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京都陰陽師・真琴の怪異譚 ~怪異より先に、人の事情が視えてしまう~  作者: K3/KASANE
『潮の順番』

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第4話「数が合わない」

時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


 朝いちばんに、わたしは仮説を一つ潰した。


 恨みの念という線だ。


 もしも圭吾さんが四人を恨んでいるなら、跡は逆を向く。


 連れて行く念は、陸から海へ引く跡を残す。


 砂を掻いた形になったり、爪先が水を向いたりする。


 この足跡は、四列とも陸を向いていた。


 誰かを引くのではなく、上がってきている。


 連れに来ているのではない。


 見せに来ている。


 念にできることは、そんなに多くない。


 言葉が使えないなら、順番と向きで伝える。


 わたしはそれを、そう読んだ。



 漁協の朝は、五時から始まっていた。


 わたしが行った八時には、もう終わりかけていた。


 氷を崩す音がする。


 水で流したコンクリートの匂いがする。


 魚の匂いは、思っていたより薄かった。


 冷たいものは、あまり匂わない。


 鵜飼さんは長靴で立ったまま、番重を洗っていた。


 わたしを見て、目だけで会釈をした。


「おはようございます」


「……おはようございます」


「よく眠れましたの」


 水の音が、少しだけ止まった。


「寝てます」


「そうですか」


 わたしは、それ以上聞かなかった。


 鵜飼さんも、それ以上は言わなかった。


 かけられない人の背中だった。



 漁協の二階の倉庫に、写真の箱があった。


 紙焼きの写真が輪ゴムで束ねてある。


 夏の浜の写真ばかりだった。


 海の家の前で、日焼けした人たちが並んで笑っている。


 水着の写真も混ざっていた。


 塩見さんが一枚を抜いて、しばらく眺めた。


「昔の浜は、ようけ人が来たわ」


 わたしは束のほうを見ていることにした。


「これは、いつのですか」


 わたしは一枚を持ち上げた。


「そら、毎年撮っとるからな」


 塩見さんは輪ゴムを外した。


「裏に書いてあるわ」


「毎年、同じ場所で撮っていらしたんですの」


「同じ場所や。海の家の前でな」


 塩見さんは束をこちらへ寄せた。


「昔は、店の壁に貼り出しとった。誰が来たか、ひと目で分かるようにな」


「今は」


「やめた」


 鉛筆で年が書いてある。


 わたしは四年前の八月の束を選んだ。


 海の家の前。


 パイプ椅子と、かき氷の旗。


 高校生が五人、並んで写っていた。


 真ん中に、背の高い男の子。


 顔が濃くて、笑い方が大きい。


 その左に、細い男の子。


 右に、髪を後ろで結んだ女の子。


 端に、二人。


 五人とも、日に焼けていた。


 濡れた髪のままの子が二人いる。


 撮ったのは、泳いだあとだ。


 真ん中の男の子だけ、腕を横の二人へ回していた。


 人を引き寄せる癖のある子の立ち方だった。


 わたしは女の子の足を見た。


 左の足首に、白い包帯が巻かれている。


 サンダルを引きずるように履いていた。


 包帯は新しかった。


 巻いたばかりの、まだ白いものだ。


「この写真、誰が撮ったんですか」


「室井さんやろ。毎年、海の家の前で撮ってた」


「この年で、やめられたんですのね」


「やめた」


「なぜですの」


「……写っとる子が、一人おらんようになったからやろ」


 塩見さんは写真を覗き込んで、それから黙った。


 黙り方が、昨日の鵜飼さんと同じだった。


「この真ん中の子は」


「……圭吾くんや」


「隣の四人は」


 塩見さんは湯呑みを持って、口をつけなかった。


「知らんな」


「四年前まで、毎年撮っていらした浜ですのに」


「知らんもんは知らん」


「塩見さん」


 先に、名を呼ばれた。


「学生さん」


「はい」


「浜だけ見といてくれたら、ええんやけどな」


 二回目だ。


 この人は、二回言った。


「写真、一枚だけ貸していただけますか」


 塩見さんは、返事の代わりに輪ゴムをかけ直した。


 そして、束の上から一枚だけ抜いて、机に置いた。


 置いて、階段を下りていった。



 わたしは砂の上に並べた。


 揃えたものを、一つずつ。


 一つ。


 足跡は満潮の水位より上だ。


 そこから始まっている。


 水が運んだ跡ではない。


 二つ。


 緒の折り返す場所。


 西へ百メートルずれている。


 流された場所でも、上がった場所でもない。


 三つ。


 四列のうち一つが、左足を引いている。


 四年前の八月。


 左足首に包帯を巻いていた人が、写真に一人いる。


 四つ。


 消防団の走り書き。


 通報者は三名と書いてある。


 清書は、一名になっている。


 けれど浜へ上がったのは、四人だ。


 走り書きの時点で、もう一人足りない。


 五つ。


 四列とも、生きている人の跡だ。


 死の匂いは砂にない。


 沖に一つだけある。


 上がってきたのが四人。


 上がってこないのが、沖にもう一人。


 あの日、浜には五人いた。


 四人が上がって、一人が上がらなかった。


 順番まで分かる。


 足跡が出た順が、上がった順だ。


 わたしは砂を払って、立ち上がった。


 この先は、わたしの仕事ではない。


 誰かに数え直してもらう仕事だ。



 鵜飼さんは、夕方の浜へ来た。


 仕事着のまま、軍手を片方だけ外していた。


 外した手のほうが、白かった。


 夕方の風は、まだ陸から吹いていた。


 もう少しで、海からに変わる時間だ。


 わたしは何も言わずに、写真を渡した。


 鵜飼さんは受け取って、長いあいだ見ていた。


 持つ手が、少しずつ下がっていった。


 写真の端が、風で鳴った。


「どこで」


「漁協の、二階です」


「……まだ、ありましたか」


「ありました」


 それから、写真の端の一人を指した。


「これが、俺です」


 声は掠れていた。


「歩幅の広い方ですわね」


「……たぶん」


「ご自分の歩き方は、お分かりになりませんの」


「分かります」


 鵜飼さんは、写真を握った。


「分かるから、たぶんと言いました」


「いちばん先に上がった方でもあります」


 鵜飼さんの肩が、はっきり落ちた。


 わたしは砂の上の四列を、順に指した。


「一列目が、あなた」


 指を動かす。


「二列目が、この細い方」


 もう一つ動かす。


「三列目が、左足を痛めていた方」


 最後の列を指した。


「四列目が、この端の方」


「……涼です」


 鵜飼さんは、指の先を追わなかった。


「真鍋涼。あいつだけ、今どこにおるか知りません」


 海を見ていた。


「四人です」


 自分から言った。


「あの日、圭吾と、俺と、あと三人いました」


 わたしは黙っていた。


 こういうときは、黙るのが仕事だ。


「泳ごうという話は、どなたから」


 鵜飼さんは答えなかった。


「何時ごろでしたの」


「昼過ぎです。いちばん潮が上がってる時分でした」


「その時分に、沖へ」


「浅いと思ってたんです。上がってるときは、いつもより遠くまで行けるので」


「行けたのですか」


「行けました」


 鵜飼さんは、そこで一度息をついた。


「帰るぶんを、誰も数えてませんでした」


「俺らは上がりました」


「圭吾さんは」


「上がらんかった」


 波が寄って、引いた。


「呼んだんです。何回も呼びました」


 鵜飼さんは軍手を握った。


 握った手が、そのまま止まった。


 波が三つ寄るくらい、止まっていた。


「声、届かないんです。海の上は」


 鵜飼さんは海を見た。


「近いように見えて、届かないんです」


「どのくらい離れておりましたの」


「三十メートルか、四十か」


「顔は」


「見えてました」


 鵜飼さんは、海から目を離さなかった。


「見えてて、届かんのです」


「でも、走って人を呼びに行ったのは、俺じゃない」


「誰です」


「ゆきです。足、痛かったのに」


 三列目。


 順番が合う。


 念は、嘘をつかない。


 嘘をつけないから、順番でしか喋れない。


「そのあと、どうなりました」


「大人が来ました」


「どなたが」


「消防団と、漁協の人と、室井さんです」


「室井さんは、いつ来られましたの」


「いちばん最後です」


 鵜飼さんは、軍手を握り直した。


「いちばん最後に来て、いちばん先に喋りました」


 鵜飼さんは、そこで言葉を選んだ。


 選び方が、下手だった。


「……次の日に、圭吾は一人で泳ぎに行った子になってました」


 わたしは、その言い方を聞き逃さなかった。


 なっていた。


 誰かがした、と言わない形だ。


「どなたから、そう聞かれましたの」


「親からです」


「四人とも」


「四人ともです。同じ日に、同じことを言われました」


「あなたたちは、それに」


「はい」


 早い返事だった。


「反対しませんでした」


 鵜飼さんは、初めてわたしを見た。


 目が赤い。


 四年ぶんの赤さだった。


「でも」


 鵜飼さんは、言い足した。


「圭吾が誘ったんじゃないです」


 風が変わった。


 わたしは、ゆっくり息を吸った。


「鵜飼さん」


「はい」


「誰も、誘った話はしていませんけれど」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


時間ができた時随時更新します!

ぜひお楽しみに!


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