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京都陰陽師・真琴の怪異譚  作者: K3
大学生編

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第6話 卒業写真(前編)

帰り道。同じ海が、朝とは違う色をしていました


 待ち合わせは、また夜の大学だった。


 講義棟はとっくに灯りを落としていて、構内を歩く人影もない。

 図書館の通用口の前に、見覚えのあるくたびれたコートが立っていた。

 先月も小銭仕事を回してきた、私服の刑事さんだ。

 街灯の下で見ると、コートの肩がいっそう草臥れて見える。


「悪いね。閉館後やないと、見せられへんもんでな」


「報酬は出るんですよね。……出ますよね」


 わたしは念のため二度訊いた。

 すれているわけではない。今月も家賃が、わたしの預金残高を冷たい目で見つめているだけだ。


「出る出る。同窓会の積立から、まあ、こっそりとな」


 同窓会の積立。

 つまり今回も、警察の正式な案件ではないわけだ。

 表に出せない、誰かの私的な困りごと。

 (――またですわね)

 わたしは胸の内でだけ、小さくため息をついた。



 地下の書庫は、本の背表紙より先に、紙の匂いがした。


 古い紙は年を取ると、こういう匂いになる。

 甘いような、埃っぽいような――誰かの卒業した後の匂いだ。


 天井の低い部屋に、スチールの棚が壁いっぱいに並んでいる。

 奥のほうは灯りが届かず、背表紙の列が藍色の闇に溶けていた。

 その手前の長机に、分厚いアルバムが一冊、開いて置かれている。

 横では四十がらみの男の人が、両手を膝に置いて座っていた。


「田所です。……お忙しいところ、すみません」


 声が、紙より乾いていた。

 眠れていない人の声だ。

 下心ではなく、疲れの匂いがする。

 目の下のくまが、蛍光灯の白さでよけいに濃く見えた。


「この、集合写真なんですが」


 田所さんが指したのは、見開きの右ページだった。

 桜の下に二十人ほどが三列で並んだ、よくある卒業記念の一枚。

 色はもう、すこし褪せかけている。


「数えてみてください」


 わたしは数えた。

 前列、中列、後列。

 二十一人いた。


「名簿は二十人なんです。なのに毎年、見るたびに増えていて」


 いちばん端。

 後列の右、半分だけ桜の枝にかかった位置に、ひとりだけ、ほかの誰とも目を合わせていない人が立っていた。

 ピントが、その人のところだけ、わずかに甘い。


 わたしは手袋を嵌めてから、その顔に指先を寄せた。


 ――ぞわり。


 指の腹から、何かが昇ってくる。

 冷たくはない。むしろ、ぬるい。

 長いあいだ誰かの手のひらで撫でられ続けた紙の、人肌のようなぬるさだった。


 わたしは念の底を探った。


 ……違う。

 錆びた水の匂いが、しない。


「この人は、死んでいませんね」


 田所さんがぱっと顔を上げた。

 刑事さんも半歩こちらへ寄る。

 二人とも、てっきり死んだ卒業生の幽霊だと思っていたらしい。


「生きてる人が、写真に増えるんですか」


「ええ。生きた人の想いが紙に焼きついたんです。……生霊の、類ですわ」


 わたしはすこし得意げに言った。

 誰かがこの人を強く想っている。

 その想いがここまで濃く写り込むほどに。

 (――簡単な話ですわね。緒を辿れば、想っている本人がすぐ知れます)


 内心でわたしは胸を張った。

 あとから思えば、このときのわたしは、いちばん大事なところを見落としていたのだけれど。


「先週は、もっと端でした」


 田所さんの指が震えていた。


「先々週は後ろのほうで、顔もぼやけていて。それが毎週、こっちへ寄ってくるんです」


 書庫の蛍光灯が、ひとつ、ちりっと鳴った。

 奥の闇がほんのすこし、こちらへにじり寄った気がした。

 (――気のせいですわ。気のせい)


 わたしは無表情のまま、写真の端の人物の手元を見た。

 半分だけ写った右手が、何かを軽く握っている。

 筒のような、紙のような、細いもの。


 (――いま、こっちを見ましたわね)


 いえ。

 見ていない。

 ……見ていない、と思いたい。


朝は銀、夕は金。同じ海が、真琴の一日を映していました。

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