第19話 ただの、相談屋でーす
眠そうな眼が開く。
慈恩は、糸目のまま、
煙草を、吐いて、
「ね、危ない、ですよね」
と、のんびり、つぶやいた。
——え?
——なぜ、犬、止まってる?
——なぜ、慈恩様、平然?
混乱の、極み。
そして、慈恩の、横顔を、見た。
その、糸目の、奥。
——あら?
——青と、赤?
——色が、見える?
——慈恩様の、目に、二色の、光?
そう、思った瞬間。
慈恩が、ふっ、と、息を、吐いた。
宙に、浮いた、犬が、
ぱきん、
と、
砕けた。
ガラスの、破片みたいに。
ぱぁん、と、空気の中で、霧散した。
そして、廃村の、周りの、犬たち。
それらも——
ぴた、
と、
止まった。
全部。
一斉に。
そして、
ぱきん、ぱきん、ぱきん、
と、
順番に、砕けて、いった。
「……」
「……」
「……」
真琴も、坂東先生も、
ただ、立ち尽くしていた。
声が、出なかった。
そして、慈恩は、
煙草を、吸い終わって、
ござの、上に、座り直して、
糸目のまま、
「ね、危なかったですね」
と、つぶやいた。
「……」
「……」
——「危なかったですね」って。
——慈恩様、ご自分、で、やった、ですわよね?
——一般人、犬、砕けませんわよね?
そう、真琴の、頭の中が、ぐるぐる、回った。
そして、
坂東先生が、
ゆっくり、
慈恩に、
頭を、下げた。
「ご助力、ありがとうございます」
「いえー」
「失礼ですが——」
「はい」
「慈恩様は、どちら様、ですか」
慈恩は、糸目のまま、
煙を、吐いて、
「やだなー。ぼくは、ただの相談屋ですよー」
と、にこにこ、笑った。
——「ただの、相談屋」、絶対、嘘ですわよ?
——慈恩様、語尾、伸びてますわよ?
——嘘、ついてる?
混乱しながら、真琴は、慈恩を、見た。
慈恩は、糸目のまま、
煙を、吐いて、
ござの、上で、ぼんやりと、
「廃村、てね、面白い、ですよねー」
と、つぶやいた。
——犬、砕いておいて、「面白い」って。
——絶対、ふつうじゃ、ない。
——絶対、一般人、では、ない。
そして、真琴は、坂東先生を、見た。
坂東先生は、慈恩の、前で、
深く、深く、
頭を、下げていた。
「慈恩様」
「はい」
「やはり、貴方が、増援、ですか」
慈恩は、糸目のまま、
煙を、吐いて、
「まあ、ね?」
と、
のんびり、つぶやいた。
そして、
「真琴さん」
「はい?」
「お嬢さん、ね、立派、ですね」
「えっ?」
「ぼくの、こと、守ってくれようとしてくれた」
「あ……」
——わたくし、慈恩様を、お守り、しようとした。
——ぜんぜん、可哀想、じゃなかった。
——慈恩様、わたくしを、試してた?
「真琴さん」
「はい……」
「お嬢さん、ね、本当に、優しい、お方ですよ」
「……」
「ぼく、ね、お礼、言わせて、ください」
「あ……いえ……」
「ぼくのこと、震えてる、と、思って、心配して、くれた」
「は……はい」
「ござまで、肘、支えて、くれた」
「は……はい」
「お水、くれた」
「は……はい」
「ぼく、ね、嬉しかったですー」
——本当に、嬉しかった?
——それとも、また、何かを、隠してる?
——わかりませんわ、もう。
そして、慈恩は、糸目のまま、煙を、吐いて、
「ね、お嬢さん、ね、立派な、陰陽師、になります、よー」
と、
のんびり、
つぶやいた。
その、語尾が——
——今度は、伸びてない?
——いえ、ちょっと、伸びてる、かしら?
——もう、わかりませんわ。
そう、思いながら、真琴は、慈恩を、まじまじ、と、見た。
慈恩は、糸目のまま、
煙草を、吸って、
廃村の、空を、
ぼんやりと、
見上げていた。
その、姿は——
ただの、二十代後半の、
ぐったりした、男性。
なのに——
その、煙が、まっすぐ、空へ、立ち上る、姿。
それが——
——なぜか、大きく、見えた。
——廃村の、止まった、空気の中で。
——その、煙だけが、生きている。
——そして、その、煙を、吐いている、人、が、
——ふつうの、人、では、ない。
——絶対、ない。
そう、真琴は、確信した。
夏の、廃村の、午後。
慈恩の、煙が、
まっすぐ、
空へ、
立ち上っていた。
「ただの相談屋」。
その言葉を、真琴はもう信じられません。
もう少し読み応えのある“働く人間”の物語がお好きな方は、
noteの無料マガジン〈働く人間の物語 ―名を呼ばれない人たちへ―〉
もどうぞ。→
https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e
( ̄ー ̄)




