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京都陰陽師・真琴の怪異譚 ~怪異より先に、人の事情が視えてしまう~  作者: K3/KASANE
犬神の里編  ※大学生編からでも読めます。

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19/94

第19話 父なら、褒めない

時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


「遅かったな、真琴」


 父の顔が笑っている。


 それだけで、偽物だと分かった。


 父も笑う。


 ただし、口の右側だけを少し上げる。


 目は細めない。


 目の前の父は、両目まで優しく細めていた。


「お父様」


 呼びかける。


 偽物は、わたくしへ手を伸ばした。


「よく戻った」


「わたくしが戻ると、分かっていたのですか?」


「大津家の者なら、逃げはしない」


「一度、逃げました」


「それでも戻った。立派だった」


 間違いない。


 父ではない。


「佐伯主任。この方を拘束してください」


「何を言っている」


 父の声が低くなる。


「お父様は、わたくしを褒めません」


「親なら、娘を褒めることもある」


「十歳のとき、初めて一人で式神を出しました」


 一歩、近づく。


「お父様は何とおっしゃったと思います?」


 偽物は答えない。


「『庭を焦がすな』です」


「昔の話だ」


「十五歳で、家の男を全員抜いて試験に合格しました」


 もう一歩。


「そのときは、『字が汚い』でした」


 偽物の笑みが消える。


「今回なら、こうおっしゃいます」


 父の顔を見上げる。


「『帰るのが遅い』」


 父の口が、大きく開いた。


 中から、紙の擦れる音がした。


「下がれ!」


 佐伯主任が、わたくしを突き飛ばす。


 父の袖から、無数の白い紙が噴き出した。


 人の形へ折られた式神。


 どれも、顔がない。


 佐伯主任が細い棒を抜く。


 青い火が走り、式神を焼く。


 灰が門前へ降った。


 父の皮膚にも、細い裂け目が入る。


 下から紙が見えた。


「大津家の身代わり人形……」


 見覚えがある。


 当主が留守のあいだ、客前へ座らせるための式神。


 姿と声は写せる。


 記憶までは持たない。


「誰が動かしていますの?」


 式神は答えない。


 両手を広げ、もう一度、父の形へ戻る。


「真琴。こちらへ来なさい」


「嫌です」


「大津家へ戻れ」


「お父様は、その言い方をしません」


「女が当主に逆らうな」


 胸の奥が痛んだ。


 その言葉は、父も言う。


 何度も聞いた。


 偽物だと分かっていても、身体が止まる。


 大津家の娘として育った時間が、足を縛った。


「真琴さん!」


 後ろから声がした。


 美咲さんだった。


 ひなたと、隼くんもいる。


「なぜ、ここへ?」


「行ってもいいって、言ったでしょう」


 美咲さんは隼くんと一歩分の距離を保ったまま、門前に立っている。


「私たちが決めました。真琴さんを追うって」


 三人の後ろ、門の外に警察車両が停まっていた。


 黒瀬様が手配なさったのだろう。


 慈恩様の姿はない。


 約束どおり、ひなたたちへ決めさせたのだ。


「女が逆らうな」


 式神が繰り返す。


 美咲さんの顔が歪んだ。


「それ、私たちの村と同じです」


 弟を守れ。


 家のために犠牲になれ。


 違う言葉で、同じことを言う。


「そうですわね」


 足が動いた。


 逃げるためではない。


 式神へ近づく。


「わたくしは、大津家へ戻りません」


 白い拘束具をした両手を上げる。


 霊力は使えない。


 それでも、父の胸へ触れた。


 紙の下に、固いものがある。


 小さな木札。


 操っている者の命令が刻まれている。


 指先で引き抜く。


 式神の身体が崩れた。


 白い紙が、足元へ積もる。


 木札には、三つの命令があった。


 《大津真琴を村へ送れ》


 《犬神の器として完成させよ》


 《帰還後、回収せよ》


「わたくしを、器に?」


 佐伯主任が木札を奪う。


 裏面を見る。


「対策室の管理印です」


「あなた方が?」


「違います。この印は、二十年前に廃止された」


「では、誰が」


 屋敷の奥から、鈴の音がした。


 ちりん。


 大津家の地下祭壇を開く音。


 わたくしは門をくぐった。


「真琴さん、待って」


「美咲さんたちは、ここに」


「また、一人で行くの?」


 足が止まる。


 自分から檻へ入ると決めた。


 だからといって、一人で抱える必要はない。


「……一緒に来てください」


「はい」


 美咲さんが答える。


 隼くんも頷く。


 ひなたは、先に廊下へ入っていった。


 佐伯主任も続く。


 屋敷の中は、冷えていた。


 障子はすべて閉じられ、人の気配がない。


 家人は、どこへ行ったのか。


 廊下の角ごとに、政府の封印札が張られている。


 ただし、札の向きが逆だった。


「外から入れないためではありません」


「中のものを出さないためか」


 佐伯主任が棒を構える。


 地下へ続く扉の前に着く。


 扉には、大津家の家紋と、古い対策室の印。


 二つが重なるように刻まれていた。


「大津家と対策室は、昔からつながっていたのですか?」


「公式記録にはありません」


「公式ではない記録なら?」


 佐伯主任は、しばらく黙った。


「霊災対策室の前身は、八つの陰陽師家が作りました」


「大津家も、その一つ?」


「中心です」


 知らなかった。


 父は、何も話さなかった。


 八つ。


 犬守村の八家と、同じ数だった。


 扉の向こうから、父の声がした。


「真琴か」


 今度は、笑っていない。


 短い呼び方。


 胸が縮む。


「お父様ですか?」


「庭を焦がしたとき、おまえは何歳だった」


「十歳です」


「違う。九歳だ」


「覚えていらしたのですか?」


「おまえが十歳と言い張っているだけだ」


 本物だ。


 扉へ駆け寄る。


「いま開けます」


「待て」


「なぜですの?」


「私の身体に、犬神の術が移されている」


 ひなたが扉へ鼻を近づけ、唸った。


「開ければ、私がおまえたちを食う」


 美咲さんの顔が青くなる。


 自分と同じ状態だと分かったのだ。


「誰に、されたのですか?」


 扉の向こうで、父が息を吐く。


「私だ」


「何を言って」


「おまえを器にしないため、私が引き受けた」


 木札の命令。


 父の辞任届。


 腰を痛めたという嘘。


 すべて、わたくしを遠ざけるためだった。


「なら、なぜ村へ行かせたのです?」


「行かせたのではない」


 父の声が、少しだけ弱くなる。


「止められなかった」


 扉の下から、黒い毛が伸びた。


 父の指が、犬の前足へ変わり始めている。


「真琴」


「はい」


「私を祓え」



最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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