
「ああ。一緒にここまで来た」
数秒、俺を見た。
さっきまでの柔らかさが、目から消えていく。
「……だったら、お前は何してた」
「……」
言われて、さっきの光景が蘇る。
まともに立てなかったアリア。 俺たちの前へ飛び出したくーちゃん。
あの瞬間、俺は何もできなかった。
「犬まで前に出た。お前は後ろで見てただけだ」
「……そうだな」
ガイは胸ポケットから櫛を抜き、前髪をひと撫でする。
「強いか弱いかの話じゃねえんだ」
櫛をしまう。
「守りてえもんがあるなら、自分が前に立つ。それが筋だ」
傷だらけの盾を肩へ担ぎ直す。
「犬にまで守られてる奴を――」
「俺は、漢とは認めねえ」
……初対面で、ずいぶん重い採点をされた。
だけど、妙に説得力があった。
今の俺だけを見れば、そう見えるのかもしれない。
「……そうかもな」
「言い返さねえのか」
「そう見えたなら仕方ないだろ」
ガイが眉を寄せる。
「……調子狂う奴だな」
背後で、アリアが苦しそうに息を詰まらせた。それでも、声を絞り出す。
「……何も、知らないくせに」
リリアナに支えられたまま、ガイを睨みつけている。
「アリア、いい」
「でも――」
「くーちゃんを助けてくれた。それで十分だ」
アリアはまだ不満そうだったが、それ以上は続けなかった。
***
施療所の中は、薬草の匂いがした。
アリアを寝台へ横にすると、リリアナがすぐに診始める。
脈と黒紋を確かめ、額へ冷たい布を置き、薬草を煎じる手も止めない。
奇跡はない。
それでも、必要な手は次々と動いた。
「ガイ、薬棚の二段目を」
「リリアナ、あんたも少し座った方が――」
「二段目です」
「……はいよ」
さっき三人を吹き飛ばしたリーゼントが、素直に棚を漁っていた。
……番犬って呼ばれてた理由、少し分かった気がする。
「……っ、まだ……」
起き上がろうとしたアリアの腕から、すぐに力が抜けた。
「もう休んでください」
今度は、言い返す声もなかった。
しばらくすると、アリアの呼吸が静かになった。
……眠れたか。
なら、その間に俺もできることをしておこう。
「クロウって男に、狙われる心当たりはないか?」
リリアナは首を横に振った。
「その名前は、初めて聞きました」
……どういうことだ?
クロウはリリアナを名指ししていた。なのに、当人は知らない。
だが、これから狙うとは限らない。
もう、何かされた後だとしたら?
中央聖堂で聞いた一言が蘇る。
『奇跡を失ったあの者』
「……奇跡が使えなくなったのは、いつだ?」
「一か月ほど前です」
「その頃、何か変わったことは?」
リリアナが少し考える。
「……そういえば、セラフィナ様がこの町へ来られたのも、その頃でした」
救済式。配信。瞬く間に増えた信者。
「そのあと、セラフィナが今の聖女になったんだよな?」
「はい。ほどなくして、セラフィナ様が聖女に選ばれました」
「偶然じゃねえだろ」
ガイが低く言った。
「奇跡が消えた途端、あいつが聖女になった。リリアナは中央聖堂を追い出されて、こっちは町外れだ」
「ガイ」
リリアナが静かに止める。
「だからといって、セラフィナ様の仕業だと決めつけてはいけません」
「……分かってるよ」
ガイは不満そうに顔を背けた。
……怪しい。だが、時期が重なっただけじゃ証拠にはならない。
クロウが関わっているのかも、まだ分からない。
「セラフィナについて、もっと分かるものはないか?」
リリアナは少し考えてから、薬棚の脇へ目を向けた。
「……それなら、配信があります」
古い魔導端末へ手を伸ばす。
「セラフィナ様の救済式は、毎回配信されていますので」
端末に魔力が通る。
【白猫ちゃんねる】
……ん?
「これが、聖女の救済配信か?」
「そ、それは違います!」
リリアナが慌てて端末へ手を伸ばす。
一瞬、遅かった。
画面に、白い猫耳をつけた女性が映る。 ぎこちなく笑っている。
……リリアナじゃないか?
【視聴者数:3】
「……三人しかいないのか?」
「ガイと、薬草屋のおばあさんと……」
リリアナの声が、どんどん小さくなる。
「……私です」
「実質二人じゃないか」
リリアナが両手で顔を覆った。
端末から、さらに記録音声が流れた。
『白猫ちゃんです……にゃん』
……白猫って、そこからかよ。
ガイが真顔で端末を見つめている。
「……まあ、色々試すのは悪くねえ」
「慰めないでください……」
しばらくして、リリアナがようやく顔を上げた。
「奇跡が使えなくなってから、考えたんです」
「今までのようには救えなくても、配信なら、遠くにいる方にも声を届けられるかもしれないって」
端末を見る目から、もう照れは消えていた。
ガイが前髪をひと撫でして、そっぽを向く。
「奇跡が使えても、使えなくてもリリアナは変わってねえ。昔からこうだ」
「昔からって、長い付き合いなのか?」
「ああ。長い。俺みたいなのが聖女のそばにいるのは、筋じゃねえ」
「けどな、リリアナにはデカい借りがある。まだ返し終わってねえ」
リリアナが、少し困ったように笑った。
「もう、十分返していただいています」
「返す量は、借りた側が決める」
……面倒な理屈だ。
でも、本気でそう思っているのだけは伝わってきた。
リリアナは少し照れたように視線を逸らし、端末へ指を戻した。
「……セラフィナ様の配信でしたね」
「今日の救済式が残っています」
「見せてくれ」
画面が切り替わる。
白い衣の聖女――セラフィナ。
『祈りなさい。あなたはもう、救われています』
金色の光が、患者を包む白いヴェールへ広がっていく。
《セラフィナ様、尊い》
《今日も救われた》
《これが本物の聖女》
「……すごいですよね」
リリアナが呟く。
「これだけ多くの方に、届いている」
ガイの顔が露骨に曇った。
その時。
「うぅ……」
くーちゃんが低く唸った。
見ているのは、セラフィナじゃない。
その手元で揺れる、白いヴェールだ。
俺も、画面へ鑑定を向けた。
【祈光ヴェール】
【評価:慈愛の聖具】
……それだけ。
映像越しじゃ、これ以上は見えない。鑑定も、慈愛の聖具だと言っている。
なのに、くーちゃんは唸り続けている。
……お前には、何が見えてる?




