第17話 人かどうかを決める人
霊気に当てられ、青ざめる相談屋。真琴は、守る覚悟を決めます。
「人かどうかは、検査後に決定します」
白いスーツの女性は、同じ調子で言った。
朝の挨拶でもするような声だった。
「誰が決めるのですか?」
「対策室です」
「お名前を伺っても?」
「必要ありません」
「では、対策室のどなたが?」
女性の指が、端末の上で止まった。
「判定委員会です」
「委員のお名前は?」
「非公開です」
名前のない組織が、人であるかを決める。
地下の術と同じだった。
選ぶ側は、顔を隠す。
選ばれた側だけが、すべてを奪われる。
「収容の法的な根拠を示してください」
「霊的災害対策特別規程、第十二条です」
「法律ではなく、内部規程ですわね」
女性が、初めてわたくしを正面から見た。
「大津家の方ですね」
「大津真琴です」
「現地協力者に、手続きへ口を挟む権限はありません」
「現地協力の契約なら、先ほど解除しました」
割れた銀札を見せる。
「いまのわたくしは、ただの目撃者です」
「なお悪い」
「いいえ。国の守秘義務へ同意していない者が、ここで起きたことをすべて見ています」
防護服の者たちが、こちらを見た。
女性の目が細くなる。
「脅迫ですか?」
「確認です」
本当は、足が震えていた。
大津家の名も、陰陽師の資格も使えない。
相手がわたくしを拘束すると決めれば、止めるものはない。
けれど、それは四十七人も同じだった。
「救急隊を通してください」
鳥居の外で、救急隊員が止められている。
防護服の者が、先に検査をすると言って道を塞いでいた。
「霊的汚染の確認が先です」
「奈緒さんは、いま呼吸が不安定です」
「死亡しても、検体としての価値は変わりません」
頭の中で、何かが切れた。
桃木剣へ手を伸ばしかける。
その手首を、慈恩様につかまれた。
「真琴ちゃん」
笑っていない声。
「斬ったら、向こうの話が正しくなりますよ」
分かっている。
危険な陰陽師と、危険な四十七人。
まとめて収容する理由を渡してしまう。
剣から手を離す。
「黒瀬様」
助けを求める。
黒瀬様は対策室側の人間だ。
命令に従うなら、わたくしを退ける立場にある。
「収容命令は出ていますか?」
黒瀬様は女性へ尋ねた。
「出ています」
「書面を見せろ」
「現場へ開示する必要はありません」
「私は、現場指揮官として派遣された」
「任務は討伐です。失敗した時点で指揮権は停止されました」
黒瀬様の顔から、感情が消えた。
この人も、使い捨てられた。
わたくしたちを先に送り、次に黒瀬様を送り、最後に対策室が成果だけを回収する。
「なるほど」
黒瀬様は、懐から小さな録音機を出した。
「いまの発言も記録した」
女性の顔色が、わずかに変わる。
「機密情報の無断記録は禁止されています」
「討伐任務では、全過程の記録が義務だ」
「提出してください」
「任務が終わればな」
黒瀬様は、奈緒さんを見る。
「対象が人か怪異か、まだ確定していないのだろう?」
「そうです」
「なら、討伐任務も終わっていない」
女性が黙った。
規則で人を縛る者は、規則で縛り返せる。
「検査をすること自体には、反対しません」
わたくしは言った。
「ただし、医療を優先してください。収容ではなく、保護として扱うこと。ご本人の同意を得ること。家族への連絡を認めること」
「意思疎通ができない者もいます」
「できる方から確認します」
雅人さんのそばへ行く。
彼はまだ声を出せない。
「野上雅人さん。病院で検査を受けますか?」
雅人さんは頷いた。
「対策室の施設ではなく、一般の病院を希望しますか?」
もう一度、頷く。
「ご家族へ連絡してよいですか?」
雅人さんの顔が歪んだ。
弟を食べろと命じられた人。
家族が生きているかも分からない。
それでも、ゆっくり頷いた。
「意思確認はできました」
女性は端末を操作する。
「変異による模倣反応の可能性があります」
「では、わたくしにも同じ検査を」
「何?」
「頷くことが人の意思ではないというなら、わたくしの返事も模倣かもしれません」
「詭弁です」
「人かどうかを疑い始めれば、誰も証明できません」
女性の後ろから、低い声がした。
「佐伯主任」
救急隊員の男性だった。
防護服に止められながら、奈緒さんを見ている。
「患者の容体が悪化しています。医師の指示で搬送します」
「現場管理は対策室が――」
「救急救命士法に基づく救命処置です。停止を命じるなら、氏名と理由を活動記録へ残します」
また、名前だった。
女性――佐伯主任は、唇を結んだ。
やがて、片手を上げる。
防護服の者が道を空けた。
「搬送対象は一名のみです」
「歩けない者も診てください」
救急隊員が境内へ入る。
奈緒さんへ酸素マスクをつけ、担架へ乗せた。
ほかの隊員たちが、四十六人の状態を確認していく。
体温。
脈拍。
怪我。
一人ずつ、人の身体として触れていく。
「氏名を教えてください」
隊員が尋ねる。
声が出ない者には、失踪者名簿を見せる。
指で、自分の名前を示してもらう。
野上雅人。
片桐奈緒。
松田修一。
高木絵里。
一つずつ、救急活動記録へ書かれていく。
個体番号ではない。
名前。
四十七人分の名前が、公の記録へ戻っていく。
「これで、勝ったと思っていますか?」
佐伯主任が、わたくしの隣で言った。
「勝ち負けではありません」
「病院へ運んでも、対策室の管理下に置かれます。家族には守秘義務が課される。退院後も監視対象です」
「必要な検査は受けていただきます」
「物分かりがいいのですね」
「必要なことと、あなた方に都合のよいことを分けるだけです」
佐伯主任は、初めて小さく笑った。
楽しい笑みではない。
「大津家が、あなたを現場へ出した理由が分かりました」
「父の代わりです」
「いいえ」
端末の画面をこちらへ向ける。
そこには、今回の派遣記録が表示されていた。
先遣調査員。
大津真琴。
生還時、監視対象へ移行。
最初から書かれている。
「あなたも、収容予定でした」
背中が冷たくなった。
「父は、このことを?」
「大津家当主の署名があります」
画面の下。
見慣れた父の名があった。
大津宗一郎。
署名は、本物に見える。
「嘘です」
「筆跡鑑定は済んでいます」
「そういう意味ではありません」
父は厳しい。
女は視えればよい、という家の考えにも従う。
わたくしを現場へ出すことに反対しなかった。
それでも。
帰ってきた娘を、国へ渡す署名をする人だろうか。
分からない。
分からないことが、何より怖い。
「真琴ちゃん」
慈恩様が、端末を覗き込む。
「その署名、いつのものです?」
日付を見る。
六日前。
父が腰を痛めた日より、二日前だった。
「父が倒れる前です」
なら、最初から父が来る予定ではなかった。
わたくしを村へ送るために、誰かが父を動けなくした。
佐伯主任が端末を閉じた。
「大津真琴さん」
今度は、はっきり名前を呼ばれた。
「あなたにも、同行していただきます」
守られる側だと思っていた人を、守ろうとする。真琴の覚悟の回でした。
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