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京都陰陽師・真琴の怪異譚  作者: K3
犬神の里

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18/39

第18話 自分から檻へ入る

犬の群れが、廃村を囲む。跳びかかる一匹の、その先で。



「同行していただきます」


 佐伯主任の後ろで、防護服の者が二人動いた。


 わたくしの左右へ回る。


 手には、白い輪があった。


 手錠ではない。


 霊力を封じるための拘束具だ。


「拒否した場合は?」


「強制収容へ切り替えます」


「理由は、霊的汚染の疑い?」


「加えて、命令違反。機密情報への接触。危険対象との過度な同調」


 ひなたを見た。


 日の当たる場所へ伏せている。


 白い毛は血で汚れていた。


 それでも、もう犬神には見えない。


「過度かどうかは、誰が決めたのですか?」


「また、その話をしますか」


「大切なことですので」


 佐伯主任は答えなかった。


 代わりに、防護服の二人へ顎を引く。


 白い輪が近づく。


「待ちなさい」


 黒瀬様が間へ入った。


「真琴の身柄は、討伐任務の関係者として私が預かる」


「あなたの指揮権は停止されています」


「正式な停止命令を見せろ」


「戻れば確認できます」


「なら、戻るまで有効だ」


 二人の視線がぶつかる。


 慈恩様は、少し離れた場所で欠伸をした。


 助ける気がないように見える。


 違う。


 わたくしが決めるのを待っている。


「黒瀬様。ありがとうございます」


「礼を言う場面ではない」


「ですが、同行します」


 黒瀬様が振り返った。


「正気か」


「逃げれば、四十七人を危険な怪異から救ったというわたくしの主張が崩れます」


 危険な怪異と一緒に逃走した陰陽師。


 そう記録されれば、病院へ運ばれた方々まで処分対象へ戻される。


「それに、父の署名を確かめます」


「中へ入れば、自由には出られん」


「外から扉を叩くより、中から開けたほうが早いこともあります」


「それ、ぼくの真似です?」


 慈恩様が口を挟む。


「違います」


「言いそうだなあと思いまして」


「でしたら、先に言ってください」


「真琴ちゃんが自分で言ったほうが、格好いいでしょう」


 腹が立つ。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


「慈恩様。ひなたと美咲さんたちをお願いします」


「お断りします」


「なぜですの?」


「真琴ちゃんと一緒に行くので」


 佐伯主任が眉をひそめた。


「慈恩氏は収容対象ではありません」


「では、面会人で」


「許可できません」


「参考人でも、付添人でも、荷物でもいいですよ」


「遊びではありません」


「知ってます」


 慈恩様の糸のような目が、ほんの少し開いた。


「だから、一人にはしません」


 胸が、わずかに温かくなる。


 でも。


「来ないでください」


 慈恩様の目が閉じた。


「おや」


「あなたが来れば、わたくしは頼ります」


「頼ればいいでしょう」


「今回は、わたくしが署名したものの責任を調べるのです」


 割れた銀札。


 大津家の名を使って受けた依頼。


 慈恩様に任せれば、施設から出ることはできるだろう。


 けれど、記録は残らない。


 何も変わらない。


「一つだけ、お願いがあります」


「何です?」


「三日たっても戻らなければ、父に会ってください」


「三日も待つんですか?」


「二日で」


「今日の夕方では?」


「話を聞いてください」


 慈恩様は口を尖らせた。


 やがて、いつもの間延びした声で答える。


「分かりましたよ」


「絶対です」


「真琴ちゃんこそ、戻ってくださいね」


「はい」


 迷わず答えた。


 ひなたのところへ行く。


 大きな頭が上がった。


「わたくしは、少し出かけます」


 ひなたが立とうとする。


「ついてきてはいけません」


「いく」


「駄目です」


「まつ、の?」


 ひなたは、日の当たる場所で待つと決めた。


 また置いていかれると思ったのかもしれない。


「待っていて、とは言いません」


 白い鼻先へ触れる。


 今度は、ひなたも顔をそむけなかった。


「眠っても、歩いても、美咲さんたちと行ってもよいです。あなたの時間を過ごしてください」


「かえる?」


「帰ります」


「いつ?」


 答えに詰まる。


 約束できる日は分からない。


「帰ると決めています」


 ひなたは、しばらくわたくしの匂いを嗅いだ。


 それから伏せた。


「わかった」


 佐伯主任の前へ戻る。


 両手を差し出した。


「お願いします」


 白い輪が、手首へはめられた。


 冷たい。


 身体の内側から、力が抜けていく。


 桃木剣を取り上げられる。


 護符も、数珠も、財布まで透明な袋へ入れられた。


「財布は必要でしょう」


「施設内で金銭は使いません」


「残り千二百円しかありませんが、返してくださいね」


「記録しておきます」


 本当に記録した。


 少し恥ずかしい。


 灰色の車へ乗る。


 窓はない。


 内側から開ける取っ手もない。


 金属の長椅子へ座ると、扉が閉まった。


 暗闇。


 車が動き出す。


 どこへ向かっているか分からない。


 揺れだけで、山道を下っていると分かる。


 向かいには、佐伯主任が座っていた。


「怖くないのですか?」


「怖いです」


「そうは見えません」


「見せたら、帰してくださいますか?」


「いいえ」


「でしたら、見せる必要がありません」


 佐伯主任は、暗い中で小さく息を吐いた。


「あなたのお父様も、同じことを言いました」


「父に会ったのですか?」


「六日前に」


「署名は、本人が?」


「はい」


 胸が沈む。


「なぜ、わたくしを」


「署名したのは、あなたの収容同意ではありません」


「では、何に?」


「大津家当主の辞任届です」


 意味が分からなかった。


「画面には、先遣調査の承認として」


「書類を流用しました」


 佐伯主任は、あっさり認めた。


「それは、公文書の偽造です」


「内部処理上は、差し替えです」


「言い方を変えても同じです」


「そうですね」


 初めて、佐伯主任の声に疲れが混じった。


「なぜ、わたくしへ話すのですか?」


「施設へ着けば、私は担当を外されます」


「先ほどまで、収容しようとしていたでしょう」


「命令ですから」


「命令なら、何をしてもよいと?」


「よいとは言っていません」


 車が大きく曲がる。


 肩が壁へぶつかった。


「私は、十二年前に一人、逃がしました」


 佐伯主任が言う。


「人へ戻った怪異でした。家族のもとへ帰した」


「その方は?」


「三日後、家族を殺しました」


 暗闇が、さらに重くなった。


「だから、全員を閉じ込めるのですか?」


「だから、私には決められない」


「決められないから、組織へ渡す?」


「組織なら、少なくとも記録は残る」


「先ほど偽造を認めた組織です」


 返事はなかった。


 佐伯主任は、正しい人ではない。


 悪い人とも、まだ決められない。


 失敗して、次は失敗しないように、すべてを閉じ込める側へ回った人。


「四十七人を殺させたくないのですか?」


 尋ねる。


「答えれば、信用しますか?」


「いいえ」


「では、答える必要はありませんね」


 わたくしの言葉を返された。


 少しだけ、この人が分かった気がした。


 車が止まる。


 外で、重い扉が開く音。


 わたくしたちの車の扉も開いた。


 白い光が目へ刺さる。


 山中の施設を想像していた。


 違った。


 見覚えのある場所だった。


 京都。


 大津家の屋敷。


 生まれ育った家の門が、目の前にある。


 門には、政府の封印札が何十枚も張られていた。


「父は、どこですの?」


 佐伯主任は、屋敷の奥を見た。


「地下です」


 門の向こうから、杖をつく音がする。


 こつ。


 こつ。


 腰を痛めているはずの父が、一人で歩いてきた。


「遅かったな、真琴」


 父の顔で、知らないものが笑った。



跳びかかる犬が、宙で止まる。次回、すべてが動きます。

少し難しめの“お仕事もの”は、

noteにまとめてあります。

〈働く人間の物語〉→ https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e

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